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Justice OR Vice.  作者: 風舞 空
season.1 【Justice Or Vice】
15/35

4th act. "Quid est iustitia"③

 

 オーナーの男と約束していた七日目の夜。俺達はまたルナシィへと足を運んだ。奥の部屋へ通されるといつもと変わらないメンバーの顔があり、俺達に気付くと軽く手を上げ出迎えてくれる。

 先に来ていたのか、端にある小さなカウンターでジェイクは酒を飲みながらぼんやりと壁を見つめていた。


「よぉ、早かったんだな」


 そう声を掛けると、俺達に気付いたジェイクが立ち上がる。


「ヴァン! 遅いじゃないか、待ちくたびれたよ」


 例の薬は既に奥にある金庫へ仕舞われているらしく、俺達の到着を待ち侘びていたかのように、オーナーの男がこちらへにこやかに歩み寄ってきた。軽く挨拶を済ますと、ポケットから取り出した鍵で金庫を開け、中に入っていた袋を取り出し俺達に渡す。

 茶色い紙袋の中には、小さな袋に小分けにされた白い粉状のものに、ピンクや青、緑色をした錠剤。他にもざっと見て十数種類の薬が入っている。


「さあ、これが先日話した例のモノだ。……ジェイク、出航は何時だ?」


 チラ、とジェイクは手元の時計に目をやる。現在時刻は午後八時五十三分。


「二十二時です。今からすぐに向かえば、丁度いい頃には港へ着くかと」


「そうか……じゃあ、頼んだぞお前達。アンコラに到着してからは彼の言うとおりの場所へ運んでくれればいい」


「オーケー、任せてくれ」


 受け取った袋を手に、小さくニヤリと笑う。俺は部屋の奥へと消えていく男の背中を一瞥し、店を後にした。



 店の裏に停めていた車の元へ向かおうと歩き出した時、ふとジェイクに呼び止められる。


「おい、君達。港へはどうやって向かうつもりだい?早くしないと、港行きのバスがなくなってしまう」


 俺達の進行方向とは逆を指差しながら、慌てた様に口を開いた。


「バス? そんなもの、必要ないわ」


 ニコリと微笑んでみせると、メイは手の中にある車のキーをチャリ、と鳴らしてみせる。

 メイが運転席へ乗り込み、「助手席へ乗って」とジェイクを促す。俺はメイの後ろの後部座席へつく。ジェイクが乗り込んだところで、車をUターンさせて逆方向にある港へと向かった。



 緊張の為なのか、誰ひとり言葉を交わそうとはしない。このまま無言でいるのもどうかと思うのだが、どう話を切り出せばいいのか分からない。

 そうして一人心の中で悶々としていると、メイとミラー越しに目が合う。何か語り掛けているのだろうか……? 何秒か見つめた後、パッと視線が外される。そして彼女は何かを思いついたかの様な口ぶりで隣のジェイクにちら、と目をやる。


「そういえば、貴方はずっとこの仕事をやっているの?」


「いや、ずっとじゃないさ。俺がこの仕事を始めたのは半年前だ」


「ふうん……じゃあ半年前は何の仕事を?」


「ペインズの自動車部品工場で働いていたよ。七年ぐらいかな。主任を任されてはいたものの、賃金が低くてね。俺一人やっていくだけなら、それでも全然良かったけど……」


 そう言うとジェイクは一瞬表情を曇らせた。……母親の事が気にかかっているのだろうか。

あら、と驚いた様にメイは続ける。


「実は結婚しているとか……あ、遊んだ女を孕ませてしまったとか?」


 楽しそうにからかう様な口ぶりだが、ミラーに映った彼女の顔に笑顔はない。


「まさか。俺は独身だよ。孕ませる? そんな、冗談じゃないよ全く……」


 ――言いかけ、ジェイクは口を閉ざした。と同時に、膝に置かれた両手は硬く拳を握り、僅かに震えている。車内は暖房が効いていたが、今は真冬だ。汗など掻く筈もないのだが、彼の横顔からは明らかに落ち着きがなくなり、ツ―、と水滴が零れ落ちていた。


「あ、あぁ……そうだクラリス。車は、あと百メートル程いった所にある空き地に停めてくれ」


 すると突然、思い出した様に平然を装ってはいるが、上擦った声で早口にそう告げた。


「了解」


 ルナシィからおよそ四十分、彼の言う通り進んだ場所へ見えてきた、ちょうど車五台分程のスペースへと車を停めた。ヘッドライトに照らされ、前方には静かに揺れる水面と、停泊している大型船が見える。

車を降り、ジェイクに前を歩かせ俺とメイは彼の後ろをついて歩く。 


「ここは二十時を過ぎると車では通れないんだ」


 外気にあたって冷静さを取り戻したのか、声には落ち着きが戻っている。

 五分ほど歩いたところで、暗がりの中前方にぼんやりと何かが見えてきた。“No Thoroughfare For Vehicles(車両通行止め)”と書かれたそれは、道路のど真ん中に両端のポールを鎖で連ねるようにして立っていた。


「それで? アンタの知り合いの船ってのは」


 ここまで歩いてくる途中に数隻の船を目にしたが、それらではないようだ。俺は急く様にジェイクにそう訊ねる。


「ああ、あそこに見えるだろ?アレだよ」


 彼が指差したのは、まだ距離にして数百メートルはある場所に停まっている一隻の大型船。船の周りはライトアップされ、よく見ると大勢人の姿が見える。

 幸い俺達の周りに人影は見当たらない。()るなら今しかチャンスはなさそうだ。

同時にメイも同じ事を考えていたのだろう。懐から徐に銃を取り出すと、俺の顔を見て小さく頷いた。


「……なあ」


「ん?」


 と、歩みを止め振り向いたと同時に、ピッタリと後ろにつけていた俺は彼の額へと銃口を向ける。突然の事にまだ状況が呑み込めないのか、目を白黒させ必死に言葉を探している様にも見えた。


「俺の質問に答えてくれるか、ジェイク」


「ヴァン……? 待ってくれ。何の冗談なんだこれは」


 引き攣った笑みを浮かべながら、ジェイクは両手を静かに挙げ、困惑した表情で俺を見る。


「……先日アンタが話していた女性は、この人物か?」


 一枚の写真を取り出し、彼の前へ掲げる。


「……」


 明らかに動揺の色を浮かべ、見開いた瞳を泳がせるように俺から視線を外す。そしてゆっくりと後ずさるように歩み出した。

 こちらの様子を窺いながらじりじりと後退するジェイクの額に銃を向けたまま、彼の動きに合わせ俺も詰め寄りながら言葉を続ける。


「病気の母親に手術を受けさせる為の資金を稼ぐ為に、アンタは七年も勤めていた工場を辞めて運び屋になった。でもそれだけじゃなかなか金は集まらなかった……だから複数の資産家や大企業の社長の娘に近付いて金を奪い取った、と」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。どうしてそんなこと」


 ――言いかけた途端、突然俺の背後から、二発の銃声が静まり返った辺りへと響き渡った。そして小さく呻き声を上げたかと思えば、ジェイクはその場に蹲った。


「……アンタ、刑事にでもなったつもり? 尋問なんてしてどうするの」


 隣に並んだメイが呆れた様に溜息をつく。

 どうやら彼女が撃ったのは彼の両足。痛みに声すら出ないのか、そのまま倒れ込むとのた打ち回る様に彼は苦しそうな表情を浮かべこちらを睨んでいた。


「時間がないの。いいからさっさと片付けて」


 苛立ったような口調で、彼女はそう俺に耳打ちする。手元の時計は、既に出航の時間まで十分を切っていた。船から俺達のいる場所まで距離はあるものの、いつ異変に気付いて人がやって来るか分からない。しかし依頼人の希望通り、そこに至るまでの経緯を聞いておきたかったのだが・・・。どうやらその猶予さえ、もう残されていないようだ。

 両足を撃たれてもなお逃げ出そうと地面を這いながら、彼はゆっくりと俺達を見上げた。


「君達、一体何者……なんだ?」


 俺はすう、と大きく息を吸い込み、身動きを止めたジェイクを見下ろしながらスライドを引いた。


(知らなくていいさ、そんなこと)


 心の中でそう呟き、無言のまま引き金へと指を掛ける。


「待ってくれ! 俺は……」


 ……惑わされるな、俺。同情は無用なんだ。

 目を硬く瞑ったまま、震える指に力を込めた。



 ――銃声がまるで脳を貫通するかのように耳の奥へと不快な音を残したかと思えば、銃口から上がる火薬の煙が鼻につくツン、とした臭いをあたりへ充満させていた。


(俺……撃ったんだよな、今)


 うつ伏せで倒れた彼の前頭部あたりからじわりと流れ出してきた血は、みるみるうちに俺の足元まで及んだ。

 『俺は』の後、彼は何を言おうとしていたのだろうか。否、そんな事考える必要はもう俺にはないのかもしれないけれど。

 暗闇の中、うっすらと視界に広がる血だまりと彼の亡骸を見つめながら、俺はただ呆然と立ち尽くしていた。


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