prologue 紅眼のリンクス
夜の密林。獣の遠吠えと銃声が混じる死と隣り合わせの戦場。
リンクスはライフルを構えながら、背後にいる仲間たちの気配を感じていた。
猫のように静かで、獣のように鋭い。
―― 俺たちは、誰よりも速く、誰よりも強い。
だからこそ、このジャングルの「夜」は俺たちの領域。
「これが最後だ」
中央アフリカ 東部 ジャングル地帯
PM 21:37/政府軍指定ターゲット地点まで残り200m
リンクスは木の上から静かに身を起こし、ナイトスコープ越しに政府軍の野営地を見下ろした。
風が静かに草木を揺らす。
この夜の密林には、光も音も不要だった。すべてが「感覚」で伝わる。
「視認。敵兵三十六名、武装車両六、見張り台に機銃二、二階手前の部屋、そこに人質がいると思う。…… 他のメンバーは潜入完了」
通信が入った。
声の主はオセロット、スナイパー担当。彼女の空間認識能力は狂気じみている。部屋の中の目に映らない“気配”すら読み取る。
「人質を救出する。『上』を落とせ、オセロット」
「了解」
リンクスはライフルを置き、体を滑らせるように木から降りる。無音。足音一つ立てず、闇に消える。
人間には不可能な動きだ。だが“元・人間”である彼らには、日常だった。
「突入5秒前。突撃班、配置完了」
耳に飛び込んできたのは、コロコロの声だ。大柄な少年―― 一度暴れれば鉄製の壁どころか装甲車すら粉砕する“怪力”の化け物。
「いっくぞ〜ッ!」
轟音と共に、倉庫の鉄扉が内側に吹き飛んだ。あれがコロコロの「ノック」だ。
同時に、背後の茂みを駆け抜けたのはクーガーとウンピョウ。クーガーは超高速の足で敵陣をかき乱しながらマシンガンをぶっ放し、ウンピョウは背後から一人、また一人と首を刈っていく。
そして、全体を俯瞰して戦術指示を出すのが、サーバル。IQ300越え、計算時間ゼロ。すでにすべての動きは想定済みだ。
まず見張り台と二階の兵士、そして建物から出て来た兵士は、ことごとくオセロットに狙撃されていた。
「リンクス、あと数秒で二階の人質は殺されるだろう、そのまま飛び込め!」
「――了解」
リンクスは木の幹を蹴り、跳んだ。
夜の空を、紅い瞳の獣が翔けた。
ジャングルの黒い静寂を裂いて、銃声ひとつ。
敵の頭がはじけ飛び、政府軍への奇襲が完了する。
「21:45作戦終了、ホームに帰還する」
彼らは民間軍事会社エクスワイア所属の傭兵。
サザーランド隊長率いる部隊中の少数精鋭小隊を任されている。
彼らの出自は、誰も知らない。
サザーランド隊長に自称15歳の時にどこからか拾われた。そしてその人間離れした戦闘能力を高く評価され特例で傭兵として雇われていた。
彼らの戦闘中は、ネコ科の獣のようにしなやかで、音もなく速い、そして状況に応じて瞳孔が猫の目のように変わる。相対してその目を見た者はこの世にいない。なぜなら皆、彼らの牙の餌食なっているからだ。
そんな何処から来たのか、何故そんなに強いのかわからない彼らを、皆は『野良猫』と呼んでいた。
***
民間軍事会社エクスワイア本部
リンクス達六人は退社の手続きの為に、フランスのパリにある本社ビルの一室にいた。
「これで手続きは終わりです…… よく会社があなた達を手放したわね。作戦成功率トップで隊の死亡者も今までたった一人の『野良猫部隊』を。でも何で世界一の大金持ちのバーンスタイン財閥の当主とCIAがあんた達を引き抜いて行くのかしら?」
担当マネージャーは、訝しんでいる。
「俺たちと彼らとは共通の目的があるから断る理由はないよ。それに違約金で会社にかなりの大金を払ってくれたらしいし、学校も行かせてくれるらしいんだ、それにどうせ次は契約するつもりなかった、たった一人でも大切な仲間を死なせたからね」
リンクス少し切なげに答えた。
皆も一様に沈んだ表情に変わる。
昨年の作戦で一人最年長で兄貴分的な仲間を亡くし、皆次の契約更新をせず傭兵を辞めるつもりだった。そんな時タイミングよくバーンスタインからの話があり、しかも目的も一緒であったので今日の運びとなった。
「ところで学校?ははは、そう言えばみんなまだ子供だったね」
担当マネージャーは、空気を読まず思わず吹き出してしまった。
沈んでいる所、子供と言われて皆んなそれぞれわかりやすく不快感を露わにする。
「ごめん、ごめん、悪気はないよ。サザーランド隊長があなた達を連れて来てから三年。特例で入隊後、大人顔負けの活躍してたけどまだ十代なの忘れていたんだよ」
担当マネージャーは、両手を広げて弁解した。
「気にしてないよ、それより隊長は?最後に挨拶したいな。『くそったれ』ってね」
リンクスは、笑顔で言う。
「サザーランドさんは、もう次の作戦に入ってます、ただ伝言はもらってます『ガキのお守りはもう散々だ、もうこんなとこに帰ってくるなよ』だって」
「…… あの人らしいや」
皆んな鼻で笑っていた。
その後皆、少し名残惜しそうに話していると、ノックがあり、スーツ姿で六〇代半ば程の白髪の男と四〇代程の目つきの鋭い黒髪の男性、そして一〇代半ばであろうウェーブがかかった柔らかそうな茶髪の少年が部屋に入ってくる。
「ほほほ、お名残はつきませんか?」
白髪の男は、しわくちゃな笑顔をして部屋に入ってきた。
皆、その白髪の男に目がいく。
「これは、バーンスタイン様申し訳ございません、皆様を引き留めてしまいまして」
そう言いながら担当マネージャーは、思わず白髪の男のことをマジマジ見た。
「あまり値踏みされるのは好きではないのだが、ほほっ」
バーンスタインは、笑っている。
「申し訳ありません、値踏みなど恐れ多い」
担当マネージャーは、深々と頭を下げた。
この老人がリンクス達を身請けした、世界的な企業バーンスタインコーポレーションのceoであった、アメリカ合衆国の経済の中枢にいる人間である。それだけに合衆国の超重要人物として国が守っている。一緒にいる目つきの鋭い男性はCIAのエージェントである。
「ごめんおっさん、待たせたね、……でもそう言った趣味があるとは思わなかったけど」
皆んな少年に視線を移す。
「ほほほ、これは、虎之介です。私のボディガードです。この子も強いですよ。そして私にそう言った趣味はありませんので安心してください」
バーンスタインは、笑っている。そして虎之介は、皆んなに頭を下げた。
「こんなガキが強いって……」
コロコロが虎之介の前に出て肩に手をかけようとしたその瞬間、コロコロは、床に寝そべっていた。
「そんなにぃ、年変わらなよぉ」
コロコロは、虎之介に綺麗に投げられた。
皆、目が点になっている。
「虎之介、手を貸してあげなさい。そして謝罪を」
バーンスタインは、優しく虎之介を見る。
「ごめんなさぁい」
虎之介は、手を出したが、コロコロはその手を払いのけて自分で立ち上がり笑っている。
「はっはっは」
相手が強いとコロコロはよく笑う、仕掛けるつもりなのだ。
「コロコロ!退がれ」
それを察したリンクスは、コロコロを一喝した。
「ほほほ、これからの事を話したいので、ぼちぼち行きましょう」
バーンスタインが皆を促す。
エントランスまで行くと職員達が皆、それぞれ声をかけて見送る。皆、寂しいがこの子供達が二度と戻ってこないことを願っていた。
「世話になったね、みんなも元気で!」
リンクス達は手を振って本社ビルを出た。
それから数年間、リンクス達は、学業を経験し、その後、各々得意の職業につきながらバーンスタインとCIAとの壮大なミッションをひとまず終えることになる。
そして皆、バーンスタインの下にそのまま残り、その人間離れした頭脳と様々な能力で会社で登り詰めていった。




