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第21話 転生者

【ファルスーノルン過去:新星歴4814年4月25日】



「――っ!?………あれ?」


知らない草原。

頬を撫でる風。


「――あたし、さっきまで…」


踏みしめる大地の感触。


「…病院のベッドで寝ていたのに…もしかして」



周りを見回す茜。



「……これって異世界転生!?」



踝あたりまで雑草が生えている広場。

耳に入ってくるせせらぎの音。


――初めて聞く優しい音。


少し離れた場所から聞こえる。


――きっと小川だ。


遠くにはうっすらと白く化粧した山々が見える。



茜は慌てて小川に駆け寄り、初めて見る小川をのぞき込んだ。


「…っ!?…可愛い」


そこには。


ピンクがかった金色の髪、少し垂れ気味の大きな目にはガーネットのような深紅の瞳が煌めく。


15歳くらいの可愛らしい顔が映し出されていた。



※※※※※



【回想:日本2006年~2023年】



西園寺茜。

生まれつき病弱で、17年の生涯をほとんど病院で過ごした女性だ。


先天性の難病に侵されていた彼女。

『持って数か月』――残酷な余命宣告を、生まれてすぐに受けていた。


そして始まる。

覚悟の闘病生活。


全てをかけての抵抗。



愛する娘のため。

亡くなってしまった妻、沙紀の願い。



※※※※※



とある大学病院。

主治医に栄人は必死に縋り付く。


「先生!どうにかなりませんか?…お金なら、いくらかかっても構わない」


目に宿る覚悟、気迫。

主治医は小さく息を吐き出す。


「…保険は適用外ですが、先進的な治療――検討いたしましょう」

「お願いします!…この子は…この子だけは…」



※※※※※



無慈悲な宣告。

両親、特に母親である沙紀はその事実に絶望。

産後の肥立ちも悪く茜が生まれて2か月後には帰らぬ人となってしまっていた。


「…沙紀…茜は……茜だけは…絶対に……」


亡き妻との約束。

栄人は全てをかけ、茜の為に生きる決意をしていた。



※※※※※



過剰なまでの父親からの溺愛。

一身に受けた茜は、母親がいないいびつな環境にもかかわらず。

心優しく、素直な少女へと成長していった。


闘病の毎日。

でも必ず顔を見せ優しく微笑む栄人を、茜は大好きだった。


そして数年後。

茜に転機が訪れる。


薬品の匂いが立ち込める、クリーム色の天井の下のそっけないベッドと生まれた時からずっとある点滴台。


変わることのない景色の中、わがまま一つ言わずに精一杯生きようと藻掻いていた小さな命は、6歳の誕生日を迎えた時父親に初めて一つのわがままを言った。


「ママに会いたい」


命はあるものの、病魔の進行は無情だ。

いつ逝ってしまってもおかしく状況の茜は、自分の状況を幼いながらに理解していた。


だから精一杯いい子で治療も頑張ってきた。

パパにもできるだけ笑顔を向けるよう気を使っていた。


栄人はやせ細った娘を壊れないように優しく、そして可能な限り強く抱きしめて茜に語り掛けた。


「茜のママは天国にいるんだよ。茜はいい子だから、きっとまた会えるよ」


栄人はこぼれる涙を抑えられずに、茜を抱きしめ続けた。

ポケットの中に、光喜が磨いていた漆黒の石を忍ばせながら。



※※※※※



茜の父親、西園寺栄人は西園寺グループの会長の次男だ。

何不自由ない暮らし。


でも何か物足りなさを抱えながら過ごしていた。


大学で必須単位習得後の4年生の春。

彼は父親に呼び出される。


「栄人。お見合いを用意した。…性格の良いお嬢さんだ」

「…見合い?…父さん、俺は…」

「ダメだ。…お前は私の跡継ぎ――世間体と言うもの、甘く見るな」


「………はい」


たいして興味はなかった。

だが断る理由も無い栄人は――静かに頷いていた。



※※※※※



高校時代まで、栄人は一人小さな町で暮らしていた。

表向きは将来の為の社会勉強。


何しろ実家は日本でも有数の資産家。

レールの決まっている人生。


彼のせめてもの小さな抵抗。

つかの間の自由。


そして出会う――



※※※※※



転校して間もない放課後。

校舎裏。


『ひ、ひいいっ!?』


『この悪ガキどもっ!!』

『くそっ、に、逃げるぞ』


鼻腔をくすぐる柑橘のようなさわやかな香り。

気付けば美しい少女が俺をのぞき込んでいた。


『ふーん。君…栄人君?ふふっ。可愛いね』

『なっ!?…か、かわい…うあ!?』


いきなり手を取られ、瞳を射抜かれる。

ハンカチを持った手が、栄人の頬を優しく撫でた。


『…なんでそんなに無理してるの?まったく。子供は子供らしくしなさい!』



――佐山夏樹との出会い。



『すかしやがって!』


都会からの転校生。

しかも見た目の良い、まさに典型的なお坊ちゃん。


見るからに高そうな服を身にまとい、さらには冷めた瞳。


悪ガキどもにすればまさにカモ。

呼び出され、数人に囲まれていた栄人は――


無償の好意、佐山夏樹の優しさに救われていた。


『んー?私の3歳下か…ねえ、栄人君。うちさ、弟居るのよね。6歳下なんだけどさ』

『えっと…は、はあ』

『…あんた友達になりなさい』


初めてともいえる命令のような口調。

ちやほやされ生きてきた、彼にとってまさに衝撃。



既に一目惚れをしていたんだ。


でも。


栄人が高校に進学した夏の日。

夏樹は帰らぬ人となる。



※※※※※



「…夏樹さん……俺は……」


墓に花を手向け、栄人は一人手を合わせる。

けじめ。


沙紀とのお見合い、それの報告。


そして脳裏によぎる、彼女が亡くなった後の事。


当然公言などしていないし、付き合っていた事実もない。

でも普段の彼を見れば、夏樹にあこがれているのは明白だった。


彼女が亡くなる。

チャンスとばかりに家柄目当てで有象無象が押し寄せてきた。


うんざりだった。

心の底から、嫌悪感すら沸き上がる。


それから栄人は無意識の女性を避け始める。


大学でも女性を避けていた栄人の様子に、父に変に勘繰られていた。

だから、ちょうどいいと思った。


沙紀は今までの女とは違っていた。

家柄には興味がなく、栄人を見てくれていた。

恋焦がれていた彼女のように。


でも栄人は。

罪悪感からか、かえってそっけない対応を続けていた。


そんな中、結婚生活を続け4か月が過ぎるころ沙紀が身ごもる。


栄人は激変する。


彼は与えられる生活が当たり前で、今まで何かを作り出す経験がほとんどなかった。

そんな彼と沙紀の間に宿った新しい命。


信じられない感動が彼の全身を駆け抜ける。


「俺が?父親…!!!!」


満たされていく心。

沸き上がる感動。


そして。

ずっとそっけない態度をとっていたにもかかわらず、愛を向けてくれていた沙紀がたまらなく愛おしくなった。


…いや。

多分最初から。


刹那、栄人は沙紀を抱きしめていた。

沙紀は驚愕とともに、結婚生活で初めて栄人からの愛情を感じ。


戸惑いを隠せずにいた。



※※※※※



(まるで、舞台女優ね…ふう)


「…行ってらっしゃい」

「……ああ」


大学に行く栄人を見送る沙紀。


思わずため息が零れる。


結婚してからも交わされる言葉は最低限。

邪険にされるわけではないが交わされる瞳には興味の色が全くない。


夜の営みはあるものの「愛している」と言われたことは一度もない。


(不満はない。彼は心を病んでいる――でも)


社会的なステータスは高く、生活に不安はまるでない。

人として尊敬できるが、何しろ感情があるのか疑問に思うこともある程、機械のような生活を送る人だった。


たまに家に訪れる『佐山君』と話しているときには表情豊かになるため、少なからず嫉妬心を抱いていたが。


一緒に暮らし始めて数か月――


月のモノが遅れ、ひどい立ち眩みに襲われた沙紀。


(…え?……陽性?――うそ…)


夜の営みは定期的にこなしていた。

その可能性は十分承知していたし、栄人からも子供は必要だとも言われていたので妊娠したとしても問題ないはずなのだが。


あの感情のこもらない瞳を思い出し、沙紀は身震いした。


程なくして産婦人科で「おめでたですよ」と言われた彼女。

心に去来する少しの嬉しさと、大きな不安。

家に帰ってから一人――

腕を組み目を閉じ床に座り込み。


沙紀はさんざん悩んだ。


(…栄人さんの、あのまなざし――)


私はいい。

覚悟していた。


少し切ないが…きっと栄人は女性に対して誰が相手でも変わらないのだろうと、大人である私は理解できるからだ。


(でもっ、この子は…この子には…)


愛してあげてほしい。

そう思う。



…そして彼女は覚悟を決めた。


その後栄人が激変するとは、つゆとも思わずに。



※※※※※



妊娠発覚後の栄人は「誰だコイツ?」と思わず突っ込んでしまうほど沙紀に対する態度が激変。


目が合うと溢れんばかりの愛情のこもった色を浮かべ見つめてくるし、事あるごとに抱擁してくる。


今まで一度も聞いたことのない、砂糖を吐くほどの甘い言葉を雨あられのように浴びせてくる。


挙句には身の回りの世話をこれでもかとしてくるので、さすがに辟易してしまう。


「あの、栄人さん?靴下くらい自分で履けますよ?」

「えっと、歯磨きは自分でしますから!」

「ご飯も自分で採れますので!!」

「かっ、体も自分で洗えますからー!!!」

「ベッドへ行くのにお姫様抱っこは必要ありませんよー!!!」


等々。


思えばこのころが。

この家族にとって一番幸せな時だったのかもしれない。



※※※※※



お金に糸目をつけない最新医療によって、6歳の時に一度意識不明の状態に陥ったり、何度も生命の危機に瀕したが茜は17歳を迎えていた。


相変わらずベッドの上の住人で。

窓から見える景色と、疲れるからと1日1時間しか読めない小説。


それから相変わらず再婚もせずに、茜をめちゃくちゃ甘やかす父親から聞く話。

たまにお見舞いに来てくれる父の友人の光喜お兄ちゃんのお話。


それが茜の世界のすべてだった。


きっと茜の命は――とうに限界を迎えているのだろう。

ここ最近は現実なのか夢なのか判断がつかないほど意識の混濁がひどい。


そんな茜だが、誰にも打ち明けていない秘密があった。


(きっと――言っても誰も信じてはくれない、妄想だと笑われちゃうよね)


パパは「茜は天使のような心の奇麗な自慢の娘だ。嘘などつくものか!」とか言いそうだけど…


(…私は――違う世界を知っている)


ファルスーノルンという星のことを。

極帝の魔王、ノアーナのことを。


…いや。


(…光喜――お兄ちゃん)




二日後の4月25日――茜は17年の生涯を閉じたのだった。


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