1-3
魚が小さな水音を立てて海へと落ちていく。
空には月が輝き、星が瞬き始めた。女王ユカリィが眠りに就き、夜がやって来たのだ。
(早すぎる)
ケイは臍を噛み、眠りについてしまった少年を静かに船へとおろす。
船上の人々も皆深い眠りに就いていた。早急に船を何とかしなければ。
ケイは『風の記憶イリュー』を呼ぶ。
「船を無事港へ送り届けてくれ。俺は一足先に街へ行く」
ケイの言葉にイリューは姿を見せず、かしこまりました、としわがれた声のみで答えた。
「『ロア』ですか?」
イリューの問いに、ああ、とケイは苦々しく頷く。
「急がなくちゃならなくなった」
「しかし、この船の大きさではコントロールが難しいかと感じますが。貴方様の精神力が持つかどうか」
「持たせるよ」
苦言を呈するイリューにケイは確信を持って答えた。
「貴方様がそう言われるなら何も言いますまい」
「ありがとう、イリュー」
礼を言って空へ駆けあがる直前、ケイは眠っている少年を振り返る。
何の夢を見ているのだろう。幸せそうな笑みを浮かべ静かな寝息をたてている少年に、そっと呟いた。
「やれるだけはやってみるよ」
セント・エトランディア。みんなの、そして己の故郷だ。ケイは気合いを入れ、暗闇の中明りが点在する前方の陸地を見やった。明日という日常が、朝がやって来るように。この人たちの笑顔をまた無事に見ることができるように。今はとにかく、自分のできることをやる。
(本当は、まだ帰りたくなかったんだけどさ)
少しだけ往生際の悪い本音を内心で吐露すると、ケイは夜空を駆けて一路地上を目指した。