3rd act. "Infiltration"①
「……で、どうする? ラーク」
ううーん、と唸って腕を組んだまま、俺は考えていた。
クロウからもらった情報では、ターゲットは毎晩ルナシィへ足を運び、仲間内との賭け事に明け暮れているらしい。しかしあくまでも酒を提供する『Bar』としての営業が主であり、殆どは酒を飲みに来る一般客。賭博やその他麻薬の受け渡し、仕事の依頼などは店の奥にある所謂“従業員専用”の個室へ通され行われているのだという。
そして俺とメイは今、オフィスで仕事をする他の社員の傍ら、トランプの数字と睨み合っている。メイがディーラー役で、俺が客。
一枚が表向きに置かれたメイの手持ちは、今のところ『A』と出ている。そして俺の手持ちは、『9』と『7』。二つ合わせてもまだ16だ。
カードの数字の合計を『21』を超えることなく、且つディーラーの手持ちより高い点数に近付ける事を競うというルールの『ブラックジャック』が今ルナシィのVIPの間で流行っているという事で、今まさにその特訓中なのである。上手い事そのVIPの連中に近付く為には、俺達もそれ相応の準備をしていかなければ。だから決して仕事をさぼって遊んでいる訳ではない。仕事の内なのだ、これも。
二枚のカードを見つめながら、俺は次のカードを引くか引かないかの選択を迫られていた。メイは俺の様子を見ながら、余裕の笑みを浮かべ脚を組みかえる。テーブルの端に当たった黒いヒールの先が、催促する様にコツコツと音を鳴らす。
今のところ彼女の全勝で、俺は物の見事に完敗している。自分のカード運のなさに呆れてしまいそうだ。
Aという事は、もし残り一枚のカードがJ・Q・Kのいずれか、または同じAであれば、こちらは21を狙って『5』を出さなければ勝ち目はない。
俺は迷った挙句、一枚カードを引いた。出たのは、8。合計は24。……バースト、つまり俺の負けだ。
「ああっ、またかよ!」
俺は投げ捨てる様にカードをテーブルへ置く。
ふふん、と得意げに鼻で笑うと、メイは伏せられたもう一枚のカードを捲る。……ジャックだ。
エースとジャック。合計はぴったり21で、メイの勝ちとなる。俺は頭を抱えながら、自分の運の無さを呪った。
「アンタ、本当に大丈夫? この調子じゃ、任務が終了する頃には一文無しかもね」
「うるせえ、たまたまだ、たまたま! よし、もう一回やろう」
十回以上もやって勝てないなんて、イカサマでもしてるんじゃないのか。カードに何か細工でもしているのか……。俺は束を手の中で広げ、何か不審な点がないか確かめる。
「馬鹿。イカサマなんてしてないわよ、失礼ね」
スッ、とカードを取りあげられる。メイは再び華麗な手つきでカードを切ると、2枚ずつ俺と自分の手元へそれを配った。
「軍にいた頃仲間とよくやっていたから分かるけれど、このゲームでイカサマなんて通用しないの。運があるかないか、それだけの事。アンタはよっぽど運に見放されているって事よ」
伏せられたカードの一枚を捲りながら、彼女は言う。
運か、と俺は呟いた。確かな勝算があるわけでもないのに、こんなカード一枚に大金と自分の運を賭ける。中には多額の借金を背負ってまで、この遊びにのめり込む者までいるというから驚きである。勝てば大儲けだが、負ければリスクが高い。そんな一か八かなんて勝負は、きっと俺の様な奴には向いてないと思う。……いや、絶対に向いていない。
「なんだなんだ? ラーク、お前は勝負事には向かないタチか?」
がはは、と豪快な笑い声を上げながら現われたのはレイスだ。
俺の隣にドシリと腰を下ろすと、配られたカードを手に取った。そして表向きにされたメイのカードにチラリと目をやると、俺にそっと耳打ちをする。
「……いいか、ディーラーのカードをよく見るんだ。相手の今出ている数字は6だろう? 仮にもう1枚が10だとしたら、合計でまだ16。手持ちが17以上になるまでディーラーはカードを引かなきゃならんルールなんだ。表向きの数字が低ければ、こちらにも勝算はあるってこった」
彼の手持ちは今『10』と『8』。それならばここは、カードを引かずに相手の出方を見ろ、と言う事か。
「スタンドだ」
自信でもあるのか……。レイスの声がなんだか頼もしい。しかし彼の言葉にメイは動じる素振りも見せずもう一枚のカードを裏返す。
出たのは『3』だ。その後もカードを引くが、『2』、『4』と立て続けに低い数字ばかり。
そして3枚目のカードを引いて見せる。と同時に彼女は小さく感嘆を漏らした。
「もう!」
投げつけられたカードを見ると、クイーンの絵柄が。ということは彼女の手は合計23。俺の勝ちだ。
「うわ、すげえ!」
俺は嬉しくて思わずレイスと抱擁を交わす。ギャンブルってヤツはただ自分の運に身を委ねるだけかと思っていたが、そう言う訳でもないのか。“戦略”みたいなものもちゃんとあるんだな。
「さっき言った事を忘れるなよ。さあ、次はお前がやってみろ」
「うん、ありがとう。レイス」
満面の笑みを浮かべると、それを見ていたメイは少々ご立腹の様子。
「レイスさん、入れ知恵なんて卑怯ですよっ!」
がはは、とレイスはまた大きな笑い声を上げる。
「入れ知恵なんかしてねえさ、ルールを教えてやっただけだよ。まあしっかりやんな、お二人さん」
そう言うと、レイスはまた自分のデスクへと戻っていった。
紹介が遅れたが、彼はメイと同じくマラキアの部隊に勤めていた元軍人で、たしかもう六十近いんじゃなかっただろうか。三十年以上そこに所属していたというだけあって、現役を退いた今もその逞しさは衰えてはいない様だ。しかしいくら元軍人と言っても体力的には限界が来ているらしく、我が社ではヴェッチ同様事務の仕事を担っている。
まあ、ヴェッチが『母親』なら彼は『父親』といったところか。面倒見もよく、頼りになる。
「さあ……続き、やろうぜ?」
負けた事がよほど悔しかったのか、眉間に皺を寄せ黙り込んだメイを今度は俺がふふん、と鼻で笑って見せる。
「あんなの、まぐれに決まっているじゃない。一度勝ったぐらいで得意げになるのやめなさいよね」
結局その後俺が連勝し続け、成績が大体五分五分になったところで時間が来た。
「そろそろ……」
「そうね」
身支度を整え、倉庫にあったサイレンサー付きの銃を一丁、念の為懐に忍ばせておいた。まずは初日なので使う事なんてないとは思うが、一応。
オフィスを出る前、丁度用事を済ませて戻ってきたクロウと偶然出くわした。
「もう時間か」
「はい。行ってきます」
クロウは右手で拳を作ると、俺の前へ差し出した。
「健闘を祈るよ。しっかりな」
コツン、と差し出された拳に自分のそれを合わせる。
「了解」
俺は力強く答え、その場を後にした。