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「カレン、お前がメリル・マルソーニの直系?」
信じられない面持ちで呆然とした声を発するフルニエ侯を、カレン侯爵夫人が表情のない顔でゆっくりと見やる。
「お前なのか、カレン。女王の『陽蕾』を、他国の王の『陽蕾』を奪い、『血の蕾』を解放し太陽力を我が物にせんとしているのは」
フルニエ侯の震える声に、カレン侯爵夫人が黙ったまま夫を見つめ返した。ユカリィはカレン侯爵夫人を睨みつけ、噛み締めた歯の隙間から絞り出すような声で問う。
「……ユミを、私の妹を、どうした」
二人は無言のまま睨み合っていたが、突然、カレン侯爵夫人が高らかに笑いだした。
「カ、カレン!」
フルニエ侯が妻の急変に目を剥く。
「まったく、釦師という人種は目端が効き過ぎて嫌になりますわね」
それに頑固で生意気ですし、と肩を震わせて笑うカレン侯爵夫人。
「いずれにせよ、すべてはもう遅い。もう少し、あとほんの少しで我が一族の大願は成就することでしょう」
「碧仮面とユミ王女は何処にいる」
ケイは内心の焦りを隠し、静かな声で尋ねた。
「それを知ってどうするのです?」
小馬鹿にしたようにこちらを見つめてくるカレン侯爵夫人に、そんなこと、とケイは肩をすくめてみせる。
「追いかけて止めるさ。大方ユミ王女に『血の蕾』を縫いつけ、全太陽力の寄り代にしようって魂胆なんだろう? 儀式は碧仮面がやるのか? それとも……」
「誰だと言うんです?」
愉快げに瞳を細め尋ねてくるカレン侯爵夫人を、ひたと見据えてケイは答えた。
「カイト・M・エリオット公爵」
カレン侯爵夫人の瞳が一瞬これ以上ないほど見開かれ、恍惚としたような笑みを浮かべる。
「お見事ですわ。さすがジョージ様のお孫様ですわね」
ケイは、それほどでも、と苦々しい気持ちで呟いた。そうだ。初めて会った時に見た白いグローブの内側。あの小さくて控えめな刺繍は、カレン侯爵夫人が身につけている物と確かに同じ物だった。あの時自分は確かに違和感を持ったのだ。なのに、その後感じた親近感が邪魔して目測を誤ってしまった。
「エリオット公との関係は?」
「言わなくても察しはついておいでなのでしょう?」
鼻を鳴らすカレン侯爵夫人に、ケイは頷く。
「親子、なのでしょう?」
「その通りですわ」
ケイは微笑むカレン侯爵夫人の行動を予断なく見守りながら、噛み砕くようにゆっくりと口火を切った。
「儀式は何処で執り行うつもりなんだ? この国か? それとも別の国か」
「わたくしが素直に話すとでも?」
嘲笑の滲んだ面持ちでカレン侯爵夫人がこちらを見やる。ケイはキュロットの後ろから長針をとりだしながら、だろうね、と鼻を鳴らした。
「ならしかたない。少々手荒い方法で行かせてもらう」
長針を構えるケイに続き、慌てたように隣でタカも金糸を引きだした。ユカリィもまた、レイピアを構える。カレン侯爵夫人は頬に手をあて殊更に笑いだし、おもむろに唇でリングブレスレットのリング部分を撫でた。紋章と台座が俄かに開かれ、ケイは瞠目する。
「しまった! 毒だ!」
慌てて長針を投げかけるが、勝ち誇ったような笑みを浮かべたカレン侯爵夫人が一足先に毒を煽り、その場に倒れ臥した。ケイは慌てて駆け寄り、毒を吐かせようと指をカレン侯爵夫人の口に突っ込む。だが時はすでに遅く、カレン侯爵夫人は艶然とした笑みをたたえ、ケイの頬に手を置くとそっと耳に囁いた。




