第1話 魔王処刑――そして社畜へ
【ファルスーノルン過去:新星歴4823年4月28日】
新勇者お披露目の式典。
希望の儀式――
そのはずだった。
だが。
それは――
断罪の場となった。
「がふっ!?」
心臓を貫く、勇者シルビーの聖剣。
仕込まれた術式が、俺の真核に呪詛を纏わりつかせる。
「い、いやああああああああああっっっ!!!!?」
響く愛おしいネルの悲痛な叫び声。
(ああ――すまない…必ず……もど… )
分解され、散り散りになる俺。
やがてそれは――
この世界の災厄となる漆黒の鉱石へと変わっていく。
(……かな…ら……ず………)
※※※※※
【地球2023年4月28日】
『――…まもなく到着します――お出口は右側――』
流れる電車内のアナウンス。
俺の微睡んでいた意識が浮上する。
繰り返すような代わり映えのない日々。
スマホをちらと見る。
日が変わり、4月28日の午前0時過ぎ。
終電だというのに多くの人が乗る電車に揺られていた。
(…涙?……さっきの…夢でも見たのか?…)
無機質な音と共に開く車両右側のドア。
俺はカバンを掴み、数名の人に紛れ電車を降りた。
煌々と光をともす改札を抜け、薄暗くなっていく路地を歩く。
(…飯食ってないな…)
俺は腹をさすりつつ、最寄のコンビニへ歩を進めた。
同じ電車を降りた数名もどうやら似たような状況らしい。
(…今日はいつもより一人多いな)
見るからに怪しい、黒ずくめの男。
正直郊外とはいえここは東京だ。
そりゃ知らない人だって珍しくは無いのだろう。
(っ!?…視線?――そんなわけないか)
一瞬気配を感じ、俺は振り返るが…
男は雑誌を見ていた。
俺はため息を吐き、食べるものに意識を切り替えた。
ふとよぎる、まともな夕食。
(ラーメン、牛丼…)
――今の俺にとっちゃ贅沢品だ。
残念ながら。
この付近の飲食店は閉店時間を過ぎていた。
(…まともに店で晩飯を食べたのは一体いつだったか……はあ。ろくな弁当残ってないよな)
ぼやきつつ俺は定番の“不人気弁当”を手に取った。
※※※※※
ここ数週間。
毎日この時間に来る俺。
もう常連の域だ。
「すみません。新しい弁当は入荷が4時過ぎなんですよ」
弁当コーナーを見つめる俺に、店員がそんな声をかけてきた。
(――前も聞いたな…ハハッ)
会計を済ませ軽く会釈。
美人ならテンションも上がるのだろうが。
相手は50過ぎのおっさん。
(…物語のような出会いなど、実際にはあるわけない、か)
そんな夢想を振り払い、俺はコンビニを後にした。
※※※※※
ややふらつきながら、歩きつつ。
俺はなんとなく空を見上げる。
遠くにうっすら瞬く星。
(…故郷とは大違いだな…そういや数年帰ってない。…何やってんだろうな俺は)
最後に里帰りしたのはいつだったか。
…姪っ子の七海ちゃんに『おじさん、ださーい』とか言われたっけ。
ああ。
最近茜ちゃんのお見舞いにも行けてないなあ。
(…みんな元気かなあ)
電車の中で見た夢のせいなのか。
妙に懐かしさがこみ上げる。
(…姉ちゃん…)
俺が中学生だった頃事故で亡くなった姉ちゃんの笑顔がよぎる。
俺は墓参りに行けていない事を思い出し、何故か速足で自宅を目指していた。
※※※※※
「…ただいま」
冷え切った室内。
荷物置き場と化した、小さなちゃぶ台に買ってきたレジ袋を乱暴に置き。
スーツを脱ぎ捨て万年床になっている布団に倒れこんだ。
「…明日は契約先とのコンペ…。相手は――佐々木部長か…」
(苦手なんだよな…あの人)
ぶつぶつ言いながらも、かび臭い布団にしばらく突っ伏していたが…
現実的に明日。
…いや、もう今日か。
あと数時間で仕事に行かなくてはならない。
嫌々、緩慢な動きで起き上がり。
先ほど購入した弁当をレジ袋から取り出した。
電気ポットのお湯、足すのを忘れていたことが脳裏によぎる。
(…沸かすのも面倒だ。コイツだけ食うか…)
味気のない弁当。
どうにかお茶で無理やり流し込んだのだった。
※※※※※
俺、佐山光喜はアラサーの社畜だ。
身体だけは丈夫で勤めてから一度も風邪すらひいたことがない。
まあそれくらいしか。
――誇れるものはないんだけど。
ぼさぼさの髪とよれよれのスーツ。
色あせた革靴が、一層疲労感を醸し出していた。
(…まさに『人畜無害な陰キャ』…上手いこと言うよな)
所謂『ブラック企業』に勤めて早12年。
会社の歯車として面白みのない日常を過ごしていた。
「ヤバイ、もうすぐ2時になる…一応仮眠だけでも取らないと」
どうにか歯磨きだけすまし、俺は万年床にもぐりこんだ。
明日は5時半に家を出る必要がある。
俺はモヤモヤした感情を脳から追い出し、目を閉じた。
この後の悲劇を知らずに。
そう既に。
全ては終わり、
――そして始まることを。
世界が動き出す。




