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「はい」
ほどなくして、うやうやしげな声とともに銀糸の豪奢な装飾が施された白いローブ姿の男が現れる。
「なんでしょう。『月の民レイラリア』の末裔にして『全ての事象を見守る者』、都基山譲治よ」
「うむ。うちの馬鹿孫にな、ちょっと『例の記憶』を聞かせてやってくれ」
「螢に、ですか?」
ルージェは怪訝な面持ちで、自分と祖父を交互に見つめてくる。ケイはひどく居心地の悪い気分で、ルージェを見つめ返した。女のルージェも苦手だが、ジョージの前へ現れる男のルージェも堅苦しくて苦手である。
「螢には幼少の頃より譲治と伸が夜毎話して聞かせたと思われますが」
「忘れたわけじゃないよ」
ケイはとっさに反論する。本当に忘れたわけではない。父親であるシンが語ってくれた事は特に。けれどもそんなケイの言葉は、四つの冷たい視線によって完全に否定された。
「まあ、本当に忘れたわけではないと思うが。『例の記憶』が今の現状と関連しているということを、いまいち理解しておらなんでな」
「なるほど。しかしそれは譲治、貴方のミスなのではないかと思われますが」
淡々とジョージの失点を口にするルージェを、ケイはただ見守る。女のルージェとはまるで正反対の性格だ、とケイは悔しさに臍を噛んだ。自分の力のなさがそうさせるのだということを、今更ながら痛感する。ジョージは密かに落ちこむケイの横で顎に手をあて、ふむ、と首をかたむけた。
「それは認めるが。だがわしだけのせいでもなかろう? お前も事あるごとにケイをからかってまともに相手をせなんだから」
「確かに、私のせいでもありますな。分かりました、お引き受けしましょう。では、螢殿」
「あ、はい」
呼ばれた声に条件反射で姿勢を正し、改めてルージェを見あげる。ルージェはケイへと一歩近づき、慇懃に礼をした。
「朝食を召し上がりながらでけっこうですので、私の話を聞いてください。今から話すことは『事の始まり』、つまりは伝説ではなく『真実』であり、これからの事に大いに関連しているのです。よろしいですか?」
ケイは無言で頷く。ルージェは満足げな笑みを浮かべ、手にした錫杖を強く打ちたてた。
「世界がまだ西暦と呼ばれていた頃。太陽がまだ一つであり、本物のオゾン層が空を覆っていた時代。地球へ六十三億年は来ないと言われていた太陽大接近の危機が訪れた。人々はありとあらゆる英知を絞り、最後の望みを九人の科学者に託した」
錫杖を鳴らしながら話す姿は神聖な存在そのもので。ケイは朝食を口に入れることも忘れ、ルージェの姿に見入り、言葉に酔いしれる。
と、そこへ勝手口から高いノック音が続けざまに響いた。




