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プロローグ

どうして私は生きているの?


いや、そうじゃない。


ふと、どうして自分は17年間も、名前も知らず会ったことも話したこともない大勢の人たちから憎まれ、蔑まれ続けながら、ただ無為に人生を過ごしてきたのだろうと疑問に思ってしまった。


私は、怨嗟の声が木霊する広場で柱に縛られ、故郷の人々から無数の憎悪の視線にさらされていた。


「これより大罪人魔女カルミアの処刑を行う!」


賢王と称えられた若きライセ国王ハウゼンの凛とした声が響き渡る。


それと同時に広場に大歓声が湧いた。それは私の死を望む人々の願望そのもの。


私はどんな罪を犯したんだろうか?


理由があれば、私に罪があるのであれば極刑でも甘んじて受け入れよう。


でも、私には罰せられる理由なんて全く思い当たらなかった。


日々、聖女として魔物討伐や穢れた土地の浄化任務。村や街に疫病が流行れば誰よりも駆けつけ人々を癒し、傷つくものがいれば躊躇いなく治癒の魔法をかけた。


もし誰かを救ったり国家の安寧と平和を願うことが罪であれば、間違いなく私は大罪人だろう。


誰かに傷つけられたことはあれど、誰も傷つけたことは無い。少なくとも私はそう自覚している。自分の気付かないところで誰かを深く傷つけてしまったことはあるかもしれないけれども、それはあくまで可能性の話。


『ふふ、いい気味だわ、カルミア御義姉様』


その時、頭に浮かんだのは、義妹ダリアが私を嘲っている姿だった。


今それはきっと私の心が作り出した幻聴。でも、ダリアがそう思っているのは間違いない。今もこの広場のどこかで、私の死を願いながら笑っているのだろう。


何故なら、私が罪人として裁かれる原因を作ったのは義妹なのだから。


私はふと下に視線を移す。


足元一面に油を吸い込んだ薪が敷かれ、火のついた松明を握る兵士が見える。もしその松明が放り込まれたら、あっという間に焼き尽くされてしまうだろう。


火刑は、大罪人に科せられる最も残酷な刑罰だ。それだけ私への憎しみが深いということだろう。もちろん、そんな身に覚えは全くないけれど。


絶望に塗れながら、私はふと子供の頃、アネモネ御義母様に読んでいただいた絵本を思い出す。


魔王にさらわれ、生贄にされそうになったお姫様の危機に、勇者様が颯爽と現れて救い出す。そして勇者様は魔王を倒し、二人は結婚してハッピーエンド。何処にでもあるようなお伽噺だったけれども、当時の私は相当夢中になって聞き入っていたのを覚えている。


いつか私だけの勇者様が現れ幸せにしてくれるって憧れていた時期があった。


でも、大人になるにつれ、それがただの妄想であることに気付く。


そして、私の危機に駆けつけてくれる勇者様は何処にも存在しないと理解していた。


なのに、貴方は私の前に現れた。


怨嗟の声が湧く広場に馬のいななきが響き渡る。


周囲がざわめき立つ中、目を向けると、黒い騎馬隊が広場へとなだれ込んで来るのが見えた。


突然の乱入者に驚きの声が上がった。正確には黒い騎馬隊が掲げる旗を見て、だろう。


旗には、黒獅子と黒百合が組み合わさった紋章が描かれていた。それが、大陸最強の騎士団として名高く、人々に恐れられたハイラ帝国黒槍騎兵団のものだと誰もが知っていたからだ。


「あの旗はハイラ帝国黒槍騎兵団のものじゃないか……⁉ 一体どうして、帝国が許可もなく我が王国の領内に踏み込んでくるのだ⁉」


ハウゼン王の怒声が響き渡る。


黒い騎馬隊は私の周囲を取り囲むように止まる。


そこへ、黒い鎧と黒いマントに身を包んだ全身黒ずくめの美しい青年が黒馬から降り、私に歩み寄って来るのが見えた。


「ハイラ帝国皇帝オブシディアン殿⁉ 何の権利があってこのような暴挙に及んだというのかご説明願おうか⁉」


ハウゼン王が怒声を発した後、周囲は重苦しい静寂に包まれた。


〈この気高く美しい男性がハイラ帝国皇帝オブシディアン様……?〉


何故、そのような高貴な御方がこのような殺伐とした場所に現れたのか理解出来なかった。


オブシディアン様はハウゼン王の問いには答えず、腰の剣を抜いて大きく振りかぶり、そのまま私へと振り下ろしてきた。


〈何が起きているの⁉〉


身体の自由を奪っていた忌まわしい縄は切り落とされ、私は解放される。


もしかして、私を救いに来てくれたの?


私はオブシディアン様の穏やかな真紅の双眸を見つめる。


その時、真紅の瞳と視線が視線が交わり、皇帝と呼ばれた彼はフッと微笑んだ。


まさか、そんな……⁉ お伽噺のようなことが起きたとでも言うの?


絶望に包まれた心に、一筋の光が差し込んだ瞬間だった。


「オブシディアン殿、聞いておられるのか⁉ その罪人に触れることは例え帝国皇帝であろうとまかりならん!」


ハウゼン王の苛立った声が響くのと同時に王国の兵士達は槍を身構える。


帝国の騎士達も一斉に槍を身構えると、一触即発の殺伐とした空気が流れた。


「オブシディアン殿、何のつもりか知らぬが、その魔女を救おうとしているならば後悔することになるぞ? 貴国と締結している休戦条約など、こちらとしてはどうなろうとも構わないのだからな」


「ハウゼン殿、それは完全な誤解だ。私は貴国と争う気などこれっぽっちもない。むしろ逆で、力を貸しに来たのだ」


「どういうことだ?」


「こういうことだ」


真紅の双眸を持つ彼は微笑を浮かべたまま再び剣を振り落とした。


次の瞬間、私は全身に衝撃を受けた。ドロリと、生暖かいものが胸から垂れ落ちるのが分かった。自分の胸が斬り裂かれたと気付くのに数秒を要した。


私はがっくりと膝から崩れ落ちる。


「大聖女アネモネ様はオレにとって大恩人にあたる御方だ。その仇を討たせてもらおう、聖女カルミアよ」


そして彼は私に近寄ると、ソッと耳元で囁いて来る。


私はそれを聞いてハッとなる。


「まさか、そんな……⁉ 貴方があの時の……?」


私は驚愕のあまり彼の顔を凝視する。


「ようやく気付いたか。ならば覚悟しろ、聖女カルミア。いや、今は大罪人魔女カルミアだったか?」


私はそれには何も答えずただ彼に首を差し出した。


衝撃はその直後に襲って来た。


頭が地面にぶつかり、私の視界は転がり落ちた。


ああ、私の首は斬り落とされたのね?


そんなことを考えながら、私はそっと目を閉じるのだった。

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