第十一話 決裂
大統領官邸
「で、何でジウォンを攫ったんです?」
リンクスは、コーヒーを飲みながら大統領に視線を向けた。
大統領は、目の前の男の機嫌を損なわない様に慎重に言葉を選び、話し始める。
「攫ったわけではありません、彼女を保護をする為です」
大統領は、水を飲んでいるが執務室の暖房が少し強めについているからなのか、リンクスの威圧感なのか、額に大量の汗をかきハンカチで拭いている。
「あれは拉致って言うんですよ」
「滅相もない、本当にジウォンさんを守る為だったのです、信じて下さい」
「……わかりました、そこは信用します、話を進めましょう」
リンクスも国のトップを相手にしている事は十分理解している。こんな所でなるべく事を荒立てたくはない。
「それではジウォンさんの事をお話します」
(早く喋れよ)
リンクスは、少々イライラしている。
「実は、ジウォンさんは…」
その時扉をノックすると共に男が入って来た。
「大統領!お話中申し訳ございません、ですが緊急のお話が」
長官は、立ち上がり怒りを露わにし、
「今、国防に関わる緊急な話をしておる、後にしろ」
「その国防に関わる緊急なお話です」
男もここは譲れないとして覚悟を持って物申す。
「わかった、なんだ」
大統領は、リンクスに頭を下げた。
その男は、大統領の元に小走りで近づき耳打ちする。
その瞬間、大統領の顔色が一変した。
「リンクスさん、少々お時間頂きます」
リンクスの返事を待たずに、部屋を出る。
残された三人は、呆気にとられ無言になるしかなかった。
最初に口を開いたのは、副長官のソンであった。
「すいません、今、大統領も色々大変で」
長官は、ソンを睨んだ。
今の大統領は、彼の身内の不祥事で国民からも批判され、支持率もかなり低下している最中である。
それを匂わせたソンに何も話すなと視線で静止したわけであった。おかげでソンは、すいませんと言い下を向きそれ以降口を開く事はなかった。
リンクスもジウォンの事が心配であった、それ故に今の流れに非常に苛立っていた。
15分後、大統領が戻って来たが、顔色が明らかに青ざめている。
「リンクスさん、申し訳ない。事態が変わりました。お帰り頂いてよろしいですか」
「……大統領、私も子供の使いで来ているわけではないです」
続けて、
「私は、これでもかなり我慢していますよ。大事な仲間に危害が及びました。理由ぐらいはお話ししてもらわないと納得はできません」
リンクスは、それでも感情に流されず言葉も穏やかに話している。
「失礼なのは、重々承知の上で言っています、これ以上お話することはできません、お帰り下さい」
「もちろんあなたに、この様な非礼は、国益に関わるのもわかっています、私も色々ありますが、今この国の大統領、この国を守る義務があります、非礼はお詫びします、おかえり下さい」
大統領は、覚悟を決めていた。アメリカ、華裔を敵に回すほどの出来事があったのであろう。
その覚悟ある立ち振る舞いを見れば、この先何を言っても無駄だろう、リンクスは、肌で感じ取って、
「わかりました今日の所は帰ります、ただジウォンには、手を出させませんよ」
リンクスは、ここにいる意味は既にないと、席を立ち部屋を後にした。副長官が後から慌ててついて来た。
「送ります」
送りの副長官の車の中でリンクスは、今の出来事を思い返し、色々な考察をする。
(ジウォンの事を話すつもりであったのは間違いないだろう、あの時入って来た男の話が原因なのは間違いない、アメリカを捨てなくてはいけない程のこと、国益より大事なこと、という事は、中国か?中国ならわからない事もない、でもジウォンと中国に何か繋がりが?)
「うーん、わからん」
思わず言葉に出ていた。
「本当に申し訳ございません」
ソンは、謝るしかない。
「ならこっそり教えてくれよ」
リンクスは、ソンには怒りはない。
「申し訳ございません、私もこの国の人間です、国のトップが話せないと言うなら、私も裏切れません」
「そうだね、ごめん、ソンさんの立場も考えず申し訳ない」
リンクスは、こういった人間は大好きで、そんな人間には、自分の非を素直に認め頭を下げることができる。
そんなリンクスを見て、ソンは、こんな人間にこの国の頭をやって欲しいと思っていた。色々な派手な経歴関係なく、年は自分よりもかなり若いが、ソンは、リンクスを誠に尊敬に値する男と認め、
「リンクスさん、これは、私からのクリスマスプレゼントです」
そう言って手帳に何か書き、そのページを破いてリンクスに渡した。
「ここに、行ってみて下さい、私が出来るのはここまでです」
「いや、ソンさん、それはいけない、これはあなたの立場を悪くする」
「この状況で私の心配ですか、あなたの周りに人が集まるのがわかりますよ」
「私は、大好きな尊敬する男に、プレゼントしただけです」
「大丈夫です、私は、結果全て良い方向に持っていくとあなたを、その仲間を信じています」
ソンは、裏表もない笑顔でリンクスの手を握った。
「ありがとうソンさん、ハグしてもいい?」
「そんな趣味は、ございません」
二人は、手を握り合って笑っている。
おばちゃんの店で車おり、ソンと別れた。
店は、灯りが消え入り口も閉まっている。
ちょうど店の前に見張りの為止まっていた車から、ウンピョウの部下が降りて来て、ウンピョウ達はリンクスが指定した場所に移動した事を伝える。
(そういや、彼女に何も言ってなかったな)
コロコロに渡した連絡先はミサキの連絡先であった。
まぁいいかと深く考えるのを辞めている、あのマンションは、セキュリティ的にも良いし、まさかトップアイドルの所に匿われてるとも思わないだろうと、ミサキの迷惑を考えず彼らに指示していたのであった。
リンクスは、灯りの消えた店の前で、ソンからもらったメモを眺めている。
「江原か、ここに行けば何かわかるのか?」
メモには住所と店の名前が書いてある。
「まぁいいや、明日行ってこよ」
「それよか何か差し入れ買っていってやろ、腹減ったし」
リンクスは、既に自分の腹を満たす事しか考えていない。




