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「そうだ。俺たちはプライベートかよほどの事がない限り、グローブを外さない。それは傷のある汚い手を他人に見せないという釦師の矜持でもあるからだ。だから俺たちは、グローブはおろか手の傷についてさえ、絶対に自ら語ることはしない。そもそも、変装していたユカリィだってグローブはしていただろう?」
茫然とした表情のまましきりに頷くタカを横目に、ケイは、だが、とカレン侯爵夫人の茶色い両目を睨みつける。
「カレン侯爵夫人は知っている。どこで? どうやってお知りになったのでしょうか?」
「さあ、忘れてしまいましたわ」
心痛げな面持ちで俯き加減に頭を振るカレン侯爵夫人。顔をあげ、辛そうに眉根を寄せながらケイに尋ねた。
「でもそのことがいったい何だとおっしゃるのでしょう? 何か問題でも?」
ケイは小さく溜め息をつき、カレン侯爵夫人を見据える。
「侯爵夫人。夫人も御承知の事とは存じますが、ユカリィ女王の『陽蕾』が何者かに奪われてしまったのです」
「存じております。先程から今まで聴いたことないような鐘の音が聴こえてきますから」
静かな口調で肯定するカレン侯爵夫人へ、ケイもまた静かに語りかける。
「犯人はディアだと思われます」
「まあ、ディアが? なんと恐れ多いことでしょう」
両腕を抱えこみ、身を震わせる様は演技とは思えないほど自然な反応だったが、ケイは真実を見失うまいとカレン侯爵夫人をまっすぐに見つめた。
「貴女様は、御存知だったのではないでしょうか」
「わたくしが? 何をでしょうか」
僅かに視線を斜めへ逃すカレン侯爵夫人に、ケイが畳みかけるように問う。
「ディアが碧仮面であるということをです」
ケイの言葉に、カレン侯爵夫人の瞳が細められた。
「なぜわたくしがそのようなことを存じ上げている、と?」
カレン侯爵夫人の問いに、ケイは厳かに答えた。
「貴女様の右手にされたリングブレスレット。その指輪に刻まれた紋章を見れば分かります」
カレン侯爵夫人が己のリングブレスレットをちらりと見やり、さり気なくもう片方の手で覆い隠す。
「これはわたくしの曾祖母が、時の王より賜りしもの。紋章も王家のものですけれど……」
「いいえ。王家の紋章ならば太陽の中に右手へ羽ばたく鷲が描かれているはず、しかし貴女様のそれは左手に羽ばたいて描かれている」
ケイは瞳をそらすカレン侯爵夫人の視線を追いかけながら、一度閉じた口をゆっくりと開いた。
「外向きの鷲なら王家エトランディアを、では内向きの鷲では?」
「マルソーニ家……、しかも直系だ」
ケイの言葉にユカリィが呟く。ケイはユカリィを見やり、深々と頷いた。




