2-10
銀色に輝くの尖った三つの尖端と、銀色の壁面が特徴のエトランディス城。
時に空の色を映しだす全面ロスタルムを練り込まれた鏡張りの城にたどり着いたケイたちは、ロスの後について城内へと入った。
外観と打って変った明るい内装。何本もの白い大理石の円柱が立ち並ぶ大広間を抜け階段をあがると、楕円形に曲がった明るい廊下へと出た。右側すべてが窓となっている廊下で、ケイは目を細め外界を見おろす。そこには念入りに手入れされた広大な針葉樹林の庭園が広がり、視線を上にやれば遥か彼方に海が見渡せた。床には藍色の絨毯が敷かれ、白い壁面に反射する日差しで疲れた目を癒してくれる。
(変わらないな)
何もかもが十二年前のままだ。ケイは突然襲いくる郷愁に抗いながら、前を行くロスと祖父の背を眺めた。
やがてロスは、長い廊下の終焉にある両開きの扉の手前で立ち止まり、振り返る。手前にあった扉の一つを開き、腰を折ってケイたちを部屋へと促した。
「お入りください」
ケイが祖父について部屋に入ると、紅い絨毯が目に入る。淡い光を帯びたシャンデリアの下には、深い朱色のソファを挟んで木彫りの長細いテーブルがあった。
「ここでしばらくお待ちください」
再度深々と礼をして、ロスが消える。部屋を一望できる片隅に背を預けて待ちながら、ケイは自分たちが置かれた状況にほんの少しだけ不自然なものを感じていた。
エリオット公がロスを寄こしてまでしたい話はおそらく歓談ではなく密談のはずである。それなのに、通された部屋は謁見の間に一番近い場所に位置した控えの間だ。女王の身に関わる重大な話を、なぜこんな公の場でしようとするのだろう。ケイが眉根を寄せ考え込んでいると、にわかに扉が開いた。
深紫色をした竜胆唐草文様のアビ・ア・ラ・フランセーズに身を包んだ男が、ロスを従え現れる。上背のあるがっしりとした体格の男の名はカイト・M・エリオット。この国の左丞相である。
「久しいな、ジョージ」
左丞相エリオット公は入ってくるなり嬉しそうにジョージの手をとった。手を握られたジョージは軽く片眉を上げた後、笑みを浮かべる。
「お久しぶりでございます、閣下。ご健勝のほど何よりでございますな」
「閣下はやめてくれ。左丞相もいらん。お前に言われると背中がむず痒くて適わんぞ」
豪快な笑い声をあげるエリオット公に、ジョージはゆるゆると首を左右に振った。
「お戯れを」
遊んではおらんよ、とジョージの手を離したエリオット公が、深く刻まれた皺を寄せ大きい榛色の瞳をこちらへ向けてくる。
「そなたは孫だな? 名は確か」
「ケイ、と申します。お久しぶりにございます、左丞相閣下」
ケイは片膝をついて深く頭を垂れる。エリオット公は面をあげよ、と重々しく答え、困ったような声音で続けた。
「頼むから立ってくれんか」
「はあ」
「今は私事ゆえな」
あまりの気安さに肩透かしを食らいながら、ケイは立ちあがる。瞬間、エリオット公が身に着けている白い絹の手袋の端が見えた。そこにはうっすらと紋章らしきものが浮かんでいる。
(太陽に羽ばたく鷲……)
それはまぎれもなく王家の紋章だと思われたが、ケイはその紋章に奇妙な違和感を覚えた。
「いかがした?」
エリオット公に尋ねられ、ケイは、いえ、と首を横に振る。エリオット公はこちらの視線を受け、自身のグローブを見てああ、と微笑んだ。
「これか? これは前王妃のエリィ様より頂いた王家縁の品でな。片身離さず身に着けておるのだよ」
「左様でしたか」
「こんな細かなステッチにまで目がいくとは。さすがはジョージの孫だな」
「ありがとうございます」
ケイは礼を言いながら、エリオット公がソファに腰かけるのを見守った。エリオット公に倣い腰をかけるジョージに従い、ソファに座る。エリオット公が満足げに頷くと、後ろで控えていたロスが、紅茶を注いだティーカップを音もなくテーブルへと置き始めた。




