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「ユミ、私だ」
硬く閉ざされた扉の前で、フルニエ侯が声をあげる。だがやはり、中からの返答はなかった。
「入るぞ、ユミ」
フルニエ侯が宣言してこちらに向き直り、頷く。ケイは後ろへ下がるフルニエ侯に頷き返し、気合いとともにドアを蹴破った。
「な……!」
「なんと!」
目にした光景に、フルニエ侯とタカが瞠目し叫ぶ。そこには生活感どころか、ベッドや鏡台など、ありとあらゆる調度品の消えた殺風景な空間が広がっていた。
「やっぱりか」
呟くケイに、掌を強く握りしめながらユカリィが尋ねる。
「ユミは死んでいるということか?」
ケイは何も言わず首を横に振り、タカの名を呼ぶ。
「横笛を吹いてみてくれ。ユミ王女を思い浮かべて」
「けど、今は昼間だよ?」
「大丈夫だ。『陽蕾』を盗まれてしまったんだ。今は昼も夜もない」
視線を向けず確信をこめて言うケイに、タカはわかった、と頷き横笛を取りだした。しばらくして、澄んだ音色がその場に響き渡る。けれど、タカが発した音のほかには、何の変化も起こらない。
「やっぱりダメなんじゃない?」
笛から唇を離して肩をすくめるタカに、ケイはかぶりを振る。
「そうじゃない」
「ではやはり」
言葉を途切れさせたユカリィが、苦しげに唇を噛みしめるのが見えた。ケイはユカリィの背に軽く手を置く。
「大丈夫だ。いや、急がなくちゃならないが、ユミ王女は生きておいでだ」
「本当か?」
縋るような瞳で見つめてくるユカリィに、ケイは確信を持って頷く。
「ああ、記憶の鮮明なタカが呼んでもユミ王女の記憶は現れなかった。……ということは、だ」
「誰かが故意に記憶を消していったってこと?」
尋ねるタカに頷いて、急ごう、と一同を廊下へ促した。
「ディアの部屋か?」
問うユカリィに、いや、とケイは短く否定する。
「彼女はもういないだろう」
「彼女が碧仮面だからか?」
淡々とした口調で確信をついてくるユカリィに、ケイは胸の内で感嘆しながら首を縦に振った。
「そうだ。問題は誰が奴の『主』か、ってことだが」
ケイは言葉を切って、ユカリィを見つめる。ユカリィもケイを見つめ返し、そうか、と頷いた。
「どういうことなのでしょう?」
不安げな面持ちで尋ねるフルニエ侯に、ユカリィが短く答える。
「アランド、奥方は今何処に?」
「カレンならば自室かと存じますが。まさか……!」
目を見開きゆるゆると首を左右に振るフルニエ侯の瞳を、ユカリィが真剣な眼差しで見据える。
「ケイ、本当なの?」
苦々しげに眉根を寄せ尋ねるタカに無言で肯定の意を投げかけ、ケイは鋭い口調で言い放った。
「案内してください。事は一刻を争う」




