第22話 胎動2
【ファルスーノルン:新星歴5023年4月29日】
水の神エリスラーナは。
『大いなる深淵の泉』
ゴルンドルレス湖に浮かぶ浮島に瞬間移動で訪れていた。
アルカーハイン大陸の奥地に位置する水の都『ヲールニアミード』
その秘境。
懐かしい気配に17年ほどの眠りから目覚め、気怠い体にムチ打ち眷族第1席の人魚族の『ルビーナ・ニアニア』を伴い、やってきた。
「エリス様?こんなカビ臭いところに何の用です?まったく突然念話で呼びつけられて、ご飯も食べてないんですよ!」
肩口で揃えた水色の髪が揺れる。
好奇心の強そうな、魔眼を宿す黄緑色の瞳がせわしなく周囲を見渡していた。
「…不敬」
「!っ、ちょっ、ちょっと待ってくださいよ!その…」
「じいいいいいいいいいいいいいいいいい」
人魚族は皆スタイルが良い。
ルビーナはハーフだがどうも良い所取りをしたようだ。
エリスの圧に、程よく育った大きな胸が揺れてしまう。
さらに突き刺さるジト目。
「…何その格好?……私言った。ダンジョン」
「あうっ!?」
上半身はピンクのキャミソール。
下半身は7分丈にしか見えないカーキ色のズボン。
足元だけは「ダンジョンに入る。用意」とエリスラーナに言われたので、ゴツいブーツを履いてはいるが…
とてもではないが、ダンジョンアタックの格好には程遠い。
もっとも彼女は魔法特化で魔眼持ち。
当然エリスも承知はしていた。
「ああもう、すみませんでした!」
「…うむ、許す」
ない胸を張り、ふんぞり返ってエリスラーナはルビーナを見上げた。
神の圧を受けたルビーナは、へなへなとその場に座り込んでしまっていた。
※※※※※
水の神エリスラーナ。
――古龍の化身。
圧倒的な戦闘力に非常に高い魔力。
古代魔法を操り『誕生』と『衰退』の権能持ち。
その気になればかつての魔王の戒律に触れない限りは『世界を滅ぼすほどの力』を持った隔絶者だ。
かつて雑談中にナハムザートが『神の1柱くらい』と言っていたが、彼女のことは除外している。
当たり前だ。
次元が違う。
その存在値は20,000を超える。
見た目は8歳くらいの女の子。
金と銀の混ざった輝く腰まで届く髪、濃い青色の眉毛と大きな瞳。
自分の身長の2倍はあるやたら装飾がゴテゴテしている杖を持ち、ダブダブなパーカーのような青いラインの入った黒色の服と赤いミニスカートを身に着けていた。
※※※※※
「えっと、エリス様?改めて聞きますけれども、どうするのですか?ここって『大いなる深淵の泉』ですよね。封印されていますよね?…えっと確か…極帝の魔王ノアーナ様?によって」
刹那。
エリスラーナの目がクワッと開く。
マシンガンのように口を開いた。
「ノアーナ様が帰ってきたみたい。私に会いに」
「私と結婚するために帰ってきたの」
「私と遊ぶために来たの」
「私に会って『可愛い』っていうの」
「はあはあ♡…私を抱きしめるの。好きなの」
エリスの目に、ほのかな欲望の色が灯る。
吹き上がる魔力。
ルビーナの背に、いやな汗が大量に噴き出す。
「…私に会いたかったっていうの」
「おいしいお菓子を一緒に食べるの」
「ギュっってするの――あうっ♡」
「ずっと一緒にいるっていうの」
「好きって100万回言うの。大好きなの」
「久しぶりって優しく笑うの」
「手を――つないでくれるの♡」
ますます色を増していくエリスの瞳。
うっとりとし、すでに顔からは湯気が出る。
ここ一体を超絶魔力が支配していく。
「大大大好きなの」
「抱っこしてくれるの」
「大好きなの」
「もう離さないっていうの」
「大好きなの♡」
「一緒にねんねするの」
「一緒にご飯を食べるの」
「子供を100人作るの♡」
「新しい二人だけの世界を作るの」
「もう好きなの♡好きでたまらないの♡」
「好きなの。好き好き好き好き好き好き好き好き…」
「あああああっ!?おっ、落ち着いてください!そんなに感情を爆発させたら、って、ぎゃああああああ!!!」
全てを覆いつくす、エリス渾身の欲望にまみれた魔力。
呼応するかの如く突如湖から大小さまざまな水棲の魔物があふれ出してきた。
「エリス様あああああああああ―――――――!!?」
すうっと、エリスラーナは杖をかざし「うるさい」とつぶやくと、まるで初めから何もなかったかのように魔物の群れは姿を消した。
いや『小さな小魚』になり、湖に戻っていった。
「はああああああああああああああ…」
ルビーナは全身の力が抜けて、またへたり込んでしまうのだった。
「ルビーナもうるさい」
「…すみませんでした」
「うむ、許す」
なんだこのコント。
※※※※※
湖の中央――びっしりとコケに覆われた石を何段も積み上げたかのような祠がある。
魔力によるものなのか、周りの水を押し上げ不自然に沈んでいる場所。
その中央には大きな扉が固く閉ざされていたはずだが、様子がおかしい。
「…入り口の封印が――解けている?」
気を取り直したルビーナ。
封印の祠を調べると、封印されていたはずの入り口が音を立てながら開き始めた。
中からはカビのような、何か生き物が腐敗したような悪臭が漂う。
「っ!?………本当に入るんですか?…臭いのですが」
「んっ、しょうがない。ノアーナ様の定めた領域には転移できない」
エリスラーナを伴い、恐る恐る中に進んだルビーナは仕方なく風魔法を構築し空気の循環を行った。
…少しマシになったようだが相変わらず臭い。
取り敢えず明かりを灯そうと手を掲げようとしたら…
「っ!?」
突如エリスラーナめがけて、黒々とした、何か『見ようとすると見えなくなる』物体が飛び掛かかる。
「っ!?…人?」
瞬間――
突然それは弾かれるように『ビチャア』と嫌な音を立てて吹き飛んだ。
「…不敬」
魔力を纏うエリスラーナ。
それはまた再度飛び掛かろうとかがみ、口のような場所から生理的に嫌悪する様な甲高い叫び声をあげた。
「~~~~~~~~!!!」
「…ルビーナ、魔眼」
「っ!…はっ、ハイ!…って、えっ?」
「…何に見える?」
「…男の子???」
おもむろにエリスリーナは古代語を紡ぎだす
『カギは闇・光は束縛・流る清流は安定・業火の痛みは真実の蜜・デザルトの頂の台地・暴風はまやかしの扉を開ける疾風へと変わらん…解呪』
エリスリーナから清廉な魔力が吹き上がる。
頭上に六つの光輝く幾何学文字を刻んだ魔法陣が現れ、緩やかに回転。
今にも飛び掛からんとしていた人のような物体を囲むように移動し、薄水色の結解がソレを包み込んだ。
「!!!!!ぉさhxgdmpc;、。p:・あ」!!!!」
声にならないような絶叫――
黒い靄のようなものが溶けるように消えていき、やがてそこには10歳程度に見える黒髪の可愛らしい男の子が倒れていた。
「お土産ゲット」




