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「それはいつのことなんだ?」
「父上が身罷る少し前。私がお前の父に封印の儀を受けたすぐ後のことだ。母上が言うには、ユミが自ら望んだのだ、と」
「そうか」
当時幼児だったユミ王女にそんな意志があったとは到底思えない。けれどもケイは、そんな内心などおくびにも出さず先を促した。
「だが事実は違ったんだ。左丞相から聞いた。ユミは私の次に王位継承権を持つ者だから養女に出されたのだ、と。いずれ彼女の地位を利用する者が必ず出てくる。だからその前にユミを養女に出し、エトランディアの名を捨てさせたのだ、と」
ケイは視線を足元へ向け、淡々と言葉を発するユカリィの横顔に目をやる。おもむろに足を伸ばしたユカリィが、両の親指をぴったりと重ね合わせる様を黙って見守った。
「ユミはエトランディアを愛していた。おそらくこの私よりも。なのに無理矢理養女に出され、挙句の果てが今回の疑惑だ」
感情の起伏が乏しい口調。だがケイには、ユカリィの重ねた親指に知らず力が込められていくのを見てとった。沈黙が流れる。ケイは何も言わず、ひたすらユカリィの言葉を待つ。しばらくして、ユカリィが小さく息をついた。
「もしアランドがユミを使って何かをしようと企んでいるのなら、一刻も早く彼女を救い出したいんだ。それが何より国のためになると私は思うから」
淡々とした表情ながら、精一杯に真摯な眼差しでこちらを見つめてくるユカリィに対し、ケイは深く頷く。
「だがその足のまま旅を続けるのには無理があるぞ」
腕を組んで、ユカリィの瞳へぐっと顔を寄せると、
「わかった」
ユカリィが事もなげに頷き、怪我をした方の足に顔を近づけそっと息を吹きかける。見る間に治っていく血豆。ケイは息を呑んで瞳を瞬かせた。
「なぜ最初からしなかったんだ?」
「私が『力』を使うと碌な事にならないから」
心底脱力しながら問うと、ユカリィが小さく肩をすくめてきた。
「私はこの『力』がなければ何の取り柄もないただの小娘だ。『ひまわり』なんだ。太陽になりたいと恋焦がれるちっぽけな存在のままでは、きっと誰も救えはしない」
遠い目をするユカリィに、ケイはやはり何も言うことができなかった。




