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地上に降り立ち気配を追った路地裏で見たのは、つんと鼻につく血液特有の鉄錆びた臭いと、二つに裂けかかった胴体だった。
倒れ込んできた死体をとっさに避け、ケイは目を瞠る。
「エージさん!」
崩れ落ちる屍の向こう側で、血にまみれたまだあどけない顔の少女が一人、無邪気に微笑んでいた。
「みつかっちゃった」
目が合うと少女は、悪戯っぽく黄金色の瞳を輝かせた。別段悪びれた様子もなく、ケイに向かって軽く手を振り、翡翠色の巻き毛をなびかせ闇の中を軽やかに走り去る。黄櫨染色のマフラーとひまわりをかたどった黄色いドレスがひるがえり、陽炎のように揺らいで消えた。ケイは遠縁だった青年の死体を見つめ、拳を握りしめる。
「くそっ!」
血のついた頬を拭うと、サーキュラーケープの前をはずしつつ少女を追った。
エトランディア王国の中枢、セント・エトランディア。網の目に広がるロスタルム製の透明な石畳が、釦師である自分の闇慣れた瞳へ鈍く反射し、行く手を阻む。
「イリュー」
ケイは石畳の上、靴音を高く響かせながらイリューを呼んだ。とたんに身体が浮かびあがり、夜の街並みが眼下に広がる。ところどころ点在するのは、先刻屍になった同族がつけたガス灯の明かりだ。
(どこだ?)
全神経を集中させ、目標を定める。これが釦師である自分の本業。慣れた手順で目標を追うが、今日に限ってはいつもと違う。
(どういうことだ?)
ケイは耳を疑った。釦師だけが感じ取ることのできる記憶の波長。か細く、物悲しい旋律のそれは、通常二つのはずだった。なのに今は、いつまで経っても的を絞ることができない。神経を限界まで研ぎ澄ませる。旋律は呼応するように四つに折り重なり、波になってケイの耳へと届いた。
(ありえない。いくらなんでも)
ケイは痛いくらい唇を噛みしめる。船に置いてきた少年と人々の顔が思い浮かんだ。
「イリュー」
虚空へ声をかけると、すぐにしわがれた声で返答がある。
「はい」
「船は?」
「無事港に入港させました」
「そうか」
安堵の息をつくとともに、ふと少年の言葉が頭をかすめた。
『碧仮面にも勝てる?』
テルモアも落ちた。他の六つの国々も。今ここでエトランディアまで落とすわけにはいかないというのに、この状況はなんだろう。
本音を言えば、血生臭いことには二度と関わりたくなかった。わざわざ正式に後を継がず放浪していたのは、そのためでもあるというのに。
「祖父さんのやつ」
ここ三年見ていない祖父の顔を思い浮かべ、毒づいた。
(ちくしょ!)
舌打ちして、今度は胸についた巻紙のレリーフ入りボタンを弾く。
「ルージェ」
「はあい」
薄く透けた絹のレースが柔らかに宙を舞い、妖艶な微笑をたたえた赤いビキニ姿の若い女が現れた。