第四話 上手な猫は爪を隠す
カンドール国 国際空港
12月21日
ミサキは、腕を伸ばして肩甲骨を回しながら、
「はぁーやっと着いたぁ」
長時間のフライトの閉塞感の解放から思わず声が出た。
快適なファーストクラスとはいえロサンゼルスから13時間のフライトは、肩どころか体中が凝ってくる。
ミサキは日本人なのだが、言葉もわからないこのカンドール国でアイドルになる為に15歳で単身やってきた。死にものぐるいで努力し、今ではカンドール国の人気アイドルグループのメンバーで、その中でも一番の人気を持っているトップスターだ。
ロサンゼルスへは、親友のマネージャー兼事務所の役員でもあるパクと一週間ほどのプライベートな慰安旅行であった。
いつもは人の目がある場所では、煌びやかな衣装を身につけているが、今日みたいなプライベートの日は、スウェットにダウンジャケットのラフな格好である。ファンに囲まれない様に拳ぐらいの顔に、サングラス、マスク、ニット帽の三点セットで顔を隠しているが、かなりの美人であろうオーラは消せていないのは、本人は気づいてない。
「一睡も出来なかったわ、あの日本人のクソガキ達、うるさすぎだよ、なんであんなのがファーストに乗ってんだろ、クソが!」
隣にいたパクは、機内からずっと怒っている。
(相変わらずパクちゃんは口が悪いな)
ミサキは思った。
「まぁいいや、車回してくるからバレない様にちょっと待ってて」
パクはそう言って小走りでその場を離れる。
親友ではあるがマネージャーとしての振る舞いを忘れず、飛行機を降りる前に黒いスーツに着替えていた。
ミサキは、出口近くの壁際に待たれかかりスマホを眺めていたが、周りの警戒は怠っていない。
周りには人が多く、皆そのマスクの女を訝しんで除きこみながら前を通過して行く。
だが、近くにいた大学生らしき五人組の女子がヒソヒソこっちを見て話している声が聞こえると、壁の方を向きやり過ごそうとした。
その時懐かしい言語が聞こえた。
「どーするんだよぉ!」
小柄でやわらかそうな茶色の髪をした可愛らしい顔の青年が日本語で怒鳴り声をあげている。
一斉にみんなそっちに目がいった。
ミサキもだ。
青年の前には、やや長めの夕陽の様な赤茶色の髪で恐ろしく顔立ちが整った、スタイルの良い長身のアジア系の男が立っていた。
「お前が、実の姉さんにキスなんてするから慌ててこうなったんだろ」
顔立ちの整った男はニヤけて言う。
「だからぁしてないってぇ、する前に殴られてただろぉ」
青年は少し泣きそうになっている。
(キスはしようとはしたんだ)
ミサキはそう思った。
そもそも、今揉めるとこはそこではないのではないかと、少し心配になって見ていた。
ただ、純粋に実の姉にキスした理由は気になる。なので、キスしたしてないで揉めているのを目を輝かせてことの成り行きを見ていた。
「まぁ待て、ひとまず、この状況をなんとかしなくちゃな。……やっぱり根性で走るしかないのかなぁ、うーん」
顔の整った男は、腕を組んで考え始める。
「諦めて帰ろうよぉ、リンクス」
青年は、もうほとんど泣いている。
「泣くなよ虎之介、帰っても宮古に殺されるだけだぞ」
リンクスは、虎之介の肩に手を置き慰めた。
虎之介は、少し考えて、
「間違いないねぇ、わかったよぉ、行こう」
と屈伸運動し始める。
「なるようになるだろ、行くぞ、虎之介」
そして出口を指を差し、小走りで外に出て行く。
そのやり取りを見ていた周りの人間は、全員ポカンとして彼らを見送った。
(バカなの?…… いやいや止めなくちゃ)
ミサキは、後を追おうと足を動かそうとした。
その時、
「きゃー、寒い、寒い、死ぬぞこれ」
リンクスと虎之介が勢いよく腕を組んで戻ってきた。
「何が根性だよぉ、こんなん自殺行為だよぉ、自殺ぅ」
虎之介はリンクスの顔元で怒鳴った。
「そのスニーカーよこせ、虎之介」
リンクスは虎之介の足を掴んで靴を脱がそうとしている。
その後も戯れてる様に喧嘩している。
「あっ、あのぉ」
見かねたミサキは声をかけた。
「あ〜ん?」
二人は、凄んでミサキを睨む。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
ミサキは何度も頭を下げた。
「誰ですぅ?何か用でもぉ」
虎之介は怪訝な顔で除きこんだ。
ミサキは二人の視線を外し下を向いて、
「ミサキと言います。あのー、さすがに真冬に短パンTシャツにサンダルでは根性じゃどうにもならないかと、あと都心まで車でも1時間以上かかりますよ」
ビクビクしながら物申した。続けて、
「そこに、服屋さんがあるのでそこで冬服買えば良いかと…… 」
とミサキは提案した。
二人はともに恥ずかしそうに、
「……家に、財布忘れた」と同時に言った。
***
「へへっ、この首のやつ、あったかくて、おしゃれだろ、なぁ虎之介」
少し頬を高揚させて満面の笑みでリンクスは言った。
「このニット帽も耳付いててぇ、可愛いよぉ」
虎之介も、頬を赤らめてご機嫌だ。
「あぁー喧しい、なんでこいつらまで乗せなくちゃいけないのよ、服まで買ってやってさ、だいたい短パンで真冬のカンドール国に来る馬鹿いないよ、しかもミサキのこと知らないってありえない」
パクは、運転しながら、ぶつぶつミサキにクダをまいた。
「でもこんな雪の日に、あんな格好じゃ可哀想じゃない」
ミサキは、後ろを見て微笑んだ。
ミサキは、パクは口は悪いけど面倒見が良く、困ってる人をほっとけない人間なのを知っているので、度々愚痴はスルーしている。
「全然可哀想じゃないよ、ところで、あなた達日本人?」
続けて、
「言いたくないけど、二人とも、見た目だけはいいけど、芸能人か何かなの?」
パクは、バックミラー越しに問いかける。
「僕たちは、見た目はいいけど日系アメリカ人でただの社畜だよ」
リンクスは、答えた。
(謙遜って知ってるのかな?)
パクは思ったがあえて言わなかった。
「でも、ただの会社員が、ファーストクラスに乗れるわけないじゃない」
パクは、怪訝な顔して言う。
「へへっ、会社のお金さ、バレなきゃいいんだよ」
リンクスは、能天気に答える。
「見つかったら大変じゃないの?めちゃくちゃね」
パクは、呆れて首を振った。
「それに海外来るのに、パスポートとゲームのやり過ぎで充電の切れた携帯だけって、本当に、デタラメすぎるわ、飛行機でも喧しいし」
パクは、溜息をつく。
「ねぇパクちゃん、腹減ったぁ」
虎之介に悪気はない。
「金持ってないやつ言うな!」
パクは、強めにハンドルを叩く。
「パクちゃん怒んなよ、よし、飯は、俺が奢ろう、タダで食べれるグクスの美味いとこ知ってるからさ」
リンクスは、ご満悦な顔をしている。
「行く行く、グクス大好き」
ミサキは、唇をペロっと舐める。
(タダなら奢りになってないし)
パクは、呆れて何も言う気は無くなっていた。
***
空港から都心に向けて車を走らせる中、パク以外の三人は長時間のフライトの疲れもあり深い眠りに落ちていた。
リンクスが眠りに入る前にスマホを少し充電をさせてもらい、そこに入ってた美味いカルグクスの店の電話番号を車のナビに入れていたのでパクは迷うことなく店に向かう。
パクも眠かったが、三人に気を遣ってオーディオのラジオの音量をかなり絞っていた。
その店は、意外にも都心の繁華街を抜けてすぐの所で、ミサキやパクのマンションからすぐ近くの所だった。大通りから一本入った場所で木造二階建ての建物の一階にあり、二階は居住スペースなのだろう。店の外観は、看板も小さく飾り気もない至って普通な感じだが、店の前には、プランターにシクラメンの花が植えられていた。全体的に小綺麗で家庭的な感じだ。わざとあまり目立たない様にお店作りしてあるように見える。
看板には、おばちゃんの店と書いてある。
「へぇ、こんなとこに、お店があったんだ」
パクもセレブであり、派手な世界で生きているおかげでいつも付き合いで煌びやかなおしゃれなお店ばかり行っていたが、実はあまり気を使うようなお店は、好きではなかった。
「なかなか雰囲気いいじゃん」
高級住宅街で場所は最高だからおしゃれにするだけで客がわんさかくるのにと思いながら、実際パクは、こんな家庭的な店が好きだった。
お店の近くのパーキングに車を止め、
「さぁみんな、起きて着いたよ」
助手席のミサキの肩を揺すりながら、後ろの二人に向かって大声で叫んだ。
「うぅん、パクちゃんおはよ」
ミサキは、口をムニュムニュしながら、目を擦っている。
(可愛い)
パクは思った。
「もう少し寝かせてよぉ」
虎之介は、空気を読まない。
「あんたマジ殺すよ」
パクは、殺意が湧くとはこうゆうことなのかと初めて知った。
「虎之介行くぞ」
意外にもリンクスはすでに起きていて、真面目な顔をして店を眺めていた。
店の前に着いたが、リンクスは、パーキングからここまで、何か思い詰めた顔をして一言も発しない。
「どうかした?」
ミサキは、車を降りてからのリンクスの雰囲気が明らかに違うのを気づいていた。
「リンクスはねぇ、お腹ペコペコなんだよぉ」
やっぱり、虎之介は空気を読まない。
そのほうが都合がいい時はあるとリンクスは思い、
「もうペコペコだよ」
笑顔で言った。
ミサキは、リンクスが無理に笑顔を作っているのだろうと思ったが、それ以上何も言わなかった。
「さぁ寒いし入るよ」
そしてパクは、入り口のドアを開ける。




