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Justice OR Vice.  作者: 風舞 空
season.1 【Justice Or Vice】
1/35

1st act. "Odi me sicut"①

更新が酷く遅いですが、どうぞ読んでやって下さいまし。

挿絵(By みてみん)


「今回の報酬金はこちらです。ご確認を」


 窓口で渡された封筒を手に取り、中身を確かめる為に袋から束になった札を取り出し指で弾く。


「三十万クォル、確かに」


 俺がここへ来る時は決まって同じ局員が受付にいるので顔を覚えられているのか、見える位置まで歩いていくとそこに辿り着く頃には窓口に金が用意されていたりする。今日も例の如くいつもの局員が俺の到着を待ち構える様にそこに座っていた。いつも業務的な会話、というか一言交わすだけなのだが、今日は珍しく向こうから声を掛けられる。


「今日は、お怪我なさらなかったのですね」


 下から上へ視線を移し、にこりと笑いながら彼女は言う。


「あ、あぁ……まあ……」


 突然だったので、返答に困って曖昧な言葉を返す。


 そう言えば前回の任務の時、標的(ターゲット)の発砲した弾を何発か浴びてしまった。腕や顔を掠めただけで大事に至る事はなかったのだが、結構派手な撃ち合いのおかげで、その身形はまるで戦地から帰還した兵士の如く、酷いものだった。その時もいつも通り形式的な言葉を交わしただけだったが、受付に現われた俺を見る彼女の目は、どこか困惑している様にもみえた。

 そんな事もあってか、今日は傷ひとつ付けていない俺を見て、少しホッとしたような表情を浮かべていた。


「……また来ます」


 ぎこちなく笑ってみせた。彼女もそれに答える様に、目元だけで笑みを作り小さく手を振ってくる。俺は軽く頭を下げて、袋を胸ポケットへ収めた。



 出口へ続く広い廊下を歩いていると、廊下の端に約十メートル間隔に置かれたベンチへ腰掛け、項垂れた薄汚い格好の老人が目に入る。側を通りかかろうとした時、項垂れていた老人は、ふと目線だけを上げてこちらを見た。風に吹かれて乱れた綿飴のような白髪と、伸ばされた髭、風貌からしてきっとホームレスだろう。ふいに目が合ってしまい、俺は思わず立ち止まった。皺だらけの左手をゆっくり上げながら、微かに震える唇を開く。


「アンタ、整った身なりしとるのう……どっかの坊っちゃんかい?」


 老人は気さくな笑みを浮かべながら、下から上へぐるりと見定めるかのように目を動かし、そう口にする。問いには答えず黙っていると、まるで物乞いをするように俯きながら両手を合わせる。


「どうかこの憐れなジジイに、食いもんを恵んでくれんかのう……ここ三日間、何も口にしとらんのだよ……。この国は随分前から、ワシの様な薄汚ぇ浮浪者で街中溢れかえっとるというのに、そんな連中に情けをかける人間なんて一人もいやしねえ。おかげで治安ばかり悪くなってなあ……。何をしとるんだか、国王は……」


 痩せこけた身体を包む、継ぎ接ぎだらけの服。そこから伸びる脚は今にも折れてしまいそうに細く頼りない。

 俺は暫く考え込んだ後ポケットを探り、何枚かコインを取り出した。それを合わせられた手の中に置き、その場にしゃがみ込む。


「これで、温かいスープでも飲んで下さい。今日は冷えますから」


 老人は顔を上げると手に置かれたコインを握りしめ、ぱっと目を輝かせた。何度もありがとう、と口にしながら震える両手で俺の右手を包む。皺だらけで冷たいその掌を、俺もきゅっと握り返した。

 笑顔でこちらを見つめる彼に俺もつられて笑う。そして握られた手をそっと解いて立ち上がると、小さく会釈して再び歩き出した。


 すると、老人は俺を引きとめる様に


「アンタ! 名は何てぇんだ?」


 しゃがれた声を張り上げたが、俺は少しだけ振り返り、何も言わずにもう一度だけ頭を下げてその場を後にした。





 この街の冬は、寒さが肌に突き刺さる様に痛みさえ感じる。階段を下りながら俺はコートの襟を立てて首を竦める。口元までジッパーを引き上げて息を吐くと、白くなった吐息がすうっと昇って消えていく。それを見つめながらふと時計に目をやると、既に十八時を過ぎていた。 俺は急いで階段を駆け下り、停めていた車へ乗り込む。冷えた身体を温めようとエンジンをかけシートに凭れた。


 この時間帯は殆どの会社や店の営業が終わる頃で、街を行く人々は皆早足で帰路へ向かっているようだ。


 これと言って決まっているわけではないのだが、この街の商店は例え買い物客が店内にいても、外が暗くなると客を追い出してまでさっさと閉店してしまう。恋人や家族などと過ごす時間を何より大切にするこの国の人々は、そうやって早めに仕事を切り上げ、夜は家でのんびりと過ごす家庭が多いらしい。日が落ちるのが早い今の時期は特に、食料や日用品の買い出しは皆なるべく昼間のうちに済ませておかなければならない。二十二時を回る頃には、外を出歩く者など一人もいなくなる。

 しかし日が落ち誰もいなくなった広場や商店街に、今度はどこからともなくやってきたホームレス達が占拠する様に集まってくる。昼間は人混みの中に紛れ、道端で酒を飲んだり物乞いをしたりする姿をたまに見かけた事はあるが。それこそついさっき出会った老人の様な人々が、この時期は凍えてしまいそうな冬空の下、身を寄せ合って生活をしている。それでも一応一般市民に遠慮しているのか、まだこの時間帯はちらほら二、三人の姿が見えるだけだ。


 目の前を行き来する人々を眺めながら頭の上に手を組んで乗せ、俺は浅く座り込んだまま少し身体を倒す。

 ――とその時、通信機から発信音が流れた。 俺は受話器を手に取り通話ボタンへ人差し指を伸ばす。


「ラークです」


 応答すると、暫くのノイズ音の後、発信者の声が聞こえてきた。


「俺だ。報酬の受け取りは済んだか?」


「はい、今から戻ります」


「分かった。……早く戻らないと飯、無くなるぞ」


 意地悪な笑い声の後ろで、何やら途切れ途切れに声がする。「了解」と返事を返して通信を終了させると、俺はアクセルを勢いよく踏み込んで、車を発進させた。




 街から少し外れ人気の少ない通りを暫く行くと、住宅街の片隅にぽつんと建てられた五階建ての廃ビルへと辿り着く。

 長閑な田舎の風景の中に、絵柄の違うパズルのピースを無理矢理嵌め込んだような、そこだけが違う世界の様に感じられる程廃れた外観。 きっとここへ初めてきた人間にとっては、一見異様な佇まいに目を奪われるだろう。

 壁は一面伸び放題の蔦で覆われ、ヒビが入った窓は強い風に吹かれれば今にも割れんとばかりにガタガタと音を立てる。さながら幽霊屋敷の様だ。


 ここ『Metanoia(メタノイア)』のオフィスは四年前、今から十年以上前に廃業になった小さなビジネスホテルを、知り合いの不動産屋からうちのボスが譲り受けた。土地と建物を無料で提供する代わりに、内外装の整備は自己負担で、と言うのが条件ではあったのだが……。

 明かりのついた四階の窓をぼんやり見上げふう、と息をつく。すっかり暗くなった辺りは、先程よりもずっと寒さが増し、澄んだ空気に呼吸する度、肺を冷やされる。ぶるっ、と一つ身震いしながら、身体をきゅっと縮ませる。


「只今、戻りました」


 事務所へ戻ると、他の社員は食堂へ移ってしまったのか姿はなかったが、デスクで書類を纏めているボスの姿が目に入った。俺の到着を待ってくれていたのか、顔を上げてこちらに目を向けると、右手を軽く上げて口元に笑みを浮かべる。


「お帰り、ラーク。すまないないつも」


 着ていたコートを脱ぎ内ポケットにしまっていた封筒を手渡すと、『ゴクロウさま』と労いの言葉をかけながらポン、と頭に手を乗せられた。


「仕事内容の割には結構な額でしたね、今回」


「……そうか?」


 封筒から少しだけ取り出して中身を確認し終わると、そこにサラサラと文字を書き込み、棚に置かれている金庫の番号を慣れた手つきで入力する。開いたそこへ封筒ごとしまい込むと、ガチャリと重みのある扉が小さく音を立てて閉まった。


「1人十万って計算なら少ねえほうさ。ただの野犬の処理なら簡単だったが、病気持ちの犬に咬まれりゃあ、下手したら俺達の命だって危なかったからな。あれだけの数処理してやったんだから、もう少しあると思ったんだがなあ……」


 大きく欠伸をしながら、拗ねたような口調で彼は言う。俺は自分のデスクへ向かい脱いだコートを壁のフックへ掛け、一息つこうとチェアに腰掛けた。

 手の中にはまだ、柔らかい毛の感触が残っている。今回の任務は、組織に入って初めて心が折れるかと思った。俺はチェアに凭れたまま頭を後ろへ倒す。暫く天井を眺めながら目を閉じ、つい3時間程前の出来事を噛みしめる様に思い返していた。

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