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Justice OR Vice.  作者: 風舞 空
season.1 【Justice Or Vice】
13/35

4th act. "Quid est iustitia"①

 

 その後も俺達は足繁くルナシィへ通い詰めた。毎晩酒を嗜みつつ遅くまで賭け事に没頭し、メイが泥酔(本人はあくまで演技だと言い張っているが)した頃にそそくさと引き上げる。三日もすれば馴染みの連中ともすっかり親しくなり、新入りの俺達を快く出迎えてくれる彼らの対応にはある意味敬服してしまう。 オーナーの顔に泥を塗る様な失敗さえ犯さなければどんな悪人でも受け入れてくれると言う事、か。……たとえ人殺しだろうと。


 まあ、この空間で行われている行為自体本来ならばとっくにブタ箱行きになるのだ。今更どんな悪事を働いていようが気にする事でもないのだろうけれど。

 連中の話に耳を傾けていると、やれ強姦だやれ強盗、殺人だなどという言葉があちこちに飛び交っている。連日新聞で取り上げられている事件の犯人らしき者の姿を見かける事もちらほらあったりする。警察が介入できない事を知ってか、ここを良い隠れ蓑としているのだろう。彼らは皆、逃亡の為の資金を稼ぐ為に噂を聞きつけやって来るようだ。


 ――出発をいよいよ明日に控えた六日目の晩。すっかり打ち解け仲良くなったジェイクと俺達は賭けを早めに切り上げ、初日にマーティスから声を掛けられた同じ店内のカウンターで飲み直す事になった。


「女ってホント、馬鹿な生き物だよな。一回抱いてやればすぐその気になるんだからさ」


 珍しく酔っているのか、ジェイクがぽつりと話し始める。


「なんだ、何かあったのか?」


「半年程前の話だ。あるきっかけで知り合った女がいたんだが、俺に惚れてるのかしつこく付き纏われてさ。一晩寝てやれば大人しくなるかと思ったんだけど、今度は自分を俺の女になったとでも勘違いしたのか余計にしつこく纏わりつく様になってな。あんな女、金持ちの家の娘だって知らなきゃ相手になんかしねえって」


「へえ……。そんなに酷いツラだったのか? その女」


 興味ありげに身を乗り出しながら、俺は彼の話に耳を傾ける


「ああ、酷かったね。少なくとも俺の好みではない事は確かだ。おまけに処女だぜ? 二十四にもなって。箱入り娘だかなんだか知らねえけど、男を知らない女ほど面倒くさいモンはないよ」


 ため息交じりに話す彼を見て、俺を挟んだ左隣のメイがクスリと笑った。


「あら、処女の何が悪いのかしら? 私だって経験ないのに」


 挑発する様な上目遣いの視線を向けながら、メイはそう口にする。嘘だろう? と苦笑しつつも彼の目はしっかりメイの開いた胸元に釘付けになっている。目のやり場に困るから服装は考えてくれ、とあれだけ念を押していたのに。なんだか日に日に過激になっているのは気のせいだろうか。


 話が逸れたので軌道を戻す為、それで? と俺から話を振った。


「その女とは、結局どうなったんだ?」


 そう訊いた瞬間、彼の表情が曇った。少し躊躇う様な素振りを見せたが、誤魔化すように笑ってみせると


「まあ、いいだろう? その話は……ほら、クラリスもヴァンも今日は飲まないのか? さっきから全然進んでないじゃないか」


 俺達のグラスへ酒を並並と注いで、自分のそれを勢いよく飲み干した。


 彼の話に出てきた女性が、どうやら今回俺達に依頼して来た社長令嬢の妹のようだ。話を曖昧にはぐらかしたのは、まさか「殺した」なんて言う訳にもいかないから、か。グラスを傾ける手が、微かに震えている。


「どうした、ジェイク。具合でも悪いのか?」


 俯いていた彼にそう声を掛けると、ハッとして顔を上げたその額から汗がツ―……と流れ落ちる。


「あぁ、いや」


 腕時計に目をやると、少し慌てた様に目を泳がせた。


「そ、そうだ。用事を思い出した! ……悪いが今日は先に失礼するよ。すまないな」


 そう言って席を立つと、何枚か取り出した札をテーブルへ置く。「これで払っといてくれ」と告げるとジェイクは早足で出口へ向かい歩き出した。


「……怪しいわね」


 去っていく彼の後ろ姿を見つめながら、メイはこちらへ向き直ると何か企む様な笑みを俺に向ける。


「ああ」


 支払いを済ませ、俺と彼女はジェイクを追って店を出る。

 行方を追って辺りを見回すと、ちらほらと行き交う人の中に彼らしき男の後ろ姿が目に入った。イーヴルストリートを東の方へと向かっている。彼の後をつける為、俺達は車へ乗り込みエンジンを掛けてゆっくりと発進させた。


「一体どこに向かう気かしらね、彼は……」


「さあな……この先にはもう開いてる店はない筈だが」


 ――約五十メートル距離を空けたまま二十分ほど進んだところで、ふとジェイクが立ち止まった。彼の目線の先を追ってみると、そこにはぼんやり明かりの灯った『花屋』の看板が。時刻はもう23時を過ぎているが、眩しい程にも感じる周囲の明るさのせいで目立ちはしないがそこだけがこの賑やかな通りの中にぽつんと姿を現した別世界のような、薄暗い店内。切れかかった蛍光灯がチカチカ瞬いていて目が痛い。


 車を停め、俺達は中から様子を窺う。店先の花を見下ろしながら、何やら考え込んでいる様だ。

 ――暫くして、店の奥から誰かが出て来た。……店主の息子か何かだろうか。見た感じ十五,六歳程の少年は、店先にいたジェイクに何やら話しかけている。会話の内容は分からないが二人のやり取りを見る限りでは、初めて店へ立ち寄った客と店員、という感じでもない。彼はよくここを訪れているのだろうか? 時折笑顔を見せ楽しそうに話しながら、目ぼしい花が見つかったのか何種類かを指差し少年へ伝える。そして金を払い花束を受け取ると、頭を下げた少年に軽く手を振り再び歩き出した。


 俺達はゆっくり車を進ませながら、彼の追跡を再開する。通りの中心を抜けたあたりはさすがに人通りがない。夜更けの閑散とした空気に包まれ、僅かな街灯と月の明かりがぼんやりと足元を照らしている。 中心部はまだ周囲の明かりのおかげで点けずに済んでいた車のヘッドライトも、この辺になるとさすがに暗がりの中進むのは無理がある。

 ――と、前方を歩くジェイクがある建物の中へと入っていった。車を降りて彼の後を追う。明かりのついた出入り口付近にある部屋の中には、警備員の姿が。窓へ貼りつけられた紙には


【Visiting hours:AM9:00~PM23:45】と記されている。上を見上げると、いくつかの窓から部屋の明かりが漏れていた。


「病院みたいね。ここ」


 看板を指差しながらメイが言う。


「病院……?」


「とにかく行きましょう。時間がないわ」


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