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夕闇が迫ってきた。
時折あくびをするユカリィの様子からすると、もうそろそろ夜が訪れることになるだろう。ケイは宴がお開きになったのを機に、ユカリィを庭園へと連れ出した。
手短にあったロスタルム製の長椅子に先刻から不機嫌そうな表情のユカリィを座らせ、自分も隣へ腰かける。
「なぜ止めたんだ」
ほのかに腹立たしげな様子を見せながら、残り三分の一ほどになった白ワインのグラスに口をつけるユカリィを、ケイは冷静に窘める。
「仕方ないだろう? 正体を悟られるわけにはいかないんだから」
タカたちと別れた後で、どうしてもユミ王女の部屋へ行くと言いだしたユカリィ。それを何とかなだめすかして外へと連れてきたのだが。不機嫌なユカリィはどうにも対処に困る。
「私は別にばれても構わない。それよりもユミと会う方が先決だ」
半眼でこちらを見つめてくるユカリィを、ケイは複雑な気分で見返した。
「変わらないんだな……」
「え?」
「いや」
ケイは首を横に振り、おもむろに人差し指ほどの小さな木製の横笛を取りだす。その様子を見ていたユカリィが、虚を突かれたような顔で小首をかしげた。
「我が国では数えで二十歳まで喫煙は違法のはずだが」
「俺は、煙草は苦手だよ」
苦笑しつつ答えると、ユカリィが興味津々といった眼差しでケイと横笛を交互に見較べる。
「ではなんだ、これは? 笛か?」
「そ、商売道具」
「何をするんだ?」
「吹けばいろんな存在が寄ってくる。いいものも、悪いものも」
「ほお」
心から感心しているらしいユカリィに、懐かしい想いが蘇る。ケイは口の端を少し和ませ、遠くを見た。空にはうっすらと星が出てきている。人の手で作られた人工オゾン層(オゾンスクリーン)という名の白い幕。あれはそのスクリーンに映し出された、かりそめの星だ。本当の星は見えない。本当の月も見えない。かつて太陽だったはずのガス星雲も、すっかり覆い隠されている。けれどそれでも、美しいものはやはり美しいのだ。ケイは遥かな記憶に想いを馳せながら口を開く。
「彼らは俺にいろんな事を見せてくる。失われた時代も人の思いも。本当は何一つなくなってやしないんだ。皆がそのことに気がついてないだけで」
「そうか」
ユカリィが神妙な面持ちで頷く。ケイはくすりとしながら、なんてね、と小さく肩をすくめてみせた。
「実はこれ、俺の言葉じゃないんだ。父親の受け売りでさ。この笛も父さんの形見みたいなものだ」
「……すまない」
「へ?」
いきなり詫びを入れられ目を瞬かせるケイに、ユカリィが幾分沈んだ口調で答えてくる。
「お前の父親が死んだのは私のせいだから」
「そういうとこまで変わんないんだな」
ケイはふと溜め息をついて、目前に広がる針葉樹の庭を眺めた。




