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「くっ!」
慌ててジョージが飛び退るのと、碧仮面が消えるのとはほぼ同時のことだった。
「奴め、ミラージュの記憶を使役しとるのか」
苦々しげにジョージが呟く。
(やっぱ、俺のせいだよな)
ケイは今までになく険しい祖父の横顔を、暗澹たる思いでしばし見つめた。
(俺に、もっと力があれば)
小さく息をつき背後を振り返る。それから、いまだ虚空を見つめ続けている『少女』の前へゆっくりと跪いた。
「女王陛下。いえ、『肉体』様。城へお戻りください。我々がお供いたします」
『サーマ』と呼ばれた器の『少女』はケイの言葉に反応することなく、無言で佇み微動だにしない。
「女王陛下、『サーマ』様」
ケイは『サーマ』の手をとろうと手を伸ばした。だがそれは、横から割って入った小さな手によって阻まれる。
「無駄だ」
『少女』は弓を背負いながら小さな声で短く言い放った。
「お前にできることは何もない」
「しかし陛下……」
言い募るケイの声を、また別の『少女』が制する。
「わたくしたちは大丈夫です。目覚めれば戻るのだから」
声の主はバドルアックスを手にしたもう一人の『少女』だった。『少女』はケイと目が合うと、自嘲気味に微笑む。
「ジョージとともにお帰りなさいな。わたくしたちももう行きますから。……さ、『理性』」
『ユーリ』と呼ばれた少女が同じ顔の『少女』を見つめる。
「『肉体』をお願い」
「わかった。『想像』、お前はどうする?」
「もちろん帰るけれど。わたくしは貴女のように地理にくわしくないのですもの。迷ってしまいますわ」
「わかった」
『ユーリ』と呼ばれた『ロア』の少女は一つ頷くと、『サーマ』を軽々小脇に抱え込む。『アーナ』はそれを見てほっと息をつき、こちらに向かって再度小さく破顔した。
「ごきげんよう、ジョージ。そして、ケイ」
立ち去る三体の『ロア』をどうすることもできず見送りながら、ケイはまたしても苦い想いを噛みしめていた。
器の『肉体』、第一記憶の『愛情』、第二記憶の『想像』、そして第三記憶の『理性』……。
ケイは瞳を閉じた。
『お前にできることは何もない』
感情の見えない先刻の言葉が耳にこだまする。できれば、あの頃と同じ姿をした『少女』の口からは聞きたくなかった。
(救えなかった娘。いや、救えずにいる娘、か)
どちらにしても、今の自分には痛すぎる言葉だ。
「祖父さん、俺、戻ってきてよかったのかな?」
傍らの祖父に問いかけると、ぽんと小さく背中をたたかれた。
「祖父さん、俺……」
「今日のところは帰るとしようじゃないか。なあ、孫よ」
口の端に微かな笑みを浮かべ、ジョージが歩きだす。慌てて追ったケイの耳に、ごくささやかな祖父の声が響いた。
「これからなんじゃよ。すべては、な」




