2-4
「どなたかな?」
耳慣れない音だったのだろう。用心深げなジョージの声音に、ケイは勝手口に向かってさり気なく構えをとる。
「俺が出ようか?」
「いい、わしが出る」
ジョージが立ち上がり、再度問いかける。
「どちらさまかな?」
「御勝手口から失礼致します。何度も表の方から御呼びしたのですが、どなたも出ていらっしゃらなかったものですから。朝餉の匂いが致しましたので、もしや、と裏へ回らせて頂いた次第でございます。こちらは、仕立屋『レイランドルン』でよろしいのでしょうか?」
「そのとおりじゃが。どのようなご用件かな?」
丁寧な言葉に若干警戒を解いたらしいジョージは、しかし扉は開かぬまま今一度問いかけた。
「失礼致しました。私エトランディア城より左丞相カイト・M・エリオット様からの命によりやって参りました、お側用人のロス・カルロスと申します。急なことで恐縮なのですが、釦師ジョージ・都基山様にお目通り願いたく参上致しました」
「ほお、カイト殿の側近か」
驚嘆の声を上げながら、ジョージは勝手口の扉を開く。ケイも立ち上がって勝手口を覗き込んだ。扉の二、三歩離れたところで男が一人、片膝をついている。
「恐れながら」
ロス・カルロスと名乗ったその男は、ジョージの言葉に俯いたままで答えた。深緑色をした小葵文様のフラックを身に着け、深々と頭を垂れている。
「顔を上げてくれんかの。今はちと取り込み中なんでな、できれば要件は早く頼む」
ジョージの言葉にロスはかしこまりました、と返して顔を上げた。青い瞳に堀の深い顔立ち。若いとは言えなくはないが、二十代前半とはいかない容貌だ。ロスは硬い表情のままジョージをまっすぐに見上げ、口を開く。
「本日只今からエトランディス城へご同行いただき、我が主左丞相カイト・M・エリオットとご歓談願いたいのです」
「歓談……とな? 今すぐにか?」
怪訝な面持ちで尋ねるジョージに、ロスは頷く。
「早急に、とのことでございますれば」
「わかった。では行くとしよう。ケイよ」
「なんだよ」
ジョージの隣にいたケイは、改まった口調で名を呼ぶ祖父の声音に、不吉な空気を感じとって身構える。
「お前、城まで一緒に来い。道中ルージェに話をさせてやるから」
「やだよ、城なんて」
ケイは即答した。できればもう一生行きたくない場所なのだ。激しくかぶりを振って拒絶する。
「絶対に嫌だからな」
「もう決定事項じゃ、諦めい。この件に関してはわしに一切の権限があるんじゃからな」
わかったら早く支度せい、と尻をたたいてくるジョージに、ケイは叫ぶ。
「横暴だ! 俺はまだ『王の匠』じゃないのに!」
「そんな今更なことを議論する暇はない。……そもそもだ、お前はユカリィ様の様子が少しも気にならんのか?」
話の向きを変えてくるジョージに、ケイはぐっと言葉を詰まらせた。
(確かに)
気にならないと言えば嘘になる。だが、城へ行くのはやはり躊躇われた。
「どうしても行かなきゃなんないのかな?」
先刻から黙って事の成り行きを見守っていたであろうルージェを見やり、苦し紛れに上目使いで問うが。
「当然でしょう」
小さな抵抗も空しく、深い頷きを持って返された。
「さ、急ぐぞ」
早々に身支度を整えつつあるジョージに急かされ、嫌々ながらも自室に戻る。服を着替え、洗面台でめちゃくちゃになっていた髪を整えながら、鏡に映った己の姿を凝視した。映っているのは疲れ切った自分で。我ながらなんて苦労性なんだ、とケイは、白く低い天を仰いだ。




