2-15
エトランディス城を後にしたケイは、早々に旅支度をして街の正門へとやってきた。石造りのアーチを抜けると、白い日差しが目に入る。先には黄土色の草原と小高い丘。細い街道を歩きだすと、少し行った樹の木陰に人影を見つけた。通りすがりに確認して、ケイは溜め息をおとす。佇んでいたのは黒髪の少年だった。浅緑色のサーキュラーケープを身に纏い、腰にはレイピアを提げている。ケイは一瞬、見なかったふりをして通りすぎてしまおうかと考えたが、結局立ちどまり少年を見据えた。
「戻ってください」
「よく気づいたな」
少年は無造作に黒髪をわし掴みながら、こちらへとやってきた。浮きあがった黒髪から現れたのは、豊かな長い翡翠色の巻き毛。ケイは驚き、素っ頓狂な声をあげた。
「切ったんじゃなかったんですか!」
「あれは鬘だ。そんな馬鹿なことをするわけないだろう。これは王家の象徴だからな」
翡翠色の髪を一房掴んでみせながら、女王ユカリィは淡々とした口調で語った。
「一体どうやってここまで……。というより、そこまでして行きたいですか」
「当たり前だ。私にはやるべきことがある」
女王は頷き、
「それに、ここまで連れてきたのはジョージだぞ」
ケイを一瞥して軽やかな足どりで街道を歩きだす。
(祖父さんのやつ)
ケイは痛みだしたこめかみを、人差し指で押さえた。何とかこの世間知らずの我が儘女王を、城へ帰す手立てはないものか。自らの乏しい経験から知恵を引きだそうと試みるが、当然のことながら良いアイデアなど浮かばない。先に歩き始めていた女王が、不思議そうに振り返った。
「行かないのか」
「一緒にはね」
ケイは肩をすくめ、皮肉たっぷりに口元を歪ませる。女王はそうか、とあっさり納得し、
「ならば一人で行く」
歩きだしてしまう。ケイは慌てて追いかけ女王の前に回りこんだ。
「止めても無駄だってことですか」
女王は無言でうつむき、手にしていた鬘をぐっと握りしめた。
「女王」
ケイはできるだけ優しい声音を意識して問う。女王は弾かれたように顔をあげ、こちらの顔をじっと見据えた。
「女王はやめてくれ。私はユカリィだ」
女王は唇を噛みしめ視線を逸らさず言い切ると、荒々しく鬘をかぶりだす。ケイは頭を掻きむしりたい衝動を振り払い、天を仰いだ。こうと決めたら梃子でも動かないこの姿勢。剛毅、と言えば聞こえはいいが、実際やっていることはめちゃくちゃである。これでは認めるしか道がないではないか。ケイは本日何度目かの盛大な溜め息をおとし、苦笑した。
「承知いたしました」
自らの負けを認め、うやうやしく頭をさげる。
「礼はいい。敬語もやめてほしい。私はケイより年下だ」
漏れでた翡翠色の髪を鬘に入れこみながら、女王は元の淡々とした表情で、こちらを見つめてきた。
「はいはい」
ケイは頷いて歩きだす。隣に一つ年下の女王が並ぶのをそれとなく確認しながら、今度の旅は長くなりそうだ、とぼやかずにはいられなかった。




