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「釦師殿、お待ちしておりました!」
門扉の前にいた二人の門番の内、茶色い髪をした片方が歓喜の表情を浮かべた。
「遅くなってすまない」
近づいて詫びると、門番たちは一様に首を横に振る。
「通常の工程より一日もお早いご帰還ですので。……むしろ、謝らなければならないのは我々の方です」
黒髪の門番がこちらへ深く頭をさげた。
「え?」
目を瞬かせていると、茶髪の門番が心痛な面持ちで口を開く。
「次期『王の匠』になられる貴方様の留守に、みすみす賊の侵入を許してしまいました。幾らエリオット公爵様とジョージ様が陛下を直々に御守りしてくださっていたとはいえ、お二人だけに荷を負わせすぎたと反省しております」
本当は荷を負わせたのはジョージだし、『陽雷』を盗られてしまったのは自分のミスだ。だが今それをここで説明するわけにもいかず、ケイは曖昧に頷く。
「うん、まあ、過ぎたことを言ってもしかたないよ。それより、君たちもシェルターに行った方がよくないか?」
こちらの提案に、二人の門番は頭を振る。
「いえ、我々はここに残り女王陛下を御守りする所存です」
その言葉にユカリィが反応した。眉を顰め、門番たちに異を唱える。
「だがそれではお前たちの身が危ない。会ったことのない女王に対して何故そこまで親身になれるのだ?」
「貴方は?」
突然会話に割り込んできた見慣れぬ人物の登場に、黒髪の門番が怪訝そうな様子で尋ねた。
「テルモアの釦師だ」
そんなことはどうでもいいといった調子で端的に答えるユカリィへ、そうでしたか、テルモアの、と黒髪の門番が微笑む。
「それならばご承知でしょう。彼の国でも国王に対する忠誠心は絶対だと聞き及んでおりますが、我が国にとってもそれは同じです。王は太陽そのものであり我々の希望です。ですから、例えお目通りの叶わぬ一兵卒の身であっても、最期まで己の職務を全うし、この門を御守りすることこそが我々にとっての幸福なのです」
胸を張って言いきる黒髪の門番に、ユカリィが小さな溜め息を漏らした。
「そうか……」
「何より、この度はエリオット公爵様より直々にお言葉をいただきました」
茶髪の門番が自慢げに紡いだ言葉に、ケイは目を剥く。
「エリオット公が?」
こちらの言葉に反応し、黒髪の門番もさらに胸を張って、はい、と答えてきた。
「何があっても各々の持ち場を離れず、己の職務を全うせよ、と」
ケイは、そうか、と呟き臍を噛む。完全に先を越されている。急がなければ。
「エリオット公は今何処に?」
「『血の蕾』があるのはこの城内である可能性が高いとの釦師殿からのご報告を受け、捜索と警備それぞれの編成を指揮しておられたのですが。前王妃が酷く取り乱してエリオット公爵様の元へやってきてしまったため、ともにお部屋の方に参られた、と先ほど碧仮面捜索の命を受けた者が申しておりました」
ケイは隣にいたユカリィを見やった。
「俺たちも様子を見に行った方が良さそうだな」
だがそんなこちらの言葉に、いや、とユカリィが首を左右に振る。
「それよりもまずジョージと合流するのが先決だ」
「いや、しかし」
続きを門番たちの前で言うわけにもいかず、ケイは語尾を濁した。急がなくてはまずいんだ、と必死に目で訴えかけるが、ユカリィは頑として首を縦に振らない。
「駄目だ。事は一刻を争うと言ったのはケイではないか」
「まあ、それはそうだが」
言い淀んでいると、ユカリィがこちらの顔をひたと見つめ言いきった。
「前王妃なら問題ない」
「自分もそう思います。何しろ前王妃様にはエリオット公爵様がついておられますからね」
ケイは自信たっぷりに答える茶髪の門番へ文句を言おうと口を開きかけ、ユカリィの強い瞳を前に口を閉ざす。
「わかった。なら、俺たちはとにかく城の尖塔にある王の匠の間に向おう」
表向きにはそれは王から賜った部屋ということになっているが、実は人工オゾン層(オゾンスクリーン)の制御室となっている。今頃は祖父も一人で人工オゾン層(オゾンスクリーン)を保つため、機械と格闘しているに違いない。
「急ごう」
言うが早いか踵を返し先頭に立って城内へと足を踏み入れるユカリィを前に、ケイは溜め息を落とした。




