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野良猫リンクスの望郷  作者: 立花コータロー
第一章 野良猫リンクスの望郷
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第五話 久闊を叙す

 春を連想する若草色の壁や所々に置いてある花瓶に差してあるピンク色の花が真冬の寒さを一瞬忘れさせ、豚の甘い油の匂いと酸味のある香辛料が混じり合った香りが、空腹感をより一層際立てた。


「こんばんは、おばちゃん、なんか食わせてくれ」

 リンクスは、流暢なカンドール国の言葉で、客席に座ってテレビを見ていた肉付きの良い六十代ぐらいの女性に、声を掛けた。


 女性は、ビクッとして振り向く。

「リンクス!」

 女性は席を立ち、両手を開いて近寄ってきた。そして、リンクスとハグをする。


「いつ来たんだい?」

 女性は、嬉しさが全面に出ていた。

「さっきだよ、それより、腹減って死にそうだよ、カルグクス四人分お願い、ちなみにお金は持ってないんだ……」

 リンクスは、図々しく頼んだ。


 ミサキは、被せるように、

「お金は、ちゃんと払います」

 と慌てて言う。


「いらないよ、いつものことだし、今日はもう店じまいするからいっぱい食べな」

 女性は、ニッコリ笑った。


(どんな関係なんだろ?にしてもなんでカンドール国語で話せるんだろ?リンクスって不思議な人だな)

 ミサキは不思議に思った。


「あんた、このおばちゃんと知り合いだったの?あと何でネイティブにカンドール国語喋れるのよ?英語と日本語を話せるのはわかるけど」

 パクは、気になることはすぐに言葉にだす。


(こんな時パクちゃんは、頼りになる)

 とミサキは思った。


「亡くなった親友のお母さんだよ、言葉なら大体の言語喋れるよ、ふふっ」

 リンクスは、満足気に鼻を鳴らして答える。


「普通なわけないし、本当なら嫌味なやつね!」

 パクは、眉間に皺を寄せて言った。


 ミサキは、リンクスの顔をうっとり見ている。

(この人何者なんだろう、もっと知りたい)


 皆は六人掛けのテーブルに座り、おばちゃんは、料理を作るために厨房にいたため、リンクスは勝手に冷蔵庫から緑色の瓶の焼酎とグラスをだし、瓶の先を持ち手首をグルグル回してキャップを開け流れるように、皆のグラスに注いだ。


「さぁまず乾杯しよう」

 リンクスは、グラスを掲げて言う。

 皆、グラスを掲げて、

「乾杯!」

 そして皆一気に、飲み干した。


 次は虎之介が皆に注ぎ始め、最後に自分のグラスに注ごうとした時、ミサキは、それを止めて、


「よく考えたら虎ちゃん未成年でしょ、ダメだよ」

「僕いくつだと思ってんのさぁ、29歳だよぉ!」


  虎之介は、いつも子供扱いされて嫌気がさしていた、しかもミサキとは、そう変わらないだろうと思っていたので、余計にショックだった。


「マジで?」

 ミサキとパクは、同時に反応する。


「本当だよぉ!」

 虎之介は、拗ねて直接瓶を咥えて飲み始めた。


 リンクスもすでに直瓶で飲んでいる。

 ミサキは、申し訳なさそうに謝ったが、実は虎之介は、お酒にめっぽう弱く、すでに楽しくなっていたので、何も気にしてはいない。

 おそらくもう間も無く潰れるであろう。


 ミサキもあまりお酒は強くはなく、三杯ぐらいで目が虚ろになり、最後は寝てしまう、だからいつもこの国にいる時は、パクかグループのメンバーがいる時しか飲まないと決めている。

 特に男性がいる時は、まず飲まないと決めていた、ましてや、今日会った人と飲むことは、初めてのことだ。

 パクもびっくりしていたがミサキを止めないのは、会ったばかりだが何となく彼らは信用できると思っているのだろう。


 その時、おばちゃんが、サムギョプサルとキムチやらナムルを持ってきた。

「よし、みんな食べよう」

 リンクスはすでに箸を持って手を伸ばしている。

 やっぱり皆、肉に手を伸ばした。

「うわぁ美味しいー」

「美味い」


 やっと本格的な食事なので、特に美味しく感じ、皆ガツガツ頬張った。特にパクとリンクスはお酒もいける口なので、肉をお酒で流し込んだ。


 パクは、この店を大変気に入って、また来ようと考えていた。


 ある程度食べた後、彼女達は、リンクスに色々質問をする。

 何をやっている人なのか、いくつなのか、なぜ語学が堪能なのか、なぜこの国に来たのか、気になることは山ほどあったので、お酒の力を借りて思い切って聞いてみた。

 彼は素直に全て答えてくれた。


 彼は、バーンスタインコーポレーションに勤めていて、年齢は30歳、世界中を仕事で回っているので語学は堪能らしい、この国には仕事もあるが親友の墓参りに来たかったのこと、彼の部署の仲間も後々この国にやってくるらしい、あと虎之介に何があったのか、などなど。

 色々とびっくりすることは、あったが概ね納得できる答えだった。


 ただ、ミサキが一番に聞きたかったことは、彼が独身なのか、彼女がいるのかという事だ。

 流れで聞こうと思ってるが、おばちゃんの料理がタイミングよくテーブルに出されるので、なかなか話出せずにいた。


 アイドルなんてやっていると、暗黙のルールで恋愛禁止なんてものがある、それでもほとんどのアイドルが、こっそりと彼氏を作ったり男漁りしている子もいるが、ミサキは、夢を叶える為にそう言った感情をいつも押し殺して、語学の勉強やレッスンなどに費やしていた。

 そのおかげで、恋愛に関しては、からっきしなのである。


 事務所からは、デビューして五年経てば恋愛してもいいとのことだったが、ミサキは、すでにデビューして八年もたっている。


 リンクスみたいな自分に忖度なく接してくれる異性はこの国に来て初めての事であったし、ミステリアスなとこも、見た目も全てがタイプだった。


「どうだい美味しいだろ」

 おばちゃんは、トッポギをテーブルに出しながらそう言って、すぐ厨房に戻って行く。


 パクは、空いた皿を片付けて厨房に持って行った、そして虎之介は、すでにウトウトし始めている。


 ミサキは、今がチャンスと思い、

「ねえリンクス」

 リンクスの顔をじっと見てミサキは小声で言った。


 トッポギを取り分けていたリンクスは手を止めて、ミサキ越しに入り口を見て笑っている。


(なんだろ?)

 ミサキは、振り向いて入り口の方を見た。


 その時、扉が開き、外の冷気と共に、赤いダッフルコートを着た十代らしき可愛らしい女性が入ってきた。入ると頭の雪を払いながら、


「おばあちゃん、すっごい雪降ってきたよ」


 と入ってきた女性は、頭の雪を払い終わり頭を上げて言う。


 肩までの黒いセミロングの髪に、目鼻立ちがとても整っているが丸顔なので、すごく幼く見える、雪のように真っ白の肌が赤いダッフルコートによって少しピンク色に見える。


 その女性は、こちらに気付くとリンクスを見て立ち尽くしていた。


「リンクス!」

 と女性は呟くと、こちらにゆっくり歩きだす。


「久しぶりだな、ジウォン」

 リンクスは、立ち上がりジウォンの方に歩き出した。


 ジウォンは、一瞬でリンクスの元まで行き、思いっきり抱きしめて、

「ずっと会いたかった」

 ジウォンは、リンクスの胸に顔を埋めて言う。


 リンクスは、ジウォンの頭に手をやり、ゆっくり撫でている。


 ミサキは、唖然として見ていることしかできなかった。

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