第九話 交渉
リンクスとおばちゃんは、店でウンピョウからの連絡をまっていた。
おばちゃんは、ずっと頭を抱えてジウォンの名前を繰り返し呟きながら項垂れている。
リンクスはというと、呑気に焼酎を飲みながら、テレビの歌番組を見ている。
「あんた、ジウォンが心配じゃないのかい」
おばちゃんは、彼の行動にイライラが隠せず言葉にも表れていた。
「ここで、オロオロしても現状変わんないよ」
虎之介が追跡してウンピョウがそれを追った、まず最悪の事はないだろうと彼は信じている。
虎之介は、あれでもかなりの戦闘力を持っており、鼻もきく。
ウンピョウに至っては、中国に出自を持ち世界中の至る所に移住した華裔の財閥、レン家の嫡子だ、どこの国にも何万人というその国に根を張った配下がいる。本人は、幼少期にお家騒動で組織に売られ恨みこそ持ている、全く興味はないが次期当主候補の一人である。
そして、恐ろしく強い。
だから、虎之介が守り、そしてウンピョウが動いた以上ジウォンを見つけることは時間の問題だと思っていた。
二人各々の感情で、その後の会話もなく時間を過ごしていたが、その空気を打ち消すかの様に、入り口の扉が勢いよく開く。
「おい、リンクスいるかぁ、こんなの拾ったぞ」
熊の様に黒く巨躯の男が、二回りも小さい男の首根っこを掴みながら店に入ってきた。
コロコロだった。
オセロットは、コロコロは戦闘狂で騒ぎが大きくなるのが面倒く連絡していなかったが、ちょうど東京での仕事が早くに終わり、カンドール国が東京から二時間もかからないという事で、ニューヨークに帰る前にジウォンに久しぶりに会おうとたまたま来たのだった。
いつもは、トラブルメーカーではあるが、この状況下では頼りになる男だ。
何故かこういった運だけは持ち合わせた男である。
二人は、もちろんジウォンを待っていたので、コロコロを見た瞬間、明らかに落胆した顔を隠せなかった。
「なんだよ、お前か!また拾い食いか?」
リンクスは、このタイミングでコロコロが入って来て、少々イラついている。
(てか、その可哀想なやつ誰だよ!)
「どっかに連絡しながら、店覗いてたから声かけたら逃げようとしやがったんだ!」
「怪しいだろ?」
(お前見たら普通逃げるだろ)
と思ったが二人とも言わない。
でもこのタイミングで確かに怪しい。
「知っていること話してもらうよ」
穏やかに言ったが、リンクスは、黙秘は許すつもりはない。
人間の壊し方は、熟知している。
男も、すでにコロコロの姿形と怪力、身軽さは見ている。
何も言わなければ、ただでは帰れないのは分かっているがこの男もプロ、何も言うつもりはない。
だがリンクスの狙いは別にあった。
「コロコロ、あれやってやれよ」
「了解」
コロコロは、不気味な笑顔をしている、
男は、この後の惨劇を想像して震えた。
「ギャー!!」
店の中に、何度も何度も悲鳴が響き渡る。
おばちゃんは、視線を外し耳を塞いでいる。
10分程、その状況だったが、とうとうリンクスの狙い通りの出来事が起きた。
一人の初老の男が店に入ってきたのだ。
初老の男は、店に入って来てすぐその惨状を見て、額に手を当てて、頭を横に振っていた。
「まんまと私は嵌められたのですね、リンクス様」
初老の男の目に映っているのは、テーブルに座った男の素足をコロコロが持って足の裏を拳で押していた、足ツボマッサージだった。
コロコロの超怪力でのマッサージは、かなりの激痛を伴うので悲鳴もでるが体調は万全になる。
「マジで来た!」
コロコロは驚いている。
「ほら金出せ」
コロコロは、ぶつぶつ言いながら100ドル紙幣をリンクスに渡す。
「カンドール国ドラマ見ろよ、だいたい来るんだよ」
刑事ドラマでは、仲間が捕まるとだいたい助けに来る、義理人情に熱い演出で定番だ。
傭兵の世界では考えられない、コロコロには、理解できない事である。
リンクスは、鋭い目で初老の男を見ながら聞いた。
「おっさん、KCIAかい?」
KCIAとは、カンドール国の情報部だ、アメリカのCIAのような物である。
「さすがは、『野良猫』のリーダーってとこですか」
「私はKCIA副長官のソンと言います」
初老の男は、穏やか笑っている。
明らかにリンクス達の情報を持っているのがわかる。
リンクスは、傭兵としての実績やビジネス界だけではない。
芸術家であり、物理学、文学、音楽、その他色々多岐に渡る才能を世界中に認められており、各分野の名だたる賞は、軒並み受賞している。
現代のレオナルド・ダヴィンチなどと呼ばれることもあった。
ただ有名人であるが、人前に出る事を嫌い、その顔を知る者はごく一部である。
そして、彼等の戦闘能力が人間離れしているのも初老の男は、知っていた。
そこにアメリカや華裔の財閥までついている。
彼等に国の機関が下手に手を出せば、国防、国益などの不利益が起こり得る。
だが、初老の男は、密かにワクワクしていた、こんな生きた伝説に会えるなんてと。
「宜しければ、私に付いて来て貰えないでしょうか」
「そこで私の上司が全てお話しします」
副長官の上司と言えば、長官以上の人物という事になる。
(結構ヤバそうな話になってきたな)
リンクスは、顎をさわりながら何が起きているのか考えたが、今のところはさっぱりわからなかった。
「行くしかないみたいだね、どうせ皆んなすぐ帰ってくるし」
副長官にそう言うと、コロコロにここでおばちゃんを守り、ウンピョウからの連絡を待ち、合流後ここに連絡しろとメモ紙を渡す。
そして副長官について店から出て行く。
***
「こんなとこ一般人が入っていいの?」
リンクスは、辺りをキョロキョロ見ながら副長官の後を歩いていた。
「あなたが言うと嫌味ですよ」
副長官は、笑っている。
二人は、緊張感もなく談笑しながら一番奥の部屋の扉の前まで来た。
「大統領!お連れしました」
副長官は、扉をノックして扉を開けた。
ここは、カンドール国の大統領府、敷地面積は、東京ドーム役5個分、夏場は青々とした芝生が広がり、周囲は木々が生い茂って大きな公園の様である。
歴史を感じさせる大統領官邸は、鮮やかなオレンジ色の瓦が、アメリカのホワイトハウスにちなんで、オレンジハウスと呼ばれている。
そして敷地内には、本館、公邸、迎賓館がある。
今、リンクスがいるのは、本館の大統領の執務室である。
扉を開けると、中には二人の男が立っていた。
一人は、グリースでガッチリ固めたオールバックに眼鏡の50代前後のインテリ風の男に、もう一人は、ニュースや新聞などでよく見た顔の大柄な男であった、大柄な男が大統領である。
三人は、形式的に挨拶と自己紹介をした。
オールバックの男は、KCIAの長官で、態度を見る限り、こちらに嫌悪感を持っている様な感じがある。
長官は、大統領に自分が話をすると言い、リンクスの前に歩み寄り、
「単刀直入に言います、あなた方は早々に今回の件から手を引いてアメリカに帰って下さい」
長官は、眼鏡のフレームを触りながら嫌味に笑っている。
大統領は、その横で視線も下げ黙っている。
「……わかりました」
リンクスは笑顔で答えた。
大統領と長官は、リンクスの意外すぎる返答に驚きお隠せない。
長官からは笑みが消え、大統領は視線を上げリンクスを見た。
「もちろんジウォンも連れていきます」
「私をこの国から出ていけと言うのであれば、私が関わる全てがこの国から撤退しますし、私が関わる全てもこの国に二度と来る事はないです、宜しいですね?」
リンクスは、大統領の目を睨みつけている。
「長官!冗談はよさんか!」
大統領は、酷く狼狽し、長官を叱責した。
長官は、引き攣った顔して、
「ですがあの女は国防を脅かします」
「長官お前は、わざわざアメリカと華裔の財閥を敵に回すのか!何の得もない!」
「もうお前は、黙っとれ!」
いつもは温厚な大統領が珍しく怒鳴り声を上げたことで、流石の長官も頭を下げ黙るしかなかった。
「誠に申し訳ございませんリンクス殿、この者も国を思っての事、何卒お許しください、私が全て語らせていただきます」
大統領は、深く頭を下げて謝罪した。
「こちらもジウォンの命が掛かってます、冗談は辞めてまず座って話しませんか?」
「…… お茶ぐらいでますよね」
リンクスは、満面の笑みをしている。
その場の三人は、鳥肌を立てた。




