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野良猫リンクスの望郷  作者: 立花コータロー
第一章 野良猫リンクスの望郷
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第七話 望郷

 リンクスは、走っている。

 そして、ミンジュンとの約束を思い出していた。


***


 13年前 アフリカ北部 某国 市街地 14:30



「おいおい、本当に主力か?」

 クーガーは、興醒めしていた。


「このコロコロ様に恐れをなして逃げたんだろ」

 コロコロは、自慢げだ。


 首都の手前、防御の拠点である街は、作戦開始後二時間で反政府軍の手により落とされた。


 リンクスの小隊は、音もなく最速で敵を殲滅することから『野良猫』と呼ばれている七人の少数精鋭部隊である。


「皆ご苦労だった、帰還部隊はベースキャンプに戻れ」

 サザーランド大尉は、リンクス達に命令した。


 日差しがジリジリ背中を焼き尽くし、汗でヘルメットを被った頭やデザート用の戦闘服もぐちゃぐちゃで、口の唾液も乾き、さらに砂塵が鼻や口に侵入し、すごく気持ち悪い。

 短時間決着は、その面でも喜ばしいことである。


 この国は、国土の八割は砂漠で、石油や天然ガスなどが豊富な資源に恵まれている。長い間大国の植民地を経て独立をする。


 その後一人の男のクーデターにより、三十年に渡り独裁的な政治が行われていた。そのおかげで深刻な経済危機や、政治的混乱が続いていた。


 リンクス達は、民間軍事会社に所属し、反政府軍側に派遣されていた、仕事としては、戦闘、斥候、補給、民間人の戦闘訓練などいわゆる戦争屋である。


 あくまでも企業の仕事としての戦争なので、PTSD防止のため期限がくれば、後任の部隊と交代をする。

 生きて仕事をこなさないと、お金にならない。


 リンクス達の小隊は、明日、後任部隊との交代で戦場を後にする予定である。


 彼らの今回の最後の仕事が、この市街地を攻めることだった。


 この街は、その先の首都を落とすために、反政府軍には重要な拠点である。


 戦力が集まり政府軍の幹部も何人かいるとの情報があったが、戦力はあまりなく、幹部らしい人間もいなかった。


 情報を察知して事前に逃げたか、こちらの情報が間違いがあったのか、何にしても重要な場所を獲得できたのは成功と言えるだろう。


 リンクス達は、明日の帰還のため、市街地から出て数キロ先のベースキャンプまで戻っていた。


「おかしくないか?」

 ミンジュンは、オセロットに問いかける。


「…… 色々とな、でも私達には、関係ない、明日の朝には海の上さ」

 コーヒーを飲みながら答えた。


「そうだね」

 ミンジュンは、頷く。


 コロコロは、高いびきをかいて寝ている。

 クーガーとサーバルは、黙々と武器の手入れをしていた。


 ウンピョウとリンクスは、少し離れたところで話していた。

「向こうに、見覚えがあって、うちの標準装備を使っている奴らがいたがどういうことなんだ?」

 ウンピョウがそう言うと、リンクスは、

「隊長は、作戦終了の合図を言わなかった。…… おそらくそう言うことだろ」


 そう言うと、ウンピョウは、目を見開き驚いて、

「…… パラレルミッションか!」

 皆が聞こえるぐらいの声で言った。


 皆がこちらを一斉に見た、リンクスは、口の前に人差し指を立てた。

「どう言うことだ?」

 ミンジュンは、リンクスに尋ねる。

 リンクスは、おそらくと言う前提で皆に話し始めた。


 「二つのクライアントと二つの作戦が恐らくある、今回の場合、反政府軍と政府軍両方から依頼を受け、最終的に金のある政府軍を勝たせる。そして我々は反政府軍側として、あの作戦を遂行し終えたが隊長からの作戦終了の合図はない、だからまだ作戦は続いているんだろうね」

 リンクスは、コーヒーを一口飲み話し続ける。

「あの拠点に反政府軍が集まったら、そこで幹部もろともドカンと一網打尽するつもりだろうな。どうせ大量の爆薬も仕込んであるはずだ。そして俺達には、何もできない」


 リンクスが話し終えると、皆、怒りを露わにしていたが、何も言わずに堪えていた。


 重い空気が続いてたが、ミンジュンがそれを変えるように、

「クーガー、今日の作戦の時、酒盗んでただろ?最後の夜だ、楽しく飲んで戦場を後にしよう、お前ら未成年だけど今日は許すよ」

 と明るく言った。続けて、


「…… 傭兵なんてそんなもんだ」

 ミンジュンは伏し目がちに言う。


 無理をしているのは、皆わかってたが何も言わなかった。

 ミンジュンは、リンクス達が傭兵会社に入った時、教育係をサザーランド隊長に任せられそのまま後方支援として野良猫部隊に所属している。


 その後、クーガーが市街地の酒場から持ってきた上等なバーボンとキャンプにあったぬるいビールで今回も生きて帰れることを祝っていた。珍しくミンジュンは、故郷の話を皆にしていたが、ミンジュンとウンピョウ以外は、故郷なんてものは無かった、そもそもどこの国が故郷なのかも知らない、だからミンジュンの故郷を偲ぶ気持ちは、皆わからなかった、だが何か羨ましかった。


 そして、皆、明日の早朝の為に寝る。


 AM 1:00ごろミンジュンは、こっそり寝所をでて装備を整えている。


「一人で行くのか?ヒーロー」

 リンクスは、ミンジュンの後ろに立っていた。


「青臭いと笑うかい?」

 ミンジュンは振り向かず、そのまま装備を整えている。


「笑わないさ」

 リンクスは、真剣な眼差しでミンジュンの背中をみている。


「…… 僕らは色々な戦争を見てきただろ、始まりは、宗教、権力や資源の奪い合い、大国らの代理戦争、それで仲間、家族同士の殺し合いだよ、バカ過ぎて意味がわからないさ」

 ミンジュンは、溜息をつき、話を続けた。


「…… それでも一つだけわかるのは、みんな故郷の為に戦っているんだよ、人には、自分の国、故郷が必要なんだよ、自分の国の未来は、自分の国の人間が決めて行かなくちゃいけない、ましてや僕らみたいな理想も希望もない金で動く傭兵なんぞがこんな汚い手で、その国の行く末を決めて言い訳がない」

 とミンジュンは、背中越しに思いを語る。続けて、


「良くも悪くもその国の人間が選ばないといけない、だから僕はこの作戦を彼らに伝えにいく、自分達でどうするか決めてもらいたいんだ」

 ミンジュンにしては、珍しくよく喋った。


「もう行くよリンクス」

 準備を整えたミンジュンは、立ち上がりテントを出ようと歩き始めた。


「じゃあ行こうか、AM4:00までには帰らなくちゃな」

 リンクスは、ミンジュンの後ろを歩き始める。


「どういうつもりだ!僕のわがままなんだ、ついてくるんじゃない、死ぬ気なのか?」

 ミンジュンは、振り向きリンクスの肩を掴んだ。


「死ぬ気なのは、お前だろ!」

 リンクスは珍しく感情的になっていた。


「お前のわがままに付き合うわけじゃないさ、俺達は、反政府軍のサポートが仕事だ、しかも作戦終了の合図がまだない以上彼らを救うのが俺達の役目だろ、なぁみんな!」


 リンクスは、テントの入り口に向かって言う。


「まぁそんなとこだ」

「任務だもんな」

「おいしいとこ独り占めはだめだろ」

 クーガー、サーバル、コロコロが入ってきた。


「ふん、不器用なくせに下手な芝居しやがって!一人でなんか行かせねーよ」

 オセロットも入ってきて、鼻を鳴らす。


「おあつらえ向きに、月明かりもない夜だ、俺達『野良猫』は、最大限に力を発揮できるぜ」

 ウンピョウも現れた。


「…… お前ら馬鹿だよ…… ありがとう」


 そこからすぐに作戦を立て始めた、今回は、隠密に行動をし、明日の隊長の作戦を反政府軍にリークする、それだけだ。


 極力戦闘は回避しながら行動し、ミッション達成後速やかにキャンプに帰還する、そして何事もなかったように戦場を後にする。

 ただそれだけ。


 漆黒な闇の中、リンクス隊は、まさに猫の様に音もなく市街地に入り、反政府軍に明日の作戦を告げ、目的を達成する。


「後は、彼ら次第だ、きっと上手くいく」

 ミンジュンは、願っていた、この国の夜明けを。


 後は何事もなく無事に帰還するだけだった。


***


 帰りの輸送ヘリの中、リンクス達は、誰も言葉を発しなかった。


 皆、深い悲しみと後悔の中自らを責めている。


 そこにミンジュンの姿はなかった。


 ミンジュンは、死んだ。


 皆受け入れることが出来なかったが事実が変わらないのも分かっている。


 市街地を出る途中、運悪くサザーランド隊の副官ギグスに出会ってしまう。


 ギグスは、人を殺したいが為に傭兵をやっているただの殺人狂だ、リンクス達とは反りが合わずよくぶつかっている。


 ギグスは、ミンジュンの姿を見つけ、すぐに軍規違反しているのを悟り、今までの恨みを晴らすべく、そして自分自身で殺す為に他の隊員達に伝える事はしなかった。


 暗闇に乗じてあっさりミンジュンの腹にナイフを突き刺し、真横に引き裂いた、致命傷であった。

 内臓も腹圧で飛び出し、出血も酷い、あと数分の命であろう。


 そして、リンクスもいるだろうと死にかけのミンジュンを囮にしようとしていたのである。

 そしてギグスの願い通り、リンクスが現れた。


「お前を殺した夢を見ると朝夢精してんだよ」

「殺して犯してやる」

 ギグスは、かなり興奮している。


 リンクスは、何も喋らず、手を挙げオセロットに狙撃するなと合図を送る。


(こいつだけは、俺が殺す)


 普段のリンクスは、本来の実力を出す事はない、出していないのにも関わらず強かった。


 ミンジュンの傷を見て時間がないことを悟り、いつものように出し惜しみはしない、本気でギグスに挑んだ。

 リンクスの瞳孔が針の様に細くなっていく。


「化け物が!」


 ギグスは、リンクスの目を見て一瞬怯んだが、自分のナイフの腕を過信するほど自信を持っている。


 ギグスは、ナイフ使いでも達人の域に達していたが、人を小馬鹿にする様なトリッキーな戦法をとる。

 お互いナイフを持って間合いを詰め数回ナイフを振るとギグスは、右手に持ったナイフをいきなり前に落とした。


 普通なら相手はそのナイフを取ろうとするか視線を一瞬地面のナイフに落とす、そうすれば左手に隠し持っているナイフで刺し殺す。


 ギグスの常套手段であった。


 だがリンクスは、絶えずギグスの目を見て戦っている。

 そして、ギグスが本当は左利きなのも筋肉のつき方であったり、彼の殺した死体などを見ていて、分かっていたのである。

 なので騙される事はなかった、もちろん知らなくても十分余裕で躱す事もできるであろう。


 そしてギグスの左手から振り下ろされるナイフを難なく避け、右手でギグスの手首を掴み人間離れしたスピードで懐に入り、素早く首元にナイフを突き立てる。


 首元にナイフを突き立てられたギグスは、声も出せない、それもリンクスの狙いである。

 そして横に切り裂き首の静脈を切断した。その間わすが数秒程であった。

 ギグスは、音もなく死んだ。


「ミンジュン!待ってろキャンプに連れてってやる」


 リンクスは、内臓まで飛び出しているが、腹を押さえながら、一縷の望みを持ってキャンプで治療させるつもりだ。


「…… リンクス、もう…… いいんだ」

「…… もう分かっ…… てる」

ミンジュンは、もう自分はダメだと分かっている。


 そして、ドックタグをリンクスに渡した。


「…… リンクス、トルコに…… 僕の娘…… ジウォンがいる、いつか会ってやっ…… てくれないか?…… そして 伝えてくれ『愛している』と、……  故郷も見せ…… たかったな」


 ミンジュンは、血の気が抜けた青白い顔をして、最後の力を振り絞って立ちあがろうとしている。


「ミンジュン!もう動くな」


 リンクスは、ミンジュンの腹を押さえていたが、もう助からないのをわかっていた。


「…… 心配するな俺達はジウォンに会いにいく、俺達が守ってやる、そしていつかジウォンを故郷つれてってやる、約束する」


「そしてお前のお父さんは、お前をめちゃくちゃ愛してたと伝えるよ」


 リンクスは涙は見せなかったが、心では泣いていた。そして優しい顔をしてミンジュンの顔を覗きこんでいる。


 ミンジュンは最後の力を振り絞り、笑顔を作っている。


「…… 泣くなよ、俺の…… 最後の仕事だ、やり遂げる、早く…… 逃げ…… ろ」


 ギグスの死体まで這っていき、手榴弾を二つピンを抜いた。


「…… ありが…… とう、みん…… な」


 ミンジュンは、リンクス達に迷惑がかからない様に、自分とギグスの死体を手榴弾で粉々にしたのである。


 リンクスは、その意味をわかっている。

 

 そして爆発の轟音で反政府軍も何か起きていることが分かり戦闘態勢を取った。情報も流した、ここからは自分達が選択するだろう。


 ミンジュンの当初の目的は達成された。


 ミンジュンの壮絶な死を、他のメンバーも遠巻きに見ていたが誰もが涙を流すのを我慢していた。


 リンクス達は、ミンジュンの気持ちを無駄にしてはいけないと、その後、軍には、彼は単独で行動したと報告する。


***


「何やってんだ、おれは」


 リンクスは、ミンジュンとの約束を守れてない自分に無性に腹が立ち、がむしゃらにおばちゃんの店に向かって走っていた。

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