表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王の匠  作者: 朝川 椛
眠らぬ夜の四重奏
4/101

1-4

 地上に降り立ち気配を追った路地裏で見たのは、つんと鼻につく血液特有の鉄錆びた臭いと、二つに裂けかかった胴体だった。

倒れ込んできた死体をとっさに避け、ケイは目を瞠る。


「エージさん!」


 崩れ落ちる屍の向こう側で、血にまみれたまだあどけない顔の少女が一人、無邪気に微笑んでいた。


「みつかっちゃった」


 目が合うと少女は、悪戯っぽく黄金色こがねいろの瞳を輝かせた。別段悪びれた様子もなく、ケイに向かって軽く手を振り、翡翠色の巻き毛をなびかせ闇の中を軽やかに走り去る。黄櫨染こうろぜん色のマフラーとひまわりをかたどった黄色いドレスがひるがえり、陽炎のように揺らいで消えた。ケイは遠縁だった青年の死体を見つめ、拳を握りしめる。


「くそっ!」


 血のついた頬を拭うと、サーキュラーケープの前をはずしつつ少女を追った。


 エトランディア王国の中枢、セント・エトランディア。網の目に広がるロスタルム製の透明な石畳が、釦師ぼたんしである自分の闇慣れた瞳へ鈍く反射し、行く手を阻む。


「イリュー」


 ケイは石畳の上、靴音を高く響かせながらイリューを呼んだ。とたんに身体が浮かびあがり、夜の街並みが眼下に広がる。ところどころ点在するのは、先刻屍になった同族がつけたガス灯の明かりだ。


(どこだ?)


 全神経を集中させ、目標を定める。これが釦師である自分の本業。慣れた手順で目標を追うが、今日に限ってはいつもと違う。


(どういうことだ?)


 ケイは耳を疑った。釦師だけが感じ取ることのできる記憶マインドの波長。か細く、物悲しい旋律のそれは、通常二つのはずだった。なのに今は、いつまで経っても的を絞ることができない。神経を限界まで研ぎ澄ませる。旋律は呼応するように四つに折り重なり、波になってケイの耳へと届いた。


(ありえない。いくらなんでも)


 ケイは痛いくらい唇を噛みしめる。船に置いてきた少年と人々の顔が思い浮かんだ。


「イリュー」


 虚空へ声をかけると、すぐにしわがれた声で返答がある。


「はい」

「船は?」

「無事港に入港させました」

「そうか」


 安堵の息をつくとともに、ふと少年の言葉が頭をかすめた。


『碧仮面にも勝てる?』


 テルモアも落ちた。他の六つの国々も。今ここでエトランディアまで落とすわけにはいかないというのに、この状況はなんだろう。


 本音を言えば、血生臭いことには二度と関わりたくなかった。わざわざ正式に後を継がず放浪していたのは、そのためでもあるというのに。


「祖父さんのやつ」


 ここ三年見ていない祖父の顔を思い浮かべ、毒づいた。


(ちくしょ!)


 舌打ちして、今度は胸についた巻紙のレリーフ入りボタンを弾く。


「ルージェ」

「はあい」


 薄く透けた絹のレースが柔らかに宙を舞い、妖艶な微笑をたたえた赤いビキニ姿の若い女が現れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=904022106&s yado-bana1.jpg

相方さんと二人で運営している自サイトです。




― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ