2nd act. "Occasionem"④
そして今回は、汚い手口で騙され命を奪われた妹の思いを晴らす為に、と俺達に依頼が来たのである。
「しかしまあ……そういうことなら、今回俺達の出番はなさそうだな」
「そうだな、メイかアゼリア。パディは……いや、お前はダメだな。とりあえず二人のどちらかに任せるか」
シュライクとジェードがそう提案する。
「ちょ、ちょっと待ってよ! どうしてあたしはダメなの! 意味分かんない」
候補から外された事が不満なのか、口を尖らせながらパディが反論する。
彼女も二年前組織に加入した、社員の中では最年少の一人で十九歳。見た目だけなら他の女性社員たちと同様大人らしい雰囲気、というかむしろ他の女子連中にはない色気(少し言い方が失礼だが)まで感じさせる。黙っていれば、の話だが。
口を開くと見た目とはずいぶんかけ離れ、行動や言動にとにかく落ち着きがない。こちらの任務は的確な判断力とそれに伴う迅速な行動が求められる為、よっぽど人手が足りない場合以外は彼女を同行させる事はない。今はまだ教育指導の段階、という訳だ。
「アンタは見た目だけ一人前で、まだまだガキって事よ。くやしかったら早く成長する事ね。」
アゼリアがパディに一瞥を投げフン、と鼻で笑う。その発言に何よ、とパディが彼女に食って掛かろうとすると
「アゼリア、そう言いたい気持ちは分かるがコイツを煽るのは止めてくれ。パディもだ。そうやってすぐムキになるのがお前の悪いところだろう。お前にもいずれちゃんと任務につかせてやるから、今は大人しくしといてくれ。な?」
幼い子供を諭す様な優しい口調でクロウはそう言い聞かせる。すると素直にコクリと頷き、パディは口を噤んだ。
煮え切らない様な表情をしたアゼリアも、パディが素直にクロウの言う事に従ったのを見て渋々黙り込む。
彼女もメイやパディと時を同じくして組織に加わった、彼女と同年齢の十九歳。つい今さっきのやり取りを見れば分かる様に、彼女たちの性格はまるで正反対。口は悪いがどこか落ちつきのあるアゼリアと、見た目と裏腹に子供っぽいパディ。まるで双子の様に雰囲気もそっくりだが全く違う彼女達。決して仲が悪いというわけではないのだろうが、二人の世話にはクロウも他の社員達も、ほとほと手を焼いている。
そんなアゼリアもまだ一応パディと同じく教育段階なのだが、彼女はパディと比べて呑み込みが早く、一度教えれば次の任務では粗方要領を掴んでいたりするので即戦力にはなる。
きっとパディが何かと彼女を目の敵にするのは、いつまでも役に立てない自分と違う、という羨望からだろう。……そうだ、まるで今の俺の様に。
「しかし女性だけ、というのも少し不安が残るな。相手が相手だ。危険も伴うだろう」
ジェードの言葉にそうだな……、とクロウは深く考え込む。
「俺達の中から一人回そうか」
「ああ」
その時、手元に目線を下げていたクロウがふ、と俺に視線を向けた。
「ラーク、お前はどうだ?」
「俺、ですか……?」
なんとなく予想はしていたが、突然のそれについ言葉を詰まらせる。
「いい機会だ、今回はお前が指揮を取ってやれ。いつまでも俺達の後ろについてたんじゃあ、独り立ちもできないからな」
そう言ってクロウはこちらに真っ直ぐ目を向ける。微かではあるが口元に浮かべられた笑みは、俺を試している様にも思える。
「大丈夫か? ラーク。無理なら無理とはっきり言っていいんだぞ」
何の言葉も発さず黙り込んだ俺に痺れを切らすように、シュライクがそう口にする。席が近いメイは椅子ごと体を引き寄せ、俺の側に座ってじっと顔を覗きこんできた。
「……やれる?」
少し不安げな声の彼女。向けられた視線が、言葉に出さずとも俺がパートナーでは頼りない、と物語っているようだ。
俺だって、本当は怖い。今までずっと、他の誰かが取る指揮通りにただ任務を行ってきただけの自分に、今度はその全てを任されるのだ。自分で考え、自分で動く。確実に任務を遂行する為に。失敗なんて、許されない。
“俺達とは違う”……。
クロウのあの言葉がよみがえる。
いや、違わない。俺だって……。
机の下で拳に力を込める。唇をぎゅっと噛みしめ不安を押し殺して、答えを待つように視線を向けるクロウを俺も真っ直ぐと見据えた。
「はい、任せて下さい。ボス」
声が少し、震えた様な気がする。
「そうか、分かった。頼んだぞ、ラーク」
俺の返答に、クロウは安心したように僅かに息をついた。
その後の話し合いにより、パートナーとして任務に就くのはメイになった。彼女との任務と言うのも今回が初めてであり、何もかもが初めてづくしでなんだか再び不安が押し寄せてくる。任せて下さいとは言ったものの、本当に大丈夫だろうか。
ミーティング終了後、俺は机に突っ伏したまま暫くそんな事を考え込んでいた。そうしている間に彼らは通常業務に戻る為、次々と会議室を後にする。
「おいラーク、行くぞ」
最後に部屋を出ようとするシュライクから声を掛けられたが、俺は右手を軽く挙げ「すぐ行く」と返事をする。
しん、と静まり返った部屋で俺は一人、目を閉じて伏せたままじっと考えが纏まるのを待った。
その時、誰もいないと思っていた部屋にカタンと静かに椅子を引く様な音が響いて、俺はハッと顔を上げる。見るとクロウが隣へそっと腰を下ろし、窓の外を眺めながら小さく呟いた。
「不安?」
彼のその問いに、自分の心が見透かされた様で少し驚いた。いや、今の俺の状態を見れば誰だってそう思うのかもしれないけれど。
隠したところで無駄かと思い、俺は今の自分の気持ちを正直に打ち明けた。
「はい、正直。どうしてボスはシュライクやジェードじゃなく、俺に任せたのかな、と。彼らなら俺なんかより……ずっと上手く任務をこなせる筈、なのに。」
「……本当にお前はそう思うのか?」
俺の言葉に、クロウは少し語気を強めた。窓の外を見つめたままこちらを見ようとはしないが、その横顔は心なしか少し悲しげにも見える。
「――これまでずっと俺や他の連中と任務を共にしてきて、お前は一体何を見てきた? ……俺がお前に、自分を卑下させる為に誰かと組ませていたとでも思っているのか?」
「いえ、そんなこと……」
「それならどうして、お前はまるで自分に能力がないとでも言うような事を口にするんだ? その考え方が、お前が持つ自分自身の能力を無駄にしている事に気が付かなければ、これから先、お前に他の任務を任せる事なんてできない」
俺が持つ、能力……? どういう事だろう。もしそんなものが俺にあったなら、最初からこんな劣等感や無力な自分に苛立つ事なんてない筈なのに。
「すいません」
怒らせてしまったのだろうか、俺がそう口にした後クロウはそれきり口を閉ざしてしまった。言葉はないが、机に背を向けたまま組まれた脚は無意識なのか、靴先で壁を突く様に蹴っている。取り出した煙草に火を付けるのにも、なかなか着火しないそれに小さく舌を打つ。この人との間にある沈黙には慣れている筈なのに、何故か今流れているこの時間がすごく重く感じる。
深く煙を吸い込み、口から一気に吐き出すとクロウは体ごとこちらへ向き、俺と正面から向き合う形になる。
「確かにお前は、あいつらに比べればまだまだだ。昨日の晩、シュライクがお前に言っていた様にな。だがお前は、どれだけ他の連中に蔑まれたって泣き言ひとつ言わずについてくるだろう。俺はそんなお前の根性を買っているからこそ、今回はこれまで学んできた事を活かせるかどうか、チャンスを与えた」
「チャンス、ですか」
思いもしなかったクロウの言葉に、俺は驚きを隠せずにいた。
「そうだ。この任務をきちんと成功させれば、他の奴らもお前の事を一人前と認めてくれる筈だ。いつまでも誰かの下で動くのはもう嫌だろ?」
小さく頷くと、彼は嬉しそうにくすりと笑う。
俺はずっと、クロウに見限られているんだと思っていた。四年もこの会社にいるのに、一人だけ成長できなくて。他の社員にどんどん遅れを取って、引き離されて。
俺が一人で任務に就く事日なんてきっと来ない。そう思っていたからこそ、自覚というものが欠けていたのかもしれない。だけど、クロウが今まで殆どの任務へ俺を引き連れて行ってくれた意味が今、初めて理解できたような気がした。
チャンスが回ってきたのだ。俺に、ようやく。期待されているのなら、なおさらこの任務を失敗する事はできない。重圧はあるけれど、なんだか心は今までよりずっと晴れ晴れしている気がする。
「ほら、じゃあいつまでも考え込んでねぇで早く仕事へ戻れ。ターゲットとの接触まで、メイと二人で打ち合わせは入念にしておくように」
「了解です」
頑張れよ、と頭に置かれた手が俺の髪を乱暴に撫でる。
その後、他の用事があるからとクロウは足早に部屋を出て行き、俺はオフィスへと戻った。
(……クロウがせっかく期待してくれているんだ、応えてみせるさ)
心の中で、そう呟いた。