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「釦師殿、釦師殿!」
食堂にフルニエ侯の切羽詰まったような声が聞こえてくる。ケイは隣で黙々と朝食を摂るユカリィにちらりと視線をやりながら、溜め息をついて自らもフォークとナイフを動かし続けた。
朝食を食べたいと言いだしたのはユカリィだった。こんな時に朝食なんて、とは思ったものの、『陽雷』を奪われてしまった以上敵はすでにユカリィの正体を把握していると考えた方がいい。だとすれば今更じたばたしても始まらないだろう、というのがユカリィの主張で。ケイもその点に関しては異議がなかった。何より、ここにはまだ黒幕がいる。いや、黒幕のその手下と言った方がいいか。ケイはフルニエ侯の叫び声を背に、自らが作ったスクランブルエッグを口に押し込みながらあれこれと考えを巡らせる。やがて、複数の足音が入り乱れるように近づいて、フルニエ侯とタカが転がりこむように食堂へとやってきた。
「釦師殿! ご無事ですか! 今しがたテルモアの釦師殿の部屋に賊が侵入したと報告が!」
「大変だよ、ケイ! ロンドラルの鐘が! って女王様!」
叫ぶと同時に、変装を解いたユカリィの翡翠色の巻き髪を目にして、固まるタカ。フルニエ侯も目を見開き、狼狽したように首を横に振った。
「な、陛下。釦師殿! これは一体どういうことなのですか!」
瞳を怒らせケイを睨みつけるフルニエ侯を、ユカリィが静かな声で制する。
「騒ぐな、食事中だ」
「しかし、陛下! ロンドラルの鐘が鳴っておるのですぞ! つまりは陛下の……」
フルニエ侯の上擦った言葉に反応し、ユカリィがゆっくりとした動作で両手の銀食器を置く。淀みない所作で口を拭きつつ大きく頷いた。
「つまりは、余の『陽蕾』が盗られたということだ」
「なんと! なぜこの大事に危険を顧みず、陛下御自ら我が領地へなど……。正気の沙汰とは思えませぬ!」
フルニエ侯が全身を震わせながらユカリィに吠える。すると隣にいたタカもこちらを睨んで抗議し始めた。
「ケイもケイだよ! 何だってこんな時にこんな所まで女王様を連れてきたのさ!」
「俺じゃない。祖父さんだ」
心底うんざりしながら端的に反論すると、タカが顰め面をして首をかしげる。
「おじいちゃん? 何でまた?」
ケイは痛むこめかみを押さえつつ声を発しようとしたが、横から出てきたユカリィの手によって制された。
「ケイを責めるな。すべては余の一存。余にはどうしても妹のユミに会わねばならぬ大事があったのだ。ケイもジョージも、その意を酌んでくれたにすぎない」
「陛下……」
憮然としたように呟くフルニエ侯の顔を、ユカリィがひたと見据える。
「アランドよ」
名を呼ばれたフルニエ侯は、は、と慌てたように跪いた。




