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「奥様、お連れいたしました」
小さくお辞儀をするルナの横に並び、まだ年若い侍女が同じように挨拶をする。
「ディアにございます、奥さま。ご用は何でございましょう?」
カレン侯爵夫人は優雅な動作で悠然と頷き、ディア、と語りかけた。
「この方々は王都より参られた釦師のケイ・都基山様とリチャード・ルイス様です。ご挨拶を」
ディアがカレン侯爵夫人の言葉に、はい、と答え、くるりとこちらに向き直る。紺色のドレスの裾を持ち、無駄のない所作でお辞儀をしてきた。その年に似合わぬ落ち着きように、ケイは少々面食らう。
「お初にお目にかかります、釦師さま。ディアにございます。ユミ様のお側にて身の回りのお世話などをさせていただいております」
「はじめまして。早速なのですが。ユミ様の御体調について、お聞かせ願いたいのです」
気遅れしていることを悟られぬよう視線をずらしながら尋ねると、ディアが心痛げな心境を隠しもしない声音で、さようでございましたか、と答えてきた。
「かしこまりましてございます。けれども、朝方奥様方にご報告申し上げた以上のことは何も」
「構いません。どのようなご様子なのですか?」
視線をディアへと戻し尋ねるケイへ、ディアが深い溜め息をつく。
「一日中お部屋に籠もり、伏せっておいでにございます。お食事は朝晩きちんとなさいますが、誰ともお会いしたくないとおっしゃられて。侍女のわたくしでさえ、必要最低限のお世話以外お部屋に侍ることも許されておりません」
食事はしている、ということは、とりあえずは無事と見てよいのだろうか。ケイは思案に耽りながら重ねて尋ねる。
「それはいつ頃からなのでしょう?」
「もうかれこれ九ヶ月ほどになりましょうか。理由をお訊きしても悲しそうに微笑まれるだけで、少しもお話してはくださらない状態で」
辛そうに声を絞りだすディアに、ユカリィが気遣うような声音で伺いをたてた。
「……私はユカリィ女王陛下よりユミ様への御言葉を拝命しております。どうにかお会いすること叶いますまいか」
「申し訳ございませんが」
ユカリィの言葉に、ディアが目を伏せながら首を横に振る。
「どのようなご事情がありましょうとも、主の望まぬことをいたすわけにはまいりません」
「では、せめて御部屋までご案内いただけないでしょうか? せめて扉の外からでも女王陛下のお心を直にお伝え致したいのです」
「はあ、そうは申されましても」
困ったように口籠り、ディアがちらりと領主夫妻を見やった。その視線を受けて、フルニエ侯が頷く。
「ご案内して差し上げなさい、ディア」
「そうね。ユミにとって女王陛下は実の姉君にあたるのですもの。ご案内して差し上げなさい、ディア」
夫の言葉に納得したのか、カレン侯爵夫人も賛同の意を示し微笑んだ。
「……かしこまりました」
ケイは、ディアの表情が一瞬だけ曇るのを見た。だがディアは、丁寧なお辞儀ですぐにそれを流し去ると、何事もなかったかのようにこちらへ目を向ける。どうぞ、と手で扉を示してくるディアに、ケイはかすかな違和感を覚えた。とっさに判断がつきかねて、どうするべきか躊躇っていると、フルニエ侯がイアンに向かい、合図を送る。
「お前も行きなさい」
何だか、嫌な予感がする。
こみあげる不安と戦うケイとは裏腹に、隣でイアンを見つめるユカリィの瞳には、小さな希望の光が灯って見えた。
「参りましょう」
イアンがフルニエ侯に一礼し、先頭に立って歩きだす。その後ろにディアが続いた。ケイは腹を括ってユカリィへ目を向ける。視線を合わせ頷きあうと、二人の後を追った。




