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王の匠  作者: 朝川 椛
眠らぬ夜の四重奏
2/101

1-2

「おいで」


 空いた右手で必死に両目の涙を打ち消す少年。そんな様を、ケイは微笑ましげに見やった。自分も十二年前はこんな感じだったのかもしれない。


「帰ってきたよ、父さん」

「え?」


 問い返す声に、ケイはなんでもないよ、と首を振る。深緋ふかひ色をした上着の前についた四つのボタンの内、鳥のレリーフが施されたボタンを弾き呟く。


「風の記憶イリューよ」


 たちまち上着の布が薄さを増し、微かに吹く風にたなびいた。玉虫色に輝き出した上着をくるりと巻きつけ、ケイは少年を抱え空へと駆けあがる。


「うわあ!」


 少年が感嘆の声をあげケイはくすりと笑んだ。こちらの首に巻きつきながら目を丸くする少年は、まるで十二年前の自分そのもので。


「ごらん、あれが港だよ」


 指をさし、白く霞む青い陸地を示した。


「セント・エトランディア! もうすぐ着くんだね」

「何年ぶりだい?」


 尋ねるケイに、少年がええっと、と指を折る。


「今、十だから……四年いなかった」


 十歳だったのか、とケイは胸の内で驚きの声をあげ苦笑する。久しぶりの故郷を目前にして感傷が過ぎたようだ。


「でも、エトアミ山は見えないんだ」

 

 微かに落胆の色を浮かべる少年へケイは尋ねる。


「君の住んでいるところからは見えるのかい?」

「うん。だってぼく、エトシオの生まれだもん」

 

 誇らしげに宣言する少年の言葉に、ケイは、そうか、と頷き再度前方を見やった。 


「この距離だと港に着くまではもう少しかかるだろうね」

「飛んで行けないの?」


 素朴な疑問に対しケイは顎に手を当て考える。確かにここから飛んでいくことも可能だが、港に到着した後のことを考えると、なるべくむちゃは避けたい。


「とりあえず、それまでに腹ごしらえしといたほうがいいかな」

「でも、もう船には食べ物なんてないよ」


 不安げにケイを見あげる少年にケイは頷く。船内には塩漬けのキャベツが乗組員用にわずかながら残っているのみだと、料理長から聞いていた。ケイは少年に向かって右の口角を上げてみせる。甲板に上がってこちらの様子をうかがっている料理長へ合図を送り、


「よく捕まってろよ」


 左手首につけた銀の腕輪から金色の糸を引きだした。


「これってオネラリアの茎でできてるんだよね? うわあ」

「初めてかい? 君の胸元についてるボタンもこれで留めてあるんだよ?」

「ぼくお役所に行ってもすぐ眠っちゃうんだ」


 興奮ぎみに話す少年に笑いかけ、ケイは引きだしていた金糸を右斜め上へと縫いこんでは、縦に二重ふたえ巻くことを繰り返す。あっという間に大空へ金色の巨大な網ができあがり、ケイはそれを海へと投げ入れた。


「捕れるの?」

「まあ、見ててごらんって」


 投げ入れた網の端を持ちながら、固唾を呑んで見守る少年に向かって片目をつぶってみせる。


「ほら」


 声とともに持っていた金糸の網をくいっと持ちあげた。


「イリュー」


 小さく叫ぶと同時に大量の魚を内包した網が宙に浮ぶ。少年が歓喜の声をあげた。ケイはまだまだ、と唇を湿しめして網を開く。金糸を大量の魚の下に滑りこませ、斜め下と横へ大きく縫い込んだ。刹那、宙に舞っていた大量の魚がすべて三枚におろされ、甲板でシートを敷いて待ち構えていた料理長の下へと落ちていく。


 ケイは下で親指を立てて豪快に笑う料理長に手を振り、最後に左手を手前へさり気なく引き寄せた。ひゅっと鋭い音がして戻っていく金糸。先端にぴちぴちと音をたてて銀色の魚がついてくる。ケイは魚を手にとり、ベルトの後ろに常備してある三本の細くて大きな針のうち一本を選んで魚を刺すと、小さく叫んだ。


「炎の記憶ファスナよ」


 一瞬で魚に小さく炎が灯り、消える。香ばしい匂いが辺りにただよい、少年の腹が鳴った。


「イワシの丸焼きもなかなかだよ?」


 ケイはくすりと微笑み少年の膝を片手で抱えあげると、空いた手で魚をさしだす。少年も笑顔で魚を受けとろうとして、次の瞬間その手が弛緩しかんした。

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