第20話 動き出した世界
【ファルスーノルン:草創期】
いつの間にか手元にあったノート。
ボロボロのそれは、何故か色あせることもなく。
俺に旅路40万年――
もう今では開くことの無い
『欲しいもの』――それをつづったはずのモノ。
読めない文字の羅列。
俺じゃない記された多くの字。
はるか上空。
見下ろす俺の星、ファルスーノルン。
「…俺はたどり着いた」
全ての始まり――
それは静かに世界の時を刻み始めた。
※※※※※
【ファルスーノルン:草創期、最終段階】
およそ1万年前。
魔王ノアーナはついに一つの成果にたどり着いた。
彼は数十万年の時を存在し、今ある世界のすべては彼が創造していた。
概念を作り出し、命を吹き込み、摂理を司る。
公明正大ですべてに測り知れない慈愛を注ぎ、紡がれる世界はまさに理想郷。
争いのない、互いに慈しみあい、優しく時が刻まれる世界。
(だが……)
彼は思う。
数多の世界を創造し。
導き、与え、奪い、破壊し、また創造し……
いつの時でも感情ある生き物たちは、やがて滅びへと自ら進んでしまう。
確かに今の『彼の世界』はそれらを凌駕した完全な世界だ。
もう思い出すのも難しいほどはるか昔に、転生した『佐山光喜』が目指した世界。
原初の想いはもう思い出せない。
でもいくつかあった『欲しかったもの』の一つがこの完全な世界だった。
(…完全な世界ってなんだ)
これは『作られた世界』
終わった世界……ディストピア。
(これは俺が、満足するために『眺めるだけ』の世界ではないのか?)
きっと今の世界の住人たちは感謝するだろう。
彼が作り出した『ファルスーノルン星』というシステム。
自然と魔力が融合し生命力にあふれ、概念で構築した抑止力が働くことにより争いがなく、お互いを慈しみあい、安心して寿命を全うでき、義務も責任もない。
奪われたことにすら気づけない『生きとし生けるものが本来背負うべき暗い概念』を排除した世界。
(…俺は傍観者になりたかったわけじゃないはずだ)
……まだだ。
これは一つの例でしかない。
極帝の魔王は惜しみない努力を続けた。
※※※※※
一応完成した生命循環を促す『ファルス-ノルン星』というシステム。
それを維持し、さらに成長させ存続させるための概念。
そして源となる、心のエネルギー。
不定形ではあるが、その発見・実用化の開発をすすめた。
意志あるものの精神が生み出す『想い』というエネルギー。
そこに種族も、能力も、善も、悪も、関係ない。
(渇望、心の底からの純粋な想い…願い――そうだ)
善のみの世界――完結した世界。
彼はそう結論付けた。
優しいだけの世界は、終わり続ける世界。
進歩することのない世界。
試練があるから成長する。
絶望するから希望が持てる。
死ぬから生きたい。
原初から存在する暴食・色欲・強欲・憤怒・怠惰・嫉妬・傲慢。
そして対になる節制・純潔・寛容・忍耐・勤勉・感謝・謙虚という概念。
そこから発露されるむき出しの感情。
それらが互いに作用することで
『数えきれないほど紡がれる人々の生命の営み、根源は個々の感情が生み出す想い』
という、あやふやであり『物理的には干渉しないもの』が生み出される。
それこそが――
「概念すら凌駕する絶対的なもの…俺は遂にたどり着いた」
己に向けるより他者へ向けた想い、それこそが最大の力。
ただし。
そこには大きな矛盾も存在していた。
生命は生まれた瞬間から滅びへと向かう宿命
(…ならば。――作ればいい。寿命と言う概念を超えたもの。そして俺の意にそう、意志ある者達を!)
己自身をカウンターにして、6柱の神々を創造したノアーナ。
絶対者が間違えた世界の行く末を熟知していた彼は、わざわざ面倒な摂理を構築した。
中間管理職としての大きな特権を有する、しかし彼には絶対に逆らえない存在を。
火の神アグアニード、『力と減退』の権能を。
水の神エリスラーナ、『誕生と衰退』の権能を。
土の神アースノート、『発明と荒廃』の権能を。
風の神モンスレアナ、『安定と混乱』の権能を。
光の神アルテミリス、『真実と虚実』の権能を。
闇の神ダラスリニア、『動と静』の権能を。
彼は永遠とも感じる悠久の時の中で、果てしなく繰り返されるトライアンドエラーの末、ついにたどり着いた。
原初の頃より、くすぶる己の心の奥を意識的に無視したまま……
そうして彼の世界は高い水準で安定し、そこで生きている万物は幸せの最中にいた。
永遠に続く、真の理想郷として。
※※※※※
数十万年にわたる試行錯誤。
それこそ数億を超える創造と破壊を経ておよそ1万年前にようやくたどり着いたシステム。
『ファルスーノルン星』
そして約5000年前に完成した、維持・成長・循環・保護・永続を可能とする『想い』を根源とするシステムを補助するプログラム。
それを管理する六柱の神々。
成し遂げ手に入れ保護し、未来にわたり永続が可能になったことで。
彼はようやく『個』としての自分に向き合うことにした。
彼もまた、愛する者たちと対等な関係を築くため、自らの存在レベルを極限まで落とすことにより、構築しようとしていた。
そう『グースワース』
自分と愛する人が暮らしていく理想郷。
いつか出会う、運命の人。
数多の因果を操り近い未来に紡がれる、自分の理想を体現した女性。
自らが原型を定め、数万年かけて醸造したこの世の奇跡のような女性。
無償の愛を注ぎ、注がれる存在。
どこまで愛しても、愛し足りない。
そしてそれを上回る愛をくれる存在。
いつでも触れていたい。そう思える唯一の女性。
半身。
やがて出会いを迎え、理想の日々を構築するために。
完璧に見えた彼の世界。
かつての彼の組み上げた概念により『プレイヤー』である彼の手から離れても、4800年もの長い間、緻密な機械のように精密に時を刻み続けていった。
およそ200年前『イレギュラー』が現れるまでは。
別の想い。
時を超えた奇跡。
イレギュラーは根底を揺るがす――




