第28話 帰還した光喜、グースワースの日常
――200年。
途方もなく長い時間。
待ち望んだ主が帰還したグースワースでは、全員が今までにないほど浮かれていた。
特にミナトは自分が作った料理を、光喜が涙を流すほど感動して食べてくれたことに深く喜びを覚えていた。
200年前もノアーナ様に、
『ミナトの作る飯は最高だ。お前を連れてきてよかった』
と何度も言われていたが。
どちらかといえば上司から言われている気がしていて。
嬉しかったが、ここまでの喜びを感じたことは初めてだった。
さらには昨晩の感覚。
ミナトはうっすら顔を赤らめる。
そんな浮かれているミナトに、ミュールスが声をかける。
「光喜様、美味しそうに召し上がってたね。可愛かったなあ。以前より少し若く見えるし、笑顔が素敵。…前は少し強引で、怖い時もあったけど。はあ♡また直接“寵愛”をいただきたいね」
ミュールスはなぜか顔を赤らめ、もじもじしてしまう。
実は彼女たち、いわゆるノアーナの愛人たち。
共有感応と言うスキルが、光喜の帰還とともに発動。
昨晩の光喜とネルの夜の営み。
実はミュールスのみならず、ミナトでさえ伝わっていた。
「そうだ。今の季節なら盛りのついた三つ首ドラゴンの雄が森にいるよね?…精力が漲っていて(ゴクリ)…光喜様に召し上がっていただければ、凄いことになりそう。ねえミナト、作ってあげようよ♡」
何しろ絶対の忠誠と愛を捧げる光喜。
直接ではないにしろ、彼女たちは光喜の感情に触れていた。
はっきり言ってもう我慢などしたくなかった。
(はあはあ…精力溢れるドラゴンのお肉…あうっ♡)
さらに顔を赤くし、悶えるミュールス。
そんな彼女を怪訝そうに見つめ、ミナトは口を開いた。
「えっ、でも今日はもう仕込みしちゃったよ?ミューも手伝ってくれたでしょ」
「いいよう、別の日にしよ?だから早くドラゴンステーキの仕込みしようよ」
ミナトは料理に命を懸けている。
だからグースワースの皆は料理のことでミナトには口出ししない。
浮かれ、欲望全開になっていたミュールスはすっかりそのことを忘れていた。
ミナトは思わずドスの利いた声を出してしまう。
「ミュー。だめだよ。食材を粗末にしちゃいけないんだよ。今日仕込んだものは今日作るから仕込んだんだよ。明日になると味が落ちるの」
ここで『ごめん』といえば丸く収まったのだ。
だが。
恋する乙女の暴走は、それに気づくことが出来なかった。
「えー、いいよ、大丈夫だよ。ミナト上手じゃん。料理なんてそんなにこだわらなくて?!!…アレ…ミナト?!!!」
ぴしり。
嫌な音とともに、ミナトから恐ろしいオーラが立ち上る。
「…料理…なんて!?」
「ひぐっ!?」
まるで呪詛。
凄まじい意志の乗った言葉に、ミュールスは冷や汗が噴き出す。
「…りょうりなんて???…料理なんてって言った!?…ねえ?…いったのかな??」
「ひいいっっ!??…ご、ごめんなさい…いや…ごめ…いや――??!!!!」
※※※※※
存在値が自分の1割しかない相手からの威圧。
ミュールスは泣かされてしまう。
強さって不思議。
真剣な心の想い――それは法則をも凌駕してしまう(笑)
※※※※※
結局。
そんなやり取りを見ていたカンジーロウはその後ミナトからの念話を受ける。
修行もかねて暇そうにしていたナハムザートを伴い、三つ首ドラゴンの捕獲に向かうのだった。
(…ミナトに料理で口出しはダメなのにな。まあ浮かれちゃったからしょうがない、か)
思わず新緑まぶしい森に視線を向け、ため息を吐いてしまう。
(…メチャクチャ恐ろしい声色で『捕まえてきてね♡』とか言われたし…コワッ!)
つい身震いするカンジーロウに、ナハムザートは怪訝な表情を向けていた。
※※※※※
グースワースは周囲を深い森に囲われている。
以前ノアーナが、
『周りに被害を出したくない』
と、ここを拠点に選んでいた。
かなり高レベルの魔物が跋扈する、人里から遠いまさに秘境。
普通の者はここまでたどり着くことができない。
そんな中、精神を集中させていたカンジーロウが静かに口を開いた。
「師匠、俺が先行します。あとで採点してください」
「ああ。お前とこうして森に来るのも久しぶりだな。修行の成果見せてみろ」
「剣のみで挑みます。許可を」
ザワリ。
カンジーロウから研ぎ澄まされた剣気が迸る
「三つ首ドラゴンは1500くらいか。いいぜ?…危なくなったら助けてやるさ」
カンジーロウは目を瞑り、自分の感覚を広げていく。
スキルではない。
自分で会得した戦い中の感のようなものだ。
「…ひとつ…ふたつ…っ!!…大物だ」
瞬間掻き消えるカンジーロウの姿。
同時に森の中で、剣戟と魔獣の咆哮が響き渡った。
「フン…腕を上げたな」
ナハムザートはノッシノッシと森へ入っていった。
※※※※※
三つある顔の一つから灼熱のブレスが吐き出される。
高温のそれは、周囲を焼き焦がしながらカンジーロウを捉えたかに見えた。
「シッ」
独特な呼吸で重心をぶらさずに紙一重で避ける。
右手に握る日本刀のようなやや湾曲している片刃の刀がきらりと瞬いた。
ズシャアアアッッ!!
「グギャアアア――――!!?」
切り飛ばされる一つの首。
堪らずに長い尾をカンジーロウにたたきつける三つ首ドラゴン。
反射的に飛び上がり避ける――悪手!?
そう思った瞬間――
冷気のブレスがカンジーロウを完璧に捕らえた。
「くっ!?くあああ!!…」
三つ首ドラゴンの本領。
同時多発で吐き出される性質の違うブレス。
とっさに左手でガードしたものの、額と左腕にひどい痛みが走る。
狂ったような猛攻。
もう一つの顎を大きく開き、追撃してきた。
「くうっ!?」
右手の刀を開いている顎にねじ込むように突きを放つ!
口の奥を貫き、頭がはじけ飛ぶ。
鋭い歯がカンジーロウの右手に深い傷を刻む。
まさに一瞬の攻防。
堪らず距離をとる三つ首ドラゴン。
頭を二つ飛ばされ、大量の出血にたたらを踏む。
瀕死の状態だ。
一方カンジーロウも左手は肘から先が凍り付き感覚がない。
右手も健は守れたが皮膚がズタズタだ。
酷い痛みに、一瞬視界が黒く染まる。
通常の生物ならこの状態で逃げるか諦める。
しかし。
魔物、特に上位種は死ぬ直前まで襲い掛かってくる習性を備えている。
むしろこの状態の方が怖い。
いわゆるブースト状態。
生命維持、それを考慮しない――まさに決死の猛攻。
「…くっ…あと一振り…だな…っ!?…俺がとどめを刺します!!」
カンジーロウの感覚領域がナハムザートをとらえた。
自分の修行だ。
最後までこなしたい。
「っ!?」
目を離したつもりはなかった。
だが一瞬切れたのだろう、視覚が。
気が付けば胴体、2メートルはある巨大な顎に食いつかれて薙ぎ倒された。
「ブバッ…?!!」
口から血が噴き出す。
体から骨が砕ける嫌な音が脳に響く。
「キ――ン」
澄んだ音が聞こえたと認識した直後、カンジーロウは意識を手放した。
※※※※※
「ぐ……う…あ?」
うっすらと見慣れた天井が視界に飛び込んできた。
「…30点だ。まあ、俺の気配に気づいたのは褒めてやるが、最後まで見届けなけりゃ、簡単に死ぬぞ。――しばらく寝ておけ」
看病してくれていたのだろうか?
ナハムザートは部屋を出ていった。
悔しさで涙があふれてくる
「くっ…ぐっ……ふっ…く……」
目を隠すよう動かした右手に鈍い痛みが走る。
「カンジーロウ、目が覚めた?」
そんなタイミング。
ミナトが声をかけ、ベッドで寝ているカンジーロウをのぞき込む。
カンジーロウは慌てて横を向く。
アバラが痛い。
「あー、なんかごめんね?変なこと頼んで…『オーバーヒール』…」
体を優しい緑の光が包み込み。
先ほどまでの激痛が徐々に引いていった。
「お肉の調達ありがとう。流した血は戻らないからしばらく休んでいてね。あとで力の付くもの持ってくるから」
いうなればいつもの事。
カンジーロウはしょっちゅう怪我をする。
そんな彼をミナトは優しく、まるで弟に接するように癒してくれるのだ。
女性陣だけじゃない。
カンジーロウはじめ、ナハムザートも、ムクも。
心から帰還した光喜のことを歓迎していた。
(…光喜さま…あなた様のおかげで――今の俺たちはいるんです)
よぎる200年前の悪夢。
あの時カンジーロウは、警護の為あの会場にいた。
(次こそ…)
思わず力を籠め――全員に鈍い痛みが走る。
「…はあ。修行が足りないな……」
そうしてもうひと眠りするカンジーロウだった。
でもその心――間違いなく、喜びにあふれていたんだ。




