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「一体何がそれなんですの?」
ケイは興奮で上擦りそうになる声をなんとか制し、アーナを見やる。
「つまり、『守られていたはずだった存在に攻撃される』ってことです」
「すまないが、まったく意味が分からない」
眉根を寄せ冷静に答えるユーリ。ケイは小さく笑うことで、暴れ狂う自らの興奮を吐きだした。
「だから、貴女方『伝説のロア』が生まれた理由ですよ」
ユーリが顎に手を当ながら、ケイの意図を確認する。
「ユカリィが『誰か』から『攻撃』されたから私たちが生まれた、と言いたいのか?」
「そうです」
ユーリの言葉にケイは大きく頷く。そんな興奮気味のケイの瞳を見つめ、そうか、とユーリが冷静な口調のまま尋ねる。
「それは『誰』なんだ?」
「『誰』でなく『何』です。理論上存在はするも未だ見つかってはいないもの、つまりは暗黒物質です」
ケイは大きく息をつき、サーマがぶらさがっていることも忘れてぐるぐると歩き回った。
こうでもしなければ、この興奮はしばらくおさまってくれそうにもない。
「俺は間違っていた。ミラージュマターは精神の安定がとれなくなった時、対象を安定させるために似たような物を作りだし、それぞれの共存をはかるだけの物質だとばかり思っていた。だが、守る対象の精神安定が保たれなくなった時、その対象を直接攻撃し、素粒子レベルで分解し再構成する性質も持ち合わせていたんだ」
「ユカリィを、いや、太陽を包みこむように守っていた存在が、太陽を攻撃し、それぞれに分解するということか?」
ユーリの問いにケイは立ち止まり、はい、と答える。それから、その冷静な両目をひたと見据えた。
「貴女には何の特性があるんですか? ユーリ様」
「私にはプラズマ、アーナにはヘリウム、ルーには水素、そしてサーマには……」
「真空」
呟くケイに、ユーリが黙って頷く。
「貴女方の力は女王が使う力よりも」
「それぞれ約十倍はある」
重々しい口調で言いきるユーリに、ケイは唇を噛みしめた。
「つまり、ユカリィ女王は精神が安定しないと一つの身体のままでは通常の太陽の四十倍の質量を持つ、ということですね?」
「ああ」
「ブラックホール……」
呟くケイに何も答えず、眉根を寄せて瞳を閉じるユーリ。その隣で話を聞いていたアーナも何も言わず、ケイに向かって悲しげに微笑んだ。つまりは、自分の読みが当たっているということか。ケイはこみ上げてくる苦々しい思いを、両腕を組むことでどうにかごまかした。
「これは、本気で急がないとなりませんね。今は八分の一だからいいが、もし『血の蕾』が蘇りでもしたら星どころか銀河そのものが終わってしまいかねない」
「すまない」
生真面目な表情を浮かべ頭をさげるユーリに、ケイは破顔する。
「やっぱり貴女方はユカリィ女王そのものなんですね。俺にかける言葉がそっくりそのままだ」
「そうか」
「はい」
ケイが頷くとユーリは黙りこみ、やがて踵を返し歩きだした。
「何処へ行くんです?」
尋ねるケイに、ユーリは言葉短に答える。
「部屋へ戻る」
「じゃあ送りますよ」
立ちあがるケイを、ユーリの鋭い声が制した。
「いい。私たちだけで戻る」
「それは危ない」
眉根を寄せるケイに、ユーリが頭を振る。
「部屋に鍵はかけてあるし、戻るのは一瞬だ。何より」
ユーリが語尾を濁し、下を向く。ケイの瞳から逃れるように明後日の方角を見て、小さく呟いた。




