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第2話 聖女の務め

かつて存在した魔王は、遥か昔に勇者によって倒された。


しかし、魔王は滅びれどその呪いは世界中に拡散し今もなお脅威として存在し続けていた。


呪いは万物を蝕み、それはいつしか呪物と呼ばれるようになる。


もしかしたら、身体の大半が呪物で構成されている私は魔王そのものなのかもしれない。


木陰で休みながら、ふとそんなことを思いながら瞼を閉じた──。



何処かでカラスの鳴き声が聞こえた。


私は慌てるように目を開く。


魔力を回復させる為、私は木陰で一休みすることにしたのだが、どうやらいつの間にかうたた寝をしてしまったらしい。


「良かった。カラスが鳴いたからもう夕方だと思ったけれども、まだお日様は高いわ」


まだお昼を少し過ぎた頃合いであることを知り、私はホッと胸を撫でおろした。


カラスの鳴き声が聞こえなかったら、私はそのまま熟睡してしまっていただろう。


魔物の浄化で思った以上に魔力を使ってしまった。そもそも私の体の大半は呪物でできているせいで、指一本動かすだけでも莫大な魔力を消費する。特に浄化魔法は消耗が激しく、魔力も体力も完全に回復するにはまだしばらく時間がかかりそうだ。


魔力の源はあらゆる万物に宿っているとも、魂を源にしているとも言われているが、要は精神力のこと。魔法を使えば心が疲弊し、適度に休息をとらなくては魔力が回復することは無い。


「本当ならもう少し休んでいたいのだけれども、早くお家に帰らないと」


ふと、私の脳裏に一つ下の義妹の姿が過る。


名をダリア。私と同じ聖女でありアネモネ御義母様の実娘。


頭に義妹の怒声が響き渡り、目の前に彼女の険相が幻となって浮かぶ。


帰るのが遅れればそれだけ義妹の怒りが増すであろうことを思い出し、私は急き立てられるように立ち上がると歩き出した。


「いけない。その前にヒールをかけないと」


私は歩きながら、わずかに回復した魔力を使って崩れかけた顔にヒールをかける。


パキパキと無機質なものがぶつかり合うような音が響き渡った後、私はそっと右の頬を撫でた。


「良かった。これで少なくとも誰かに出会っても不快な思いをさせずに済みそう」


そう思うだけで私の足取りは、ほんのちょっとだけれども軽くなった、ような気がした。



神聖ライセ王国の王都ハースに私の生家はあった。


一年を通して四季折々の花々が咲き誇ることから花の街とも呼ばれ、木組み建築と花が調和する街並みは絶景そのもの。疲れた私の心を優しく癒してくれるところが何よりの魅力だ。


私はフードを目深に被って足早に家路をたどる。


途中、何人もの街の人とすれ違ったが、幸運にも誰にも気づかれずに家へたどり着くことができた。


私の生家の屋敷は王城の近くに佇んでいる。


庭にはライセ王国を象徴する国花の白百合が咲き乱れ、いつも聖なるオーラを放っているように見えた。実際、白百合からは神聖なマナが放出されており、聖女の義務で常に魔力を消耗している私にとって数少ない魔力補給の拠点でもあった。


屋敷の鉄門をくぐって庭に入ると、作業をしている数人のメイドたちの姿が目に映った。


「皆さん、お疲れ様です。いつもお庭のお手入れを感謝申し上げます」


しかし、メイド達は私に返事どころか一瞬たりとも振り返る素振りすら見せず、ただ黙々と作業に集中していた。


私は最初から返事など期待していない。ただ彼女達に感謝の言葉を述べられればそれでいい。


「ただいま戻りました」


屋敷に入るなり遠くから激しい足音が近づいて来るのが聞こえた。


「遅い! いままで何処で油を売っていたのよ、この愚図が!」


階段の上から怒声が響き渡る。


声のする方へ視線を向けると、階段の上に険しい表情を浮かべた義妹ダリアの姿が見えた。


「何処って、近隣の村に現れた魔物の浄化に行っていたのだけれども……」


貴女の代わりにね、と私は心の裡で付け加えた。


「言い訳はいいわ⁉ ともかく私に謝って。さあ、早く」


「どうして……?」


「そんなことも分からないの? 聖女像に魔力を込める当番を私が代わってあげたんだから、ちゃんと謝罪して感謝の言葉を言いなさいよ!」


相変わらずヒステリックで理不尽な理屈を押し付けてくるわね、と私は恐れや怒りよりも呆れ果ててしまった。


毎日、私達聖女は当番制で聖女教会にある聖女像に魔力を注入していた。


聖女像に魔力を込めることで王都全体に聖なる結界を展開することが出来る。それは瘴気を打ち払う力を持ち、王都に魔物が現れないのは聖女像が放つ聖女結界のおかげだった。


それは毎日、私たち聖女が交代で聖女像に魔力を注ぐ役目を担っており、今日はちょうど私の番だった。


しかし、近隣の村に魔物が出現し、本来であれば非番の聖女、つまり義妹ダリアが魔物の浄化に行くべきところをそのお役目を私に押し付けてきたのだ。


その理由が体調不良と言う名のサボタージュなのは明らかだったけれども、聖女像への魔力注入のお役目を代わるという条件で私は魔物の浄化に向かったのだ。


私はわざとらしく溜息をつき、ダリアを鋭い視線でじっと見返した。


「私は謝るつもりもないし、もちろんお礼なんて言う気も全くないわ」


「な、なんですって……? この、道具の分際で生意気よ!」


ダリアは駆け足で階段を降りてくると、私の前で立ち止まり鋭く睨みつけて来る。


「謝ってよ、早く……! もちろん土下座して這いつくばってね。さもないと、どうなるか分からないわよ?」


「いい加減にして、ダリア。癇癪を起すのは構わないけれども、お願いだからもう少し真剣に聖女の役目に向き合ってくれないかな?」


「なん、ですって?」


ダリアの顔が怒りと憎悪に引きつるのが見えた。唇がわなわなと震え、聖女とは思えないような鬼の形相で私を睨みつけてきた。


「私たちの肩には人命がかかっているのよ? 聖女の役目は決していい加減な気持ちでやっていいものじゃないって、どうして分からないの? 少なくとも私は、そうアネモネ義母様から教わったわ」


「汚らわしい! 道具の分際で私のお母様の名を口にするな!」


次の瞬間、私は顔面に強い衝撃を受けた。


足元に粉々に砕け散った花瓶が散乱し、床がびしょ濡れになっている光景が見えた。


ダリアに近くにあった花瓶を投げつけられた衝撃で、先程ヒールで治したばかりの顔がボロボロと崩れ落ちるのが分かった。


「血も涙もないおぞましい呪物の分際で偉そうに姉面をしないで!」


「私を義姉と認めないのは構わない。どんなに酷い言葉で罵られようとも暴力を振るわれたって構わない。でも、お願いだから聖女の役目だけは真面目に全うしてちょうだい。そのためなら、私はあなたに土下座してお願いすることもいとわないわ」


「なら、さっさとその場で額を床に擦り付けて私にお願いしなさいよおおおおおお!」


それでダリアが真面目に聖女の役目を果たしてくれるのであればいくらでも私は土下座でも何でもしよう。


私はダリアの要求に応えようとびしょ濡れの床に膝をつけようとした時だった。


「そこで何をしているのですか⁉」


凛とした声が私を引き止めた。


そこに現れたのは大聖女ことアネモネ御義母様だった。


アネモネ御義母様は、普段の穏やかな雰囲気とは一変し、目を吊り上げて私たちを鋭く睨みつけているようだった。


「お母様⁉ 聞いてください。カルミア御義姉様が私に酷いことをするの!」


「ダリア、カルミアが貴女にどんな酷いことをしたと言うのですか?」


「はい! 今日、カルミア義姉様のお務めを代わってあげたのに、お礼どころか罵声まで浴びせられて、本当に酷いんです! お母さまからもカルミア義姉様に何か言ってください!」


次の瞬間、パシーンと何かを叩く乾いた音が響き渡った。


ダリアが頬を赤くし、ただ茫然と立ち尽くしているのが見えた。


「お母様、何をなさるの⁉」


「いい加減になさい、ダリア! 理由を聞かずともこの惨状を見ただけで全て理解しました。どうして貴女はいつもカルミアに酷いことをするのですか⁉」


「わ、私は悪くない……悪いのはこの道具の方よ! おぞましい呪物の分際でいつも偉そうにして……! なんでいつもお母様はこんな奴の肩を持つのよ!」


ダリアはキッと私を睨みつけると、そのまま逃げだす様に屋敷の外に出て行ってしまった。


「ダリア!」


「あんな娘のことは放っておきなさい! それよりもカルミア、顔の傷は大丈夫なのですか⁉」


ダリアを追いかけようとした私の手を、アネモネ義母様が引き止めるように掴んできた。


「いえ、このくらい大丈夫です。だって私は呪物ですから」


「カルミア、貴女も自分を卑下するのはお止めなさい! 貴女の悪い癖ですよ」


そう言うと、カルミア御義母様は私を自分の胸に引き寄せた。


「ごめんなさい、アネモネ御義母様……」


「謝らなくていいの。いつも辛い思いをさせてごめんなさいね。今日は久しぶりに私の魔力を分けて上げましょう」


「いえ、そんな……! 私なら大丈夫ですから……」


「子供なんですから親に遠慮は無用ですよ」


そう言ってアネモネ御義母様は私を優しく抱きしめながら柑子色のマナを放つ。


〈御義母様のマナ、とってもふわふわしていて暖かい……〉


私はアネモネ御義母様から分け与えられた優し気なマナに身を委ねる。崩れ落ちた顔も癒されるのを感じた。


「さあ、疲れたでしょう。今日は聖女のお務めはいいですからお夕飯の時間までお部屋でゆっくり休みなさい」


ダメだ。この心地良さに抗うことは出来ない。


私は抵抗を諦め、大人しくアネモネ御義母様のお言葉に甘えることにした。


「いつもありがとう、御義母様」


こんな私を愛して下さって、感謝してもしきれなかった。


私の言葉に応えるかのようにアネモネ御義母様は優しく私の頭を撫でてくれる。


「こちらこそ私の娘でいてくれてありがとう、カルミア」


ああ、アネモネ御義母様のその一言だけで私はこれからも頑張ることが出来る。


これからもずっと私の側にいてください、御義母様。


しかし、この時、私は知る由もない。


これが大好きなアネモネ御義母様との別れの瞬間であったことを。


その晩、私は警備隊に捕縛される。


大聖女アネモネ殺害犯として──。

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