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「なあ、一つだけ訊いてもいいか?」
視線をそらし、押し黙ったままのルージェにケイは問う。それは、日頃から思っていた疑問が、今になって重く頭をもたげてきたからでもあったのだが。
「もし俺の……。いや、いいんだ」
ケイは喉まで出かかった疑問を、頭を振って飲みくだす。理由はない。ただ急に、それを訊くことがひどく気恥ずかしいものに感じられたのだ。
「なによ?」
怪訝な面持ちでこちらを見やるルージェに、ケイは首を左右に振って抵抗する。が、そんな行動がルージェに通じるはずもなく。言ってごらんなさいな、と顔を近づけ微笑むルージェに、ケイは一度飲み込んだはずの言葉を紡ぐべく口を開いた。
「いくら呼んでも出てこない記憶って、あるものなのかな?」
「どういう意味?」
眉根を寄せるルージェに、ケイは訥々《とつとつ》と話を続けた。
「死んだと聞いていたんだ。なのにいくら呼びかけても少しも応えてくれない」
「何かと思えば」
呆れ顔で呟くルージェに、ケイは小さく舌を打つ。
「どうせくだらないことさ」
吐き捨てるように言った言葉が、胸を鈍く刺した。
正直、自分でも今まではくだらないことと切って捨てていたことだった。だが、ユミ王女を心の底から心配しているユカリィの姿を見ているうちに、もうどうでもいいことだとは少しも思えなくなってしまったのである。会ったことのない双子の妹。自分たちの命と引き換えに死んでいった母親と瓜二つだと、祖父から聞いている。もし父や祖父の言うとおり死んでしまっているのだとしたら、声や顔は見えなくとも姿だけは見えるはずだ。自分にはそれだけの能力があるし、それなりの修行だって積んでいるのだから。だが、現実は違う。いくら呼びかけても、何度試しても、出てくる気配すらなかった。当初は自分の記憶の曖昧さからくるものと諦めかけていたが、よく考えてみるとそれは少しおかしくはないだろうか。
(もしかして妹は、チサは、生きている?)
唐突に浮かんだ答えに少しばかり戸惑っていると、ずっと自分を見ていたらしいルージェとまともに目が合った。とっさのことに思いきりうろたえていたら、ルージェが嫌みのない優しい微笑みを浮かべてきた。
「お眠りなさいな、ボウヤ。女王が目覚め、朝日が昇る前に」
確かに今はそれしかするべきことがなさそうだ。ケイは、そうだな、と頷き、溜め息とともに立ちあがる。すると、城のどこかで小さく窓ガラスの割れる音がした。




