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Justice OR Vice.  作者: 風舞 空
season.2 【Forgiveness】
34/35

2nd act.“Nomen homo, Jeremie Blanchia”④

「――か、大丈夫ですか」


 肩を揺さぶられる感覚で、目が覚めた。


っ……)


 酷く頭が痛む。胸元を見ると、肌や服が何かで濡れていた。


「立てますか?」


 そう訊ねられ顔を上げると、目の前に立っていた若い女が、心配そうな表情で俺を見ている。


「誰だ、アンタ……」

「ペインズ市警のハドソンです。怪我をなさっている様ですね。すぐに病院で手当てを」


 持っていた小さなライトで手元を照らし手帳を見せると、刑事らしいその女は俺の身体を支えてくれた。

 立ち上がった瞬間、眩暈で視界が揺れる。額に触れると確かに、切れているのか血が出ているのが分かった。どうやらあの時、俺は何かで殴られ、気を失ってしまったらしい。


(クソ……)


 辺りはまだ暗闇に包まれている。女があれからどうなったのか分からない。男が何者なのかも、結局分からないままだ。


「その前に少し、お訊きしたい事が」


 数十メートル先の大通りには警察の車と他の刑事らしき人間、そして数人の人だかりが出来ていた。ヘッドライトと忙しく回り続ける赤いランプだけが、唯一辺りを照らしていた。


「今、署で女性を一名保護しています。あなたが倒れていたこの場所が事件現場のすぐ近くでしたので、もしかしたら何かご存知かと」


 保護されたってのは、あの時の女か。女が無事だという事は、おそらく男はどこかに逃げたのだろう。

 俺を殴ったのがもしジェレミーだとすれば、顔を見られた可能性がある。今一番気がかりなのはその事だ。


 声を出したせいか、急に痛みが増してきた。


「いや、何も――」


 女刑事の問いに首を横に振り、すぐにその場を立ち去ろうとしたが、今度は別の刑事が俺の前に立ちはだかった。女同様、バッジのついた手帳を掲げると、ローガンと名乗る男が口を開く。


「この顔に見覚えは?」


 そう言うと、彼は一枚の絵を取り出した。


 被害者の証言に基づいて作成されたのであろうその似顔絵は、半分描き手の想像によるものである事を加味しても、おおよその特徴らしきものは捉えられているようだった。

 坊主頭に顎鬚、突き刺すような鋭い目付き。


(同じだ)


 昨日オフィスで見た、標的アイツの顔写真とよく似ている。

 俺の予想は外れていなかった。やはりあいつだったのだ。


「彼が、さきほど起きた事件の犯人と思われる人物です。被害者の女性の証言によると、数時間前あなたが暴行を受けたのは、この男ではありませんか」

「……分からない。顔は見なかった」

「今、警察病院で被害にあった女性の手当てを行なっています。当時の状況を詳しくお聞きしたいので、ご同行願えますか」





男達に付き添われ警察病院の処置室で手当てを受けた後、俺はそのまま隣接する署内の取調室へ通された。

 暫くして最初に俺に声をかけてきたハドソン刑事が、別室にいたらしい例の女を連れ、部屋に入ってきた。


(嘘だろ)


 刑事に身体を支えられながらやってきた彼女の姿に、俺は一瞬自分の目を疑った。


 憔悴しきった様子の彼女は、泣き腫らした後なのか充血した目を伏せ、ハドソン刑事の「座って」という言葉に小さく頷くと俺の前に腰を下ろした。

 長い黒髪に浅黒い肌。瞳の色まで、彼女はあの日俺が出会ったエミーそのものだ。

 左腕には包帯が巻いてあり、顔にも複数箇所、痣ができていた。彼女も俺同様、男から暴行を受けた事は明らかだった。


「ランバートさん」


 そう呼ばれて、ふと我に返った。どうされました? と訊かれ、俺は少し考えてからハドソン刑事に言った。


「頼みがあるんだが――彼女と二人にしてもらえるか。二分でいい」


 彼女は俺の傍らに立っていたローガン刑事に一瞬目で何か合図を送ると


「分かりました」


 そう言って、彼と共に部屋を後にした。

 正面に向き直り、俯いたままの彼女に声をかける。


「……君の名前は?」


 彼女は俺の問いかけに、少しだけ視線を上げた。困惑したような表情で、濡れた瞳が揺れる。


「ジェシカよ。ジェシカ·エマーソン。あなたは?」

「レインだ。そうか――ああ、いや……すまない。俺の知っている女性に、よく似ていたから」


 エミーと瓜二つの容姿でありながら、彼女は全くの別人だった。

 そんなことが本当に有り得るだろうか? 頭が混乱してきた。


「変な事訊くけど――俺と以前、どこかで会ったことは?」

「ないわ。あるわけない。本当に変な事訊くのね」

「じゃあもしかして、姉か妹がいたりする?……双子の」

「悪いけど、私に姉妹はいないわ」


 彼女は不愉快そうに眉を顰めた。


(本当に、ただの偶然なのか)


「よろしいですか?」


 扉が開かれ、外で待っていた刑事二人が再び姿を見せた。


「では、お話を聞かせてください」


 ――ジェシカと名乗る彼女の話によると、深夜一時前、仕事帰りであの路地を通りかかった時男に声を掛けられ、突然刃物で切り付けられたらしい。咄嗟に助けを呼ぼうと叫んだが、男と揉み合いになり「殺す」と脅された為、危険を感じ黙って従う事にした、と。

 その時偶然その場に居合わせていた俺の姿を、一瞬目にしたのだという。そして彼女が俺を目で追っていた事に気付いた男が、あの場所で俺を見つけ、隠し持っていた鈍器で俺を殴った。

 それから数分後、遠くから聞こえてきたサイレンの音に焦ったのか、男は突然彼女を解放すると、そのままどこかに消えてしまった。

 そしてたまたま別件で出動中だった警察官が彼女を保護し、俺が倒れていたのを発見した、という事だった。


 俺がその場にいた理由についても訊かれたが、街へ遊びに行った帰りに偶然通りかかった、とだけ話した。


「今日はたまたま帰りが遅くなったから、近道をして帰るつもりだったんです。いつもはあんな所通らないんだけど……まさか自分がこんな目に」


 その時のことを思い出したのか、ジェシカは怪我をした左腕を抑えながら言葉を詰まらせた。寄り添いながら、ハドソン刑事がそっと彼女の肩を抱く。


「怖かったでしょう。でも安心して。犯人は必ず私達が捕まえます」

  




 取り調べを終え建物を出た頃には、空がぼんやりと明るくなり始めていた。

 自宅まで送り届けると言われたが、「歩いて帰れる」と申し出を断った。


「近いうちまた署にお呼びすることがあるかもしれませんが、その時はご協力お願いします」


 ハドソン刑事は俺にそう言うと、ジェシカに付き添いながら車に乗り込んだ。閉められたドアの中からこちらを見たジェシカの表情は、少しだけ安堵しているようにも思えた。


 今日ほど、一日が長いと感じた事はなかった。親父あいつの事、ジェレミーの行方、そして、現れなかった彼女エミー――。

 エミーと同じ顔を持つ、ジェシカという女の存在もだ。今日起きた全ての事が、偶然という言葉では、どうにも片づけられなかった。

これは何かの始まりなのだろうか……。そんな気がしてならなかった。妙な気持ち悪さが、俺の中で渦を巻くように加速する。謎の胸騒ぎは、まだ治まりそうにない。



 二人を乗せた車が走り去った後、俺もようやく、部屋へ帰ろうと歩き始めた時だった。



「君、名前は何と言ったかな」


 突然声をかけられ、驚いて後方を振り返ると、いつの間にか中年の男がそこに立っていた。灰色のスーツを身にまとい、襟元にはハドソンやローガンが持っていた警察手帳と同じマークの、小さなバッジが付いていた。

 彼も同じ、警察の人間だということは見れば解る。……それも平の刑事ではなく、もっと上の、幹部か何かだということも。


 男は含み笑いを浮かべると、ゆっくりとこちらに歩み寄り、俺の肩を叩いた。


「ほう……若い頃の彼によく似ているな。まるで生き写しだ」

「あんたは」

「君の父上の事はよく知っているよ、ランバート君」


 俺の問いには答えず、男は続ける。


「悪党とはまるで雑草みたいなものだ。いくら根を枯らしても、またすぐに新しい芽を生やす」

「……何が言いたいんだ、オッサン」

「おっと、勘違いしないでくれよ。私は君の敵ではない」


 そしてくく、と喉の奥で笑うと、男は俺に背を向けて歩き出した。


「私の顔を忘れるなよ青年。またいつか、どこかで会う日がくるかもしれん」


 突如俺の前に現れたかと思いきや、意味有りげな言葉を残し、そのままさっさと立ち去ってしまった。結局、名前すら明かさないまま。


(何なんだ、一体)


 “若い頃の彼によく似ている”――。親父あいつの事を知っているようだったが、そんなに昔から、奴と何か関わりがあるのか。


 何にせよ、今の俺にとってはどうでもいいことだ。


“私の顔を忘れるな”


 ……ただひとつ、その言葉が引っ掛かる事だけを除いて。





 オフィスと自宅のあるビルにたどり着いたのは、朝の七時を五分ほど回った頃だった。入口へ続く階段の踊場には、毎朝決まって投げ込まれている朝刊が落ちていた。

 エントランスを抜け、部屋へと続く階段を上りオフィスのある三階を通り過ぎようとした時、ちょうど降りてきたところのラークに出会った。

 彼は俺を見るなり、驚いた様子で目を見開いた。


「よう。元気か」

「ど、ど、どうしたんですか、それ――」


 血塗れのシャツと頭に巻かれた包帯を交互に見ながら、ラークはかなり動揺している様だった。

 無理もない。今の俺の姿を見れば、きっと誰でも同じような反応をするだろう。


 それより、コイツは俺と話す時いつも決まって吃音気味に言葉をどもらせるが、何か理由があるのだろうか。


「色々あってな。でも大したことはない」

「そ、そうですか……お大事に」


 いつか訊いてみようとぼんやり考えながら「ありがとな」と少し笑ってみせると、ラークははい、と小さくはにかんで頭を下げた。

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