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Justice OR Vice.  作者: 風舞 空
season.2 【Forgiveness】
33/35

2nd act.“Nomen homo, Jeremie Blanchia”③

 無言で俺を後部座席へ押し込むと、セスは隣へ乗り込み、静かにドアを閉めた。運転席で煙草をふかしていた赤毛の若い男が、バックミラー越しに一瞬俺を睨む。

 外されたサングラスの下から、殴られて腫れた様な瞼がのぞいた。痣は頬や口端、顔のいたる所に広がっていて、見ているだけで痛々しい。

 重たそうに腫れた目を数回瞬かせると、赤毛の男はこちらへ振り返った。


「兄貴、どちらへ?」

「適当に走らせろ。あまり遠くには行くなよ」


 その顔に、どこか見覚えがある様な気がした。


(こいつ)


 言いかけて、言葉を飲み込む。


(いや──)


 ただの勘違いかもしれない。心当たりがないわけではなかったが、俺の記憶の中の少年(あいつ)と目の前にいる彼とでは、あまりにかけ離れ過ぎている。面影は確かに似てはいるが、ただそれだけの事だろう。



「なんだよ」

「い、いえ……なんでも」





 歓楽街を抜け、車は交通量の多い街の中心部から外れた通りに向かって走っていく。住み慣れているはずの街並みが、今日はどこか全く知らない場所に見えた。

 車内に籠った煙草の臭いに、思わず顔を顰める。


「どうだ、最近は」


 前を見据えたまま、セスは俺にそう訊ねる。


「上手くやってるよ。それなりに」

「まともな職にでも就けたのか」

「……どうだろうな」

「もったいぶるなよ」

「生活には困ってない。今のところは」

「随分つれないな兄弟。久々の再開だっていうのに」

「世間話がしたいワケじゃねえんだろ」


 彼が俺の親友である事に変わりはない。だが今俺の横にいるのは、少なくとも俺が知る“ヴァレリー・セス・バーンズ"という男ではなかった。

 八年という月日の中で、セスを取り巻く環境は大きく様変わりしたようだった。彼や彼の家族のことは昔からよく知っていたし、ある程度の未来は予測できていたが、あの頃はまだ身近な存在だと思っていた。

 まさか高価なスーツを身に付け、一人前に運転手付きの高級車の後部座席で煙草をふかしているような、いかにもらしい雰囲気を纏うまでになろうとは。

 俺がいる組織も、こいつが身を置く環境も、なんら変わりはない。真っ当な世界で生きられないという意味では同じだ。

 しかし彼もまた、暴力と金に塗れた血腥いあの連中と同じになってしまったのかと思うと、正直複雑な気分だった。

 困った様に肩を竦めると、苦笑いを浮かべながらセスは懐から白い封筒を取り出し、俺の前に掲げてきた。


「何だ、これは」

「預かってきた。デリックから」



(デリック……)


 ──記憶の中から消し去っていたはずのその男の名を、まさかこんなところで聞くはめになろうとは思いもしなかった。


 読んでみろ、と促されるまま、封を切る。

 本当に親父(あいつ)の字かどうかなんて分からない。ただ、やけに綺麗な文字で綴られたその言葉が、他の誰でもなく、俺へ向けられているのは確かだった。





 “突然の手紙を許してくれ レイン


お前は今 元気で暮らしているだろうか もう何年も 声すら聴けていないが

今年で幾つになる? 最後にお前に会ったのはたしか 十五,六の頃だったか


最近よく夢を見る お前と イルマの夢だ

イルマは毎晩 夢の中へ出てきては 悲しげに私を見つめながら 何かを語りかけてくる

だが人の記憶というのは 実に曖昧なものだ

彼女の何もかも 忘れた日などない筈なのに 声だけは いくら思い出そうとしても思い出せない

  

まるで私の中から 彼女が 少しずつ消えていくように

いつか彼女の顔さえ 思い出せなくなる日がくるだろう

それはとても悲しく 寂しいことだ 

だが 老いてゆくのを止めることはできない 自分ではどうしようもない事だ


そしてふと 私は気付いたのだ

こうして毎日 私の夢の中へ現れるということは きっと何かの暗示なのかもしれないと

彼女は 私に何かを伝えようとしているのだと


あの日お前を引き取ってから 私は自分なりに愛情をかけ お前を育ててきたつもりだった

お前が何不自由なく暮らせる為に 私に出来る事は全て やっているつもりでいた


勘違いというのは恐ろしい

私がお前を愛しているのと同じように お前も私を愛してくれるだろうと思い込んでいた 愚かな話だが  


あの時もっと お前に愛していると伝えればよかった

もっと 話をすればよかった

今になって そんな後悔ばかりが頭をよぎる


こんな事態に追い込まれなければおそらく一生 お前ときちんと向き合う機会はなかっただろう


これはきっと神が イルマが私に与えてくれた好機なのだ


私も随分と歳をとった あとどれほどの時間が残されているか分からない


だから今 お前にきちんと真実を話しておこうと思う


もしもお前が会いに来てくれるというのなら 全てを打ち明けるつもりだ

そして 長らく私達の間にあった蟠りを解こう

父としての 私の役目を果たさせて欲しい

それが私の 唯一の願いだ


ただ 今はお前に会いたくてしょうがない”


 


                      

 ふと、文末に書き添えられた“愛する子へ“という文字が滲んでいる事に気付いた。


(何が)


 何が愛する息子だ。ふざけやがって。あの男は一体、どの面下げて俺に会いたいなんて言うつもりだ?

 ……真実って、どういう意味だ。


 あいつが今、どんな状況にあるのかはどうだっていい。

 問題は、八年もの間何の音沙汰も無かったてめえの息子を、どうやって探し当てたのかということだ。


「読んだか」


 煙草の先端に火を点しながら、セスは目を細めた。


「ひとつ訊いていいか、セス」


 セスを疑いたくはなかった。だが、偶然と呼ぶにはあまりにも不自然だ。考えれば考えるほど、彼らに対する疑問が頭の中を駆け回る。


 問いただしたところで、こいつが素直に答えるとは思えないが。


「どこまで知ってる」

「……何をだ」

「惚けるなよ」

「レイン」

「答えろ」


 ――もしも彼が、彼を差し向けてきた人間が、俺や他の連中の何もかもを調べ上げた上で俺に接触してきたのだとしたら、狙いは何だ?


「お前は誰かの指示で俺に会いに来た。どんな理由かは分からないが、全部分かってんだろ? 俺が今、どこで何をしているか――そして一緒にいる連中の事も。違うか」


 視線を逸らすと、セスは小さく溜息をついた。


「そうだな……確かにお前の言う通りだ。お前がこの街のどこかにいる事は分かっていた。でも情報はそれだけだ。これでも苦労したんだぜ、捜し出すのに。俺はボスに言われて、お前にその手紙を届けに来た。ただそれだけさ」

「ボスってのは」

「分からないか? その手紙の差出人だ」


(あいつが)

 

 とうとうそんなところまで登りつめやがったのか。随分と偉くなったモンだ 

 ……だが、それなら話は早い。


「どうすればいい。俺は」


 あいつから、直接訊き出せばいい。白々しい手紙なんか寄越しやがってふざけた野郎だ。


 出せ、と運転席の男に声をかけると、セスは背もたれから身体を起こし、俺の顔を見た。


「三日後の朝十時、さっきと同じ場所に来い」





 ――セスと別れたのは、エミーと約束した八時を三十分ほど過ぎた頃だった。

 それからおよそ四時間、俺はあの店の前で待ち続けたが、結局日付が変わっても、彼女が現れる事はなかった。


 淡い期待は不安に、不安はやがて確信へと変わり、束の間の夢心地から一気に現実へと突き落とされたような気分だった。


(お前の事なんて誰も相手にしない)

(期待するだけ無駄だ)

(ただの口約束を本気にするなんて)


 目の前を通り過ぎていく奴らが、俺を見てそう嘲笑っている様な気がした。

 ……そうだ。いつもと同じ、たった一度寝るだけ。それ以上なんて何もない筈なのに。


  あの夜あの店で交わした言葉、唇が触れた瞬間、シーツの中で抱き合った肌の感触。現実と夢の境目はどこだ? 今考えると、あれは全て俺の勝手な妄想に過ぎなかったのではないかという気さえしていた。エミーという俺にとって理想的な女性像を、頭の中で作り上げていただけ。


 普段なら絶対にあり得ないのだ。同じ女に“また会いたい"だなんて。


(惨めだ)


 でも確かに、俺はあの夜彼女と一緒だった。恐ろしいほど鮮明に、声や匂いを憶えている。

 苛立ちなんてとっくに通り越して、笑いだしたい気分だった。この俺が、女なんかに振り回されるなんて。

 女ほど信じられないモンは他にない。(いや、これまでだって信じていたワケじゃないが……)分かっているのに。彼女を疑いたくはなかったが、まだ心のどこかで期待している自分は、どうしようもない馬鹿だ。


 だがこれ以上待つのはもう、時間の無駄でしかない。





「誰か! 誰か助けて!」


 ──闇を引き裂くような女の叫び声が響いたのは、大通りの交差点から少し行った先、裏路地へ差し掛かったあたりだった。

 時刻は夜中の一時を迎え、静まり返った通りを出歩く人の姿はもうどこにもない。


 割と近い場所から聞こえてきたその声に、俺はぐるりと辺りを見回した。しかし、それらしき人物の姿は見当たらない。建物の隙間や入り組んだ細い路地も隈なく探したが、やはりどこにも人影はなかった。


(気の所為、か)


 もう一度来た道を戻ろうと、後ろを振り返った時だ。

 視線の先、街頭のない暗がりの中に、ぼんやりと蠢く人影が浮かび上がってきた。


 暫く目を凝らすと、数十メートル先で背の高い男と、声の主であろう女が、何やら揉み合っている様に見えた。

 男は女の髪を掴む様な動きを見せると、女を無理矢理引きずる様に歩き始めた。


(こっちに来る)


 面倒な現場に出くわしてしまった。どうやら今日はとことんツイていない日らしい。咄嗟に物陰に身を潜め、暫く様子を窺っていると、やがて近くまで話し声が近付いてきた。


「それ以上騒いだら殺す」


 脅すような男の言葉。同時に女は抵抗するのをやめたのか、ぴたりと声を上げなくなった。


 その時俺の頭を過ぎったのは、今朝写真で見たあの(ジェレミー)の顔だ。

 

 殺された女は皆、長い黒髪。同じ特徴の女に、過去に余程の酷い目にでも遭わされたのだろうか。だが、恨んだところでどうしようもない。女なんかに溺れた自分が悪いのだ。


 どんな理由であれ、俺はヤツを始末するだけだが。


 しかし、ジェレミーが街中に出没しているとは考えにくかった。郊外にある施設で監視の目が光る中、こんな時間に抜け出す事などおそらく不可能だろう。

 ヤツじゃないとすれば、俺が今この場所に留まる理由などない。生憎、今は持ち合わせもないのだ。もし相手が銃でも持っていようものなら、俺の身も危なくなりかねない。人殺しが人助けなんて笑っちまう。俺はそこまでお人好しじゃねえ。





「おい」


 その時だった。


 すぐそばから男の低い声が響いたと思った瞬間――鈍い音と痛みが、俺の身体の中をかけ巡った。


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