ツンデレ系彼女の恋模様
ここで告白をしておこうと思うが、僕には好きな人がいる。
その人とは明るくて元気でスポーツをしている時なんかキラキラ笑顔が輝いていて、僕の幼なじみの結衣である。
結衣とは幼稚園の頃からずっと一緒だった。家が近所だったこともあり、親同士でも交流があって、結衣とも仲良くなり、それから小学校、中学校まで上がって、今の中学三年生がある訳だ。
結衣は可愛い。いかにもスポーツをしているようなショートヘアーの栗色な髪に、小さい子に間違えられそうな童顔な顔つき、強気なややつり目の大きな瞳。僕が可愛いねって言えば「うるさい、バカ!」と拗ねられてしまうけれど。結衣が可愛いのはそれはもうほんとうにほんとうの周知の事実なのだ! と友だちに言えば、「確かに可愛いけどさ、お前のそれは妄想も入っていると思うぞ」とか言われてしまった。そんなバカな。
幼なじみで家が近いということもあり、登下校はいつも一緒だった。
だから今日も同じ中学校に登校する。
時間はもうじき八時を回る。
「いってきまーす!」
威勢の良い声を上げ、僕は玄関から飛び出した。
近所に昔から遊んでいた公園がある。そこがいつも結衣との待ち合わせの場所だ。僕にしては急いで行ったのに、結衣は既に待っていた。
中学校指定の水色と白が基調のセーラー服を可憐に着こなし、女の子っぽくなく腕を組んで立っている。
「お~~い、結衣~~。待たせてごめんよ~~」
手を振りながら近づくと、結衣は僕の存在に気づき、むっと怒りの顔をあらわにする。
「おせーよ、お前! そ、それに大声で騒ぐな! 恥ずかしいだろ…!」
周りが気になるのか、赤い顔をしてきょろきょろと顔を動かす。そんな動作もさながら小動物のようで可愛い。
「結衣はいつも可愛いね」
「なっ…!」
僕のさらりとした言葉に結衣は口を開けて、パクパクとさせる。だが僕に何を言っても無駄だと分かっているのか、
「そんな事言ってると先行くぞ!」
踵を返しどんどん歩いて行ってしまった。
照れてる結衣も可愛いなぁ…。感慨に浸りながら僕も「待ってよ、結衣~」とその後ろ姿を追うのだった。
「それでね、結衣。昨日は体育でこんなことがあってさ~」
「……ふ~ん」
「僕がこう動いたら敵も驚いちゃってさ~」
「……ほー」
「それで得点が取れたんだよ~。運良いよねー」
「……お前さ」
いつものような会話、簡単に言うと僕がずっと喋ってそれに時折結衣が相づちを打つようなものを展開させていると、結衣が言葉を挟む。どうしたのかと横を見れば、結衣が深みを帯びた真剣な表情をしていた。それにより、結衣が何か真面目なことを言おうとしていることを悟る。僕は無言でそれを促した。
結衣が僕の顔を見る。
「いつもこんな会話しててさ、楽しいのか? 友だちと一緒に登校した方がいいんじゃないか? なんであたしなんかと一緒にいるんだよ」
「結衣が好きだからだよ」
分かりきった質問だったから、僕は即答で返した。
「友だちよりも、結衣と一緒にいたいんだよ」
「それなんだよ」
怒っているような理不尽なような瞳をして、結衣は言う。
「お前はいつもあたしを好きとか言ってくれる。でもそれにあたしは答えてないし、付き合ってもない。そんな中途半端なのに、どうして…」
途中で言い淀み、結衣が顔を伏せる。真剣に考えてくれてるんだ…。少し嬉しくなりながら、僕はあえて笑顔を浮かべて明るく言った。
「いいんだよ、僕が一方的に一緒にいたいと思ってるんだ。それとも結衣には迷惑だった…?」
「い、いや。そんなことはねーけど…」
難しい顔をして結衣はそれでも答えてくれる。僕は笑みをにっこりと浮かべた。
「じゃあいいんじゃないかな、これで。……さ、そろそろ学校行かなきゃ」
「そ、そうだな……」
何か腑に落ちない表情で結衣は頷く。実際学校の時間が迫っていたので、これはいい案だった。
……ほんとうは、僕は恐かったのかも知れない。
確かに結衣にいつも好きと言っているが、結衣は応えてないし、僕が振られる場合だって考えられる。これは中途半端な関係。幼なじみの延長戦。そんな、もどかしい想い。
今の関係が壊れてしまうのが、嫌なのだ。今の結衣の隣が心地良い。結衣の優しさに甘えているだけかもしれない。
でも僕だって、なんの覚悟もなしに数年間この想いを抱えていたわけではない。結衣に好きな人ができたらきれいさっぱり諦めるし、結衣の幸せを願う。それが幼なじみというものだ。
「というか結衣、さっきのってもしかして僕のことを心配してくれたのか! 嬉しいな~」
「ちちち違う! そんなつもりはない! 断じて違うからな! だから顔をふにゃふにゃさせるな!」
結衣は顔を赤らめ僕を引っぱたく。でもそれは痛くない。これはいつもの光景なのだ。
だから僕は笑う。
結衣の隣にいれれる今の間に、楽しかった思い出を作っていたいから。
今日は帰り支度がめずらしく遅くなってしまった。今は放課後で、しかも各部活動部員でさえはらはら帰宅している頃。僕は部活動には入らず、図書委員として任務を遂行していた。結衣はテニス部に所属しており、いつもその時間まで待って、一緒に帰宅している。口では嫌だと憎まれ口を叩くが、もしほんとうに一緒にいるのがいやなら、僕を置いて先に帰ってしまうことだってできる。でもそれをしないから一緒にいても大丈夫かな、と僕が勝手に判断して一緒に登下校をするのだ。……実際、嫌われてなければいいなと僕が望んでいるだけではあるけど。
そして今日は会議があるとか言葉を残して、図書の先生が僕に仕事を押しつけていった。「ごめんねー、今度埋め合わせるから、ね」と謝られては断れないというものだ。本の整理並びに場所確認、新入り本の貸し出し準備をしていたら、いつのまにか午後六時十五分を時計が回っていた。結衣との待ち合わせはたいていは午後六時である。僕は時計の針を少し睨んで、それからはぁ、とため息をはいた。
どうせ結衣は待ちかねて先に帰ってる。あぁ、結衣と今日は帰れなかった…。ショボンとうなだれて、通学鞄に手をかける。よし、僕もそろそろ帰ろうか……。
外は日が沈み、薄い闇が広がろうとしている。わずかに残るオレンジ色と黒色が混ざり合い、不思議な色を空に醸し出していた。図書館から玄関へ向かう途中、雨が降らなきゃいいけど、と確認ついでに二階の廊下の窓から外を確認したとき、
「あれ……?」
瞳になにかをとらえた。それは、広い校庭に一人佇む結衣の姿だった。
どうしてそこにいるんだろう…? 帰宅していたんじゃ……?
その姿をじっと見つめていると、今度は結衣の方が僕に気がついた。はっと表情を変えたかと思うと、口をぎゅっと結ぶ。
僕は声をかけた。
「おーい、結衣、どうしたの~?」
「……あぁ」
校庭からここの距離は五十メートル超くらい。小さな結衣の声が届いた。
「てっきり先に帰ったとばかり―――」
「あ、あのさ!」
結衣が大きな声で僕の言葉を遮った。僕は気づく。いつもの結衣と雰囲気が違うと。あれはまるでなにかを決心したようなそんな……。しばらく結衣はしゃべらない。結衣の邪魔はしたくないので僕もまた、口を開かないでいた。僕たちの間にやわらかな不思議な時間が流れる。何秒、何分たったか分からない。結衣がすぅっと息を吸い、言葉を吐く。
「あ、あたしは……!」
握り拳を作り、懸命に何かを伝えようとしている。僕はただ、結衣の言葉を待った。
「今まで気にしないような素振りをみせて、おまえに冷たくあたっていたかもしれない。でもそれは本心じゃなくて…。ずっと言いたかったけど恥ずかしくて言えなかったっつーか…」
苦笑いして結衣が言う。次にでも、と言葉を続けた。
「逃げてばかりじゃ駄目なんだって。いつまでもおまえの優しさにに甘えてばかりじゃ駄目だって、思ったから。だから言うよ」
凛々しい瞳をこちらに向けて、顔を真っ赤にしている結衣が、言葉を放った。
「おまえのことなんて、大好きだバ―――――――カ!!」
突然の事態に僕はぽかんと結衣を見つめる。
なんだって、結衣が僕のことを、好き……?
小さな女の子はしどろもどろになりながらも言葉を紡ぐ。
「おまえのこと好きだ! 大好きだ、バカ! だ、だからさ、おまえにはそばにいてほしい!」
そこに立っているのは僕の好きな人だ。その人が顔を朱に染めて僕に本心を話してくれる。僕のことを想って、語ってくれる。僕はその姿に、どうしようもない愛おしさを感じた。
「――っ!」
居ても立ってもいられなくなった僕は、開いていた窓から身を乗り出し、体を宙へ放りなげていた。それを見た結衣は驚愕を顔に浮かべる。
「お、おまっ、ここ二階だぞ!?」
二階だなんてそんなのはどうでもいい。結衣にそんな、もったいないほどの最高な言葉を貰ったのだ。高さなんて躊躇するのも馬鹿らしい。そんなものは僕の障害にさへなり得ない。ただ、結衣の元へいいこくも早くたどり着きたかった。
幸い下が芝生だったので着地はうまくいった。しかし足を少し挫く。やはり二階から飛び降りるのは無理しすぎたかな。でもそんなことはどうでもいい。僕はなりふり構わず走る、走る、走る。結衣は驚きすぎて言葉も出ないようだった。五十メートルという距離は意外とすぐに縮まった。僕は結衣のところにつくやいなや結衣を目一杯抱きしめた。
「…!?」
「好きなんだ。昔から大好きだったんだ。だから結衣がそんなことを言ってくれるなんて、嬉しい」
最初は抱きつかれて暴れていた結衣だったが、僕の言葉を聞いて動きを止めた。
「うん、今までごめんな…。それが、ほんとうの気持ちだから」
優しい声色で、結衣が言う。結衣も僕に合わせて体に手を回してくれた。
「一緒にいよう、結衣」
「…あぁ」
「ずっと一緒にいよう」
「……あぁ」
「もう、離さないよ…?」
「あぁ……」
風に髪がなびく。心地いい風だった。いつまでもこの時間が続くように、感じた。
それから数分後。残っていた生徒たちからの野次を入れられ、結衣は初めて人に見られていたことに気がついた。バッと僕から飛び退く。顔はもう茹でタコのように真っ赤っかだった。
「どうしたのさ結衣。もう少しあのままでいたいよ」
「バカか! 他の人が見てるだろ! 恥ずかしい!」
「でも僕は恥ずかしくないよ?」
「うっさい!」
結衣に背中にキックを喰らう。
ひりひり痛む背中をさすりながら思う。うう~ん、僕は恥ずかしくないのにな、残念だ……。
そしてしおらしく素直だった結衣はそこまでだった。野次馬の生徒たちの間をなんとかくぐり抜け、お互い自分の鞄をとってきて、今は下校の道を歩く。
人に見られてから、結衣は照れながらも不機嫌オーラを発していた。
「もうあんなことしないからな!」
「えー、どうしてさ」
「恥ずかしいからに決まってるだろう! それにあたしにはああいうのは似合わないしな」
「…でもさっきの結衣、可愛かったよ……?」
「ふんっ、それでもしない!」
プイっと結衣がそっぽを向く。いつもの結衣に逆戻りだった。でもまぁいいのさ。いつもの結衣が僕は好きなんだ。これまで通り一緒にいられれば、それ以上願うものは何もない。今までの関係は、やはり変わらない。
そう、思っていたけど―――
ぎゅっと結衣が僕の手をつないだ。驚いて結衣を見るとやはり顔を赤くさせて、怒っているような顔をしていた。でも今の僕なら分かる。それは結衣の照れ隠しなんだ。
「よ、よし、じゃあ行くぞ!」
結衣に手を引っ張られながら進む。
あぁ、これから新しい僕たちの関係が始まるんだな、そう思うと自然と笑みがこぼれて、
「待ってよ、結衣~」
その背中について行くのであった。
甘酸っぱい恋愛ものを書いてみました。
実はこういう女の子が好きだったりします。
読んでくださり、ありがとうございます。