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Justice OR Vice.  作者: 風舞 空
season.1 【Justice Or Vice】
21/35

5th act. "Priorem suam quod nemo novit"④

 ううん、と首を捻りながら 


「さぁ……分からんなぁ。そんなの、考えた事もなかった。大体、過去の事なんていちいち訊き出す必要もないだろう」


 ジェードが言う。それに自分からあれこれと喋る様な奴でもないし、と彼はそう付け加えた。

 ――言われてみれば確かにそうかもしれない。あの時も、俺が訊ねさえしなければきっと、クロウの口からあの言葉を聞く事もなかっただろう。


「でも、ずっと孤児院(こ こ)に居たんだろ? 寄付の件だって、長い事世話になった恩返しのつもりだって言ってなかったっけ。ホント、律儀な男だねあいつも」


 ……初めて皆でここへ訪れた時は、確かにクロウはそう言っていた様な気がする。しかし彼の口ぶりからだと、先程俺が聞いた事は誰にも話していないという事なのだろうか。

 俺なんかよりもよっぽど気心が知れていそうな仲であろう彼なら、何か知っていると思ったのだが――



「おい」


 と、それまで黙って話を聞いていたシュライクが突然、眉間に皺を寄せ渋面を浮かべてこちらを見据えながら、低い声でそう呟く。


「アイツに何を訊いたんだ」


 するとこちらへ伸びてきた彼の右手が、突然乱暴に俺の胸倉を掴んだ。


「えっ」


「……もしかして、あの事か」


「あの事――……?」


 声を荒げる事こそしないが、彼は鈍い怒りの色を目に浮かべながらそう口にした。

それは先程、 俺が神父から聞いたあの話の事……?もしそうだとしたら、彼は何らかの事情を知っているのだろうか。


「何か知ってる……のか?」


 訊ねてみたものの、彼は俺の質問には答えなかった。唇は何か言いたそうに薄く開かれてはいたが、結局何を言うでもなく、暫く無言でお互いの顔を見合った後、彼は俺を突き飛ばす様に手を放した。


「……お前には関係ない」


 一言だけ、冷めた様な目でこちらを見下ろしながら吐き捨てる様に呟くと、小さく舌を打ちやがて教会の方へと歩き出した。


 ジェードは苦笑しながら


「……何が気にくわなかったんだか」


 そう言って肩を竦めてみせる。彼を横目に、俺も力なく笑う。そして地面に座り込んだまま、ただぼんやりとシュライクが言った言葉の意味を考えていた。



 俺の目にはあの時、クロウが長い間心の内に複雑な何かを抱えたまま、どうしようもなく苦しんでいる様に見えた。誰に打ち明ける事もなく、一人で。

 自分がもし彼の立場なら、きっと心から信頼のおける誰かになら聞いて欲しいと思うだろう。その誰かが、自分の抱えたモノを代わりに背負ってくれるワケではないけれど。しかし、そうする事でほんの少しでも苦しみを和らげる事ができるのなら、力になりたい。そう思ったのだ。

 ……組織の一員、というフィルターを通してではなく、一人の“友達”として。


 しかし、俺のそんな思いは


 『関係ない』


 その一言であっさりと否定されてしまったのだ。


 でも、不思議と何の感情も湧きあがってはこなかった。自分でも分かっていたのかもしれない。そう言われてしまうのも無理はないという事を。

 そして、俺なんかが入りこむ様な隙なんてないくらいに、彼ら二人の間には傍から窺い知ることはできない、強い絆の様なものがあるのではないだろうか、と。


 そう考えれば、先程言い知れぬ怒りの様な色を映し出していたシュライクの瞳にも納得がいく。

きっと彼が、クロウにとって一番の良き理解者なのだろう。分かったフリをして出しゃばったところで、きっと俺には何もできない。そもそも自分の事だって解らない事だらけだというのに、誰かを理解しようなんて大それ過ぎているのだ。


「……馬鹿、だなあ」


 はあ、と溜息が漏れた。本当につくづく嫌気がさしてくる。どうしてこうも上手くいかないのだろうか。

ぎゅ、と膝を抱え顔を埋めて目を瞑ると、鼻の奥に何かがツンと込み上げてきたけれど、唇を噛み締めて気付かないフリをした。





 ――――それから暫くしてからだろうか。わっ、と脅かす様に背後から両肩を叩かれ、俺はふと顔を上げる。視線の先にいたのは、パディだった。 こちらの顔を覗き込むように、首を傾げながらにこりと微笑むと、何も言わずに俺の顔へそっと小さな右手を伸ばしてきた。

 人差し指の背に目尻を撫でられ、思わず目を瞑る。


「大丈夫……?」


 彼女のその言葉に、えっ、と一瞬言葉が詰まった。黒目がちな瞳が、心配そうに俺を見つめていた。もしかして、無意識のうちに泣いていたのだろうか……?ハッとして自分で目元を触ってみたが、特に濡れているわけではなかった。


「俺、泣いてた?」


 そう訊ねてみたが、彼女は眉尻を下げたまま小さく首を横に振ると


「悲しそうな顔してたから」


 ふふ、とはにかむ様に笑う。彼女の笑顔につられ、俺も小さく笑った。


「ええっ、何お前ら……そーいう関係?」


 こちらの様子を今まで何も言わず、傍で見ていたらしいジェードがからかう様に突然口を開いた。


「違うって、別に」


 彼女の事を今までそんな風に見た事なんてなかった。どちらかと言えば、妹の様な。俺は一人っ子だけれど、きっと下に(きょう)(だい)がいたらこんな感じなのではないだろうか。助けを求めるようにパディの方へ目を向けると


「ラークは誰かさんみたいに下心ないもん」


 ね、と今度は俺に同意を求めてきたので、うん、と頷いた。


「それってお前、男として見られてないって事だぜ……辛えなあ」


 何だかやけに自信ありげにニヤリと笑い、事も無げな様子で彼女の側に寄ると、そっと腰に手を回した。


 ……しかし。


(いて)っ!」


 乾いた音と同時に、彼が少し大袈裟な声を上げながら飛び跳ねる様に回していた右手を引っ込めた。特に動じる様子もなく、深く溜め息を吐くとパディは


「心配しなくても、ジェードの事は男としてなんて見てないよ」


 残念ね、と悪戯っぽく鼻で笑ってみせた。


「そうだよな、子どもには分かんねえよな……大人の魅力は」


 よほど悔しいのか、ムキになってそう言い返してくるものの、何だか説得力がない様にも思える。



 と、その時。


「……あー!」


 何かを発見したのか、突然声を上げるとパディは走りだした。何事かと彼女の姿を目で追っていくと、教会の方から男が二人、こちらへ歩いてくる。……クロウとシュライクだ。 数十メートル先の彼らの元へ辿り着いた彼女は二人の間へ割って入ると、クロウへしがみ付く様に腕を絡ませ、嬉しそうに話しながら俺達のいる場所へと帰ってきた。


「悪いな、遅くなった」


「ああ、いや。いいんだけど」


 苦笑いを浮かべる彼にジェードは言葉を返す。にこにこと笑みを湛えながら、パディは甘える様に彼に寄り添ったまま離れようとしない。


「あたしは、クロウの方がよっぽど大人だと思うの」


「ふむ……そう言われると反論できん」


 顎鬚を蓄えた老人の様に親指と人差し指で顎を触りながら、妙に感心した面持ちでジェードは頷いた。

二人の話の内容が掴めないらしく、クロウは疑問符を頭の上に浮かべた様な表情で首を傾げる。


「何の話?」


 クロウがそう訊ねると


「えーとね、クロウの事が好きっていう話っ」


 ふふ、と照れた様に笑い、彼女は彼の胸へ飛び込む様に勢いよく抱きついた。


 こんな光景は、日常でもよく目にしているのでさほど驚く様な事でもない。彼女は大抵こんな調子の女性――……いや、少女と呼ぶべきなのだろうか。

 他の女性陣は決してこんな事はしないのだが、パディだけは年齢と中身が伴っていないというか、何というか。まるで小さい子どもの様に、こうして自分が好意を抱いている人間に対しては素直に甘えてくる。そして彼女の中では、多分クロウが一番の“おきにいり”なのだろう。 俺にも、もちろん他の者達にも男女関係なく無邪気に接してくるが、どうやら彼だけは特別の様だ。


 そうか、と目を細めて柔らかく微笑むと、クロウは少し身を屈め、彼女の額へとキスを落とした。幼い子どもの様に、きゃあ、と甲高い悲鳴にも似た歓声を上げ、彼女はほんのりと頬を赤らめる。


「なんだ、本命はこいつだったのか……」


 ジェードはがくりと肩を落としてそう呟いた。


「……ほら、そういう下心があるから嫌がられるんだよ。多分」


 俺は苦笑しながら彼の背中を擦った。


 パディの話に頷いたり、時折笑い声を上げたりしては、楽しそうに耳を傾けるクロウはつい数時間前、照れくさそうにノーラと抱擁を交わしていた彼とは全く別人の様だ。ほぼ四六時中顔を合わせている様なものだから、彼女や他の女性社員に対しては耐性がついている、ということなのだろうか。普段からこんな風に彼女達と接している所為か、彼にとってはそれが普通なんだと思い込んでいたのかもしれない。


 そう考えると、あまり目にする事のないクロウの一面を垣間見れた様で少し嬉しかった。


 ふと、クロウと一緒に戻ってきた筈のシュライクの姿が、いつのまにか消えている事に気がついた。


 (あ、れ……?)


 しばらくあたりを探す様に視線を巡らせていると、やがて数メートル程離れた木陰で、メイ達二人に混じって談笑している彼の姿が見えた。 こちらに気がついたのか、ちら、と一瞬だけ目線を俺に向けてきたが、すぐにふい、と逸らされてしまった。


 ……さっきの彼の言葉が、また頭に浮かぶ。何だかまた、とんでもなく悪い事をしてしまった様な気分に陥ってしまい、一人俯いた。



 帰りの車内では、疲れ果てたのか全員が寝静まってしまったのだが、隣同士に座っていた俺とシュライクだけはオフィスに辿り着くまで一睡もせず、また言葉を交わす事もなく。 俺達二人の間には何となく気まずい雰囲気が流れたまま、その日の業務は終了となった。



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