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王の匠  作者: 朝川 椛
眠らぬ夜の四重奏
7/101

1-7

 四つの紅い点。

中でも一番近いものを選ぶ。立ち並ぶロスタルム製の白く輝く屋根と屋根とを飛び回り、細長い建物の谷間に飛びこんだ。降り立ったのは袋小路。やっとのことで探し当てた少女は、ひたすら夜空を見あげていた。ケイは少女から見えぬよう建物の壁に寄り添い、様子をうかがう。腰にさげた茶色の皮袋から、透明に輝く小さなボタンを一つ取りだした。ロスタルムと呼ばれる特殊なクリスタルで作られたものであり、釦師である自分たちにとってなくてはならないものだった。この中に、人々が発する強い思念や記憶を封じ込めることができるのである。


「『ロア』か」


 指でボタンの光沢ある表面を転がしながら、ケイはひとりごちた。


(また、だ)


 またしても苦い思いが胸の奥に広がってきた。忘れ得ぬ記憶を封じて制御して生きるのが生業なりわいの自分にも、やはり忘れがたい、だができるなら忘れてしまいたい記憶がある。


(父さん……)


 どうしても父の死を受け入れられない。新王への封印を施したあの日。力が暴走したあの時。自分にもう少しでも父を助けるだけの力があったならと、思わずにはいられない。ケイは父親の死以来、度々襲い来る懊悩おうのうから少しでも抜け出そうと、力いっぱい頭を振った。気合を入れ、少女に向かってボタンを投げつける。同時に駆けだし、銀色の腕輪をはめた左腕を前に突きだした。


「行け!」


 ケイは叫ぶ。ボタンは輝きを増した。腕輪から出てきた細い金糸が穴に通り、少女の胸元にぴたりと留まった。


「よし!」


 左腕を高くかかげ、最後の印を結ぼうと試みる。少女は自分の胸元についたボタンに気づいたようだった。けれども、逃げようとはしない。先ほどとは打って変わった虚ろな目で、ただケイを見つめるだけだ。


「入れ!」


 声に呼応してボタンが眩い光を放ち、少女を包みこむ。やがて光が収まり見えてきた光景に、ケイは目を瞠った。目の前には、相も変わらず空虚な瞳でこちらを見つめる少女の姿。この手に帰ってくるはずのボタンも、微かな空しい音とともに透明な石畳へと転がった。ケイは少女の胸元を確認する。


(『肉体サーマ』か!)


 そこには先刻には見られなかった瑪瑙めのう色に輝くボタンが留まっていた。王の証、『陽雷ようらい』である。


「てことは、さっきのが『記憶マインド』か……」


 徘徊する『ロア』は主に肉体から分離した記憶である。それはちょうど太古の、この国がまだ日本と呼ばれていた頃の言葉、『幽体離脱』と酷似しているのだが。『ロア』の場合は分離した記憶のみならず、肉体もあちらこちらへと勝手に歩き回るのである。まったく厄介な存在であることこの上ないが、とはいえ、実体があるのは器である『肉体サーマ』のみだと聞いていた。人や物の記憶を封じることは、数ある仕事のうち釦師が最も得意とすることである。よほどの素人でない限り封じられない記憶はない。だから、それでもなお封じられない理由があるとすれば、当の『ロア』が『記憶』の方ではなく『肉体サーマ』であるということ以外考えられなかった。


 ケイはすぐ我に返り、少女のもとへ駆けだそうとして息を呑んだ。右足の自由が奪われている。慌てて足元を見やり、うめいた。目にしたのは地面に生えた豊かな翡翠色の巻き毛と、ブーツに絡みついた小さな白い手。ケイは振りほどこうと足を蹴りあげた。だが細い手はもがけばもがくほど食いこんでくる。


「ダメだよ。にげちゃ」


 地に生えた翡翠色の髪がささやかな音をたてゆっくりと上向き、視線がぶつかった。愉快げに細められたつぶらな金の瞳に、悪寒が走る。


「くっ!」


 ケイはなおも食いこんでくる白い手からなんとか逃れようと、必死で足を動かす。と、その時、新たな気配が生まれた。

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