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「俺はまだ何も封じちゃいない」
「ま、そりゃそうね」
ルージェはケイの肩に頬を預けたまま、何度も小刻みに頷く。とっさに返す言葉を失い、ケイは胸に手を当てた。見えない棘が無数に突き刺さり、鈍く重い痛みが襲う。怒りとも悲しみともつかない何かが身体の奥から湧きだし、徐々に浸食していった。
(わかってるさ。逃げだってことぐらい。でも……)
ケイは深く息を吐きだし、強引に肩からルージェを引き剥がす。
「とにかく、今は『ロア』なんだ」
言い聞かせるように呟き顔をあげると、笑いをこらえて顔を歪ませたルージェと目が合った。
「笑いたきゃ笑えばいいだろ」
ケイは眉根を寄せてルージェを睨んだ。ルージェはふと目を和ませ、優しい声音で問いかける。
「『ロア』を探してどうする気なの?」
「狩るに決まってるだろ」
「一刻を争うから?」
当たり前だ、とケイは頷き、眼下に広がる町並みを眺める。
「もう七つも王の『陽蕾』が盗まれているんだぞ! どの国も次々と『陽炎』に閉ざされて、このままじゃ『人工オゾン層(オゾンスクリーン)』が剥がれて酸素もなくなってしまう。そんな時にこの国の女王が不安定で肉体と記憶が分離してるなんて、あって良いわけないだろ」
絶対今日中に見つけだす。街を見おろしながら決意を新たにしていると、意地の悪い含み笑いが聞こえてきた。
「盗られちゃってたらどうするのよ」
「それはない。ロンドラルの鐘が鳴っていない」
「『ロア』を封じれば万事解決ってわけね。悪くないんじゃない? どっちにしろ結果論ではあるけれど」
姿勢を正し、厳しい眼差しを向けてくるルージェを、ケイは真っ向から見つめ返す。
「何が言いたいんだよ」
「つまり、伸は失敗したってこと」
「父さんのことを悪く言うな!」
ケイは叫んだ。先ほど感じた胸の痛みが黒い塊となって、身体を突き破りそうだった。沸き起こる怒りに震え、奥歯を噛み締めながらルージェを見据える。ルージェが左手をひらひらと上下させた。
「本当のことを言われて腹立つようじゃまだまだネンネよ、ボウヤ。さっさと仕事なさいな」
目配せをするルージェに舌打ちして、ケイは視線をそむける。
「さっきからやってるさ。けど、どう集中しても点が四つから絞れないんだ」
「なら、それが答えなんでしょうよ」
「どういうことだ?」
「すべては予定調和ってことよ」
目を瞬くケイの正面に錫杖を突きだし、しゃらりと鳴らすルージェ。
「とりあえず近いところから当たってみるのね」
「それも予定調和だから、か?」
問うが、ルージェは艶然と微笑み姿を消した。
「結局一人でやれってか」
呟いたケイに、失礼ね、という声だけが耳に届く。
「応援くらい呼んであげなくはないわよ」
がんばってね、と軽い調子で激を飛ばし、それきり声が途切れる。ケイは溜め息をつき、再び意識を集中させた。