3-32
「ま、いいわ。一度しか言わないから良く聞いてね。タレアスクの『陽炎』があと数日で限界に達するわ」
「嘘だろ?」
ケイは目を剥いてルージェに問いかける。だが、そんなケイの視線をすんなり受け流し、ルージェがごく真面目な口調で答えた。
「事実よ。私が嘘を言う存在でないことは知ってるでしょう。タレアスクのエリセーエフ家及び当主は『陽炎』を維持するのが困難になりつつある。耐えてあと十四日といったところだわね。譲治はあなたに何が何でも女王を守り、『伝説のロア』の封印及び奪われた『陽蕾』を取り戻してほしいそうよ?」
ルージェの言葉に、ケイは大いに慌てる。
「ちょっと待てよ。いくらなんでもそりゃ荷が勝ちすぎだろ。俺一人でどうやって他七個もの『陽蕾』を奪ったヤツと戦えっていうんだよ! だいたいこうなった以上、陛下はセント・エトランディアに戻るべきじゃないのか? この国にいる方がよほど敵に……って……」
ケイは沈黙し、臍を噛む。楽しげに瞳を輝かせているルージェをひたと見据えた。
「それが狙いか」
「何が?」
剣呑な響きを滲ませ問うケイに、ルージェがくすくすと笑う。
「ユカリィをおとりにするつもりなんだな」
怒りをこめて確認すると、ルージェが大仰に肩を竦め訂正してきた。
「するつもりなんじゃなくて、してるのよ」
「何考えてんだ祖父さんのやつ」
まったくもって忌々しい。ケイは苛立ちまぎれに思いつく限りの悪態をつく。するといつの間にか笑いをおさめていたルージェが、真剣な眼差しでこちらを見つめているのに気がついた。
「譲治はそういう人よ。レイラリアとしての誇りが彼のすべて。今のあなたに足りないものだわね」
「そんなもので生きていけるわけじゃない」
吐き捨てるように呟くと、ルージェが小さく首をかたむける。
「でも人間にとっては必要不可欠なものだわ。いずれあなたにもそれが必要となる時が来る。その時までに、あなたなりのやり方で今出来る精一杯のことをしなさいな」
「それがお前の望むことなのか」
軽い気持ちで尋ねたが、返ってくる言葉はなかった。




