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野良猫リンクスの望郷  作者: 立花コータロー
第一章 野良猫リンクスの望郷
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第一話 都会の野良猫

12年後


イギリス イーストエンドの路地裏 


12月18日


 この街には、不釣り合いな、パテックフィリップの時計をつけ、ハイブランドの鞄を持ち、オーダーメイドの高級なスーツを纏った長身でスリムだが、胸板の厚さでかなり体を鍛えているのがわかる一人の男が雑居ビルに入いって行き、そして一階の一番奥の部屋に入っていった。

 入り口を開けると、入ってすぐに商品棚があり、ハイスペックのパソコンや年代物のオーディオ、機械じかけの人形、何かの部品などが、雑に並べられている。その男からはなんの価値もないガラクタにしか見えてないのだろう、奥のカウンターまで、脇目も振らずゆっくり進んでいた。


「年越しちまうぞ、いつまでかかるんだ、トーマス」


 長身の男はカウンター越しに座ってモニターに向かっている小太りな男トーマスに、睨みながら言った。


「クーガー、お前は本当に変わらないな、いつも俺をイラつかせやがる」

 トーマスはスナック菓子を食べながら言う。


 クーガーは、商品棚にある人形の首を持ちカウンターに打ち付けて、

「昼までにやるなら金は倍やる、できないなら警察に色々喋っちまうぞ」

 人形の体は粉々になり、首だけ持ってトーマスを威圧する。


 トーマスはニヤリとして、カウンターの引き出しを開けてハードディスクを取り出した。


「それ19世紀のオートマタなんだよ、お前に、芸術なんてわからないよな」

「…… 古い付き合いだ、その人形分合わせて、3倍なら今渡す、それでもかなり負けてやってるんだがね」

 表情を変えずじっとクーガーを見つめて言った。


 クーガーは一瞬、顔を赤くし目を見開いたが、すぐ冷静になり、鞄から言い値の現金を出して渡した。ここで居直ってもトーマスに通用しないのを付き合いの古さから知っているからだ。


 クーガーは、バーンスタインとCIAとのミッション後、得意の運転技術がいかせるレーサーをしていた、その時期にメカニックをやっていたのがトーマス。仕事もプライベートも最高のパートナーだった、そしてクーガーがレーサーをやめた時にトーマスも一緒に足を洗った。

 その後、クーガーは、バーンスタインコーポレーションの重役まで上り詰めている、今では、イギリス支社も任されている。トーマスも一時期は、クーガーとアメリカに渡り同じ会社に居たが、会社勤めは性に合わないとイギリスに戻り、得意の機械いじりを活かした商売で生活をしていた、そして色々と裏の仕事もしている。


「戻ってこいよ、トーマス」


 クーガーは、何もなかったように、ハードディスクを鞄に入れながら言った。


「へっ、ごめんだね。お前ら化け物にはついていけないさ」


 今までの険悪な空気感はすでにない。


「…… それにしても彼女は良い奴だったな、なぁクーガー」

とやさしくトーマスは言った。


 クーガーは少しの間目を閉じて、一呼吸した。


「あぁ、いい女だったよ、このハードディスクで彼女の遺族でもわかればいいんだけどな」 

出口の方に向いて言葉を搾り出すようにクーガーは言う。

 そしてそのまま出口に向かってゆっくり歩き始めた。


「また寄るよ」

とクーガーは言って店を出て行こうとした時、


「クーガー、メールぐらいちゃんと見ろよ」

トーマスは言った。


 クーガーは、振り向かず右手をあげて軽くふって店を出た。

 雑居ビルを出ると、クーガーは、立ち止まり深く息を吸う。


「…… ミシェル」


 大きく息を吐き呟いた。そして路肩に待たせてあった車に乗り込む。


「すまない待たせたな、じゃあオフィスに戻ろうか」

 運転手は黙って頷き車を走らせた。


(メールをみろか)


 クーガーは、そういえばこの二、三日、スマホのメールは開いてないなと思った。スマホに目をやると30件ほどの未読のメールがあったので目を通していた、そしてそのうちの一つのメールに目が止まった。


「ふふっ、やられたな」

とクーガーは頭を抑えて笑っている。

 運転手が、どうしましたか?と聞くと、


「うまいスコッチを飲み逃したよ」


―— 仕事は終わった、年代物のスコッチを用意している―—


と二日前にトーマスからのメールがあった。


***


ニューヨーク バーンスタインコーポレーション本社ビル


12月19日


 本社ビルは、セントパトリック大聖堂と向かい合い、隣り合うロックフェラーセンターと双璧に聳えたつ、マンハッタンでも有数な観光地である。特にこの時期の巨大なクリスマスツリーが有名で観光客やカップルでいつも賑わっていた。

 バーンスタインの本社ビルは、全長280メートルの68階建て、低層階は商業施設で有名ブランドや飲食店が入っている。60階以上は、各重役達専用のオフィスになっており、65階以上は、各重役達のプライベートの部屋として利用している。皆他に居住場所はあるが、ほぼそこで生活している。


 64階のオセロットのオフィスでは、年末特有の忙しさで殺気だっていた。

 オセロットは、書類が山積みになったデスクで頭を掻き毟りながらひたすら書類に目を通しサインを繰り返しおこなっている。

 世界でも最先端の企業なのに、決裁に関してはまだまだ書面なものが多かった。


「オセロットさん、ひと息つきませんか?」

秘書の女が声をかけた。


 オセロットは、ジロリとその女を睨んだが、一瞬で顔が緩んだ。

 その女がトレーにアールグレイティーとスコーンを持ってにっこり笑ってたからだ。


「ミア、相変わらず気が利くな」

オセロットはそう言い、眼鏡を外し、席から立ち上がって背伸びをした。


 ミアは、ティーカップにアールグレイを注ぎ、スコーンにジャムを乗せてオセロットに振る舞った。

疲れとストレスでイライラの頂点だったオセロットは、紅茶の匂いを嗅ぎ、多少落ち着いた。

 オセロットは、紅茶はアールグレイしか飲まないし、ミアのスコーンには目がない。

 オセロットは、外のロックフェラーのクリスマスツリーを見下ろしながらため息をついて、呟く。


「はぁ、他人の誕生日がそんなに楽しいかね」


「おかげで我が社は、ぼろ儲けなんですよ、イエス様々じゃないですか」

 ミアは、超現実派でロマンティックとは無縁の女であった。


「ミア、そういう時はもう少し気の利いた言葉があるだろ」


 オセロットは、ミアのそういう所が気に入ってるが、心配でもある。

 休憩の間、彼女らは、クリスマスや年末の過ごし方などを楽しく話していた。

 その時、人気女性シンガーのクリスマスソングがオセロットのスマホから流れた。

 慌ててオセロットは、スマホを取り電話に出る。


「なんだ、クーガーか、どうした?」

オセロットは、照れ隠しに冷静を装いながら電話にでた。


 クーガーを茶化しながら笑顔で話していたが、途中、一瞬で顔色が変わり、話し方も恐ろしく深刻に変わった。

(何か大変な事が起こったんだわ)

 ミアは、オセロットが長身金髪の碧眼の元トップモデル、頭脳明晰で絶えず自信に満ち溢れたドSであり人前で狼狽える姿を見せたことがない。だがこんなに深刻な顔は初めて見た。



 クーガーは、イギリスバーンスタイン社で起こった不正会計についての調査と検察への対応のため、一週間前からイギリスに滞在している。元々、イギリス支社はクーガーの担当で、一年の大半はイギリスかヨーロッパのどこかに居る。

 財務担当の人間の横領での逮捕から発覚した事件だった。

 その後の捜査で詳細がわかってきたが金の流れについては、まだこれからという事だ。

 クーガーの動きにより、会社ぐるみの不正ではなく、彼の単独による不正で我が社は被害者ということになった。


 ただ、全世界で数百万人の従業員数を抱えるバーンスタイン社でこの手の事件は珍しくない、オセロットが驚く話はこの件ではない。


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