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BAKU  作者: 不覚たん
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巨大倉庫の夢を見た(三)

 さて、巨大倉庫の第二ラウンドだ。

 とはいえ即日ではなく、数日の間があいてしまったが。コマの都合なので仕方がない。


 参加者は俺とA子だけ。おじさんはいない。

 それはいいのだが、今回は周囲が役者アクターまみれだ。作業着とヘルメットの男たちが、そこらで作業している。コンテナのチェックでもしているらしい。


「ちょっと、あんたらなんなの? ここ、部外者は立入禁止なんだけど」

 でっぷりと太った現場監督らしき男が近づいてきた。

 だらしない体にも見えるが、現場で長く働いているおじさんは力が強かったりする。正面から争うべきではない。


 俺はマウザーを召喚し、あじさんの太い足に銃弾を叩き込んだ。

 金属のコンテナが壁となっているせいで、発砲音はパキュンと必要以上に甲高く響いた。驚いた周囲の作業員たちは、血相を変えて逃げ始めた。


 我ながら冷静な作戦とは言えない。

 ここは絶海の孤島ではないのだ。誰かが通報すれば警察が来る。たとえ不法侵入であったとしても。だから、警察が来る前にすべての決着をつけねばならない。


 俺は銃を消してダウジングロッドを召喚した。

 敵はそこにいる。


 A子が「えっ? なんで撃ったの?」などと苦情を言ってきたが、俺は無視して走り出した。

 ダウジングロッドは、信じられないほど便利に機能した。主の居場所をそのまま指し示すのではなく、迷路となったコンテナをどう抜ければいいのかまで教えてくれた。

 これが百鬼夜行――。

 あまりに都合のいい機能だが。まあ夢の中に登場する魔法のアイテムなどこんなものだろう。


 やがて巨大倉庫の壁に行き当たった。鉄製の階段がある。主の野郎は、きっと上にいる。

 俺は全速力で階段を駆け上がった。遠くからサイレンが近づいている。早くしないと警察官が来て銃撃戦になるだろう。過去にそうなったときはあっけなく殺された。こっちは銃を持ってるだけのトーシロなのだ。組織化されたプロ集団に勝てるわけがない。


 二階には細い通路しかなかった。学校の体育館みたいな構造だ。クレーン操作室だけが大きくせり出している。

 中の男――おそらく夢の主は、ガラス越しにこちらを見て怯えていた。

 この手の倉庫のクレーンをなんと呼ぶのかは知らないが、港湾でコンテナ作業をするクレーンのことを「ガントリー・クレーン」という。そして、操作する人間はガンマンと呼ばれるらしい。もちろんそのガンマンは、銃など所持していない。丸腰のガンマンだ。

 いや、いい。

 銃など所持していないほうが普通だ。違法に銃を所持している人間など、たいていロクなものではない。俺だって鏡くらい見たことはある。


 俺はダウジングロッドを消去して、代わりにバタリングラムを召喚した。

 バタリングラムというのは、もとは攻城戦に用いられた破城槌のこと。クソデカ丸太に車輪のついたものが有名。現代では、特殊部隊がドアを抜くときに携行用のものを使う。取っ手のついた金属製の筒だ。質量でドアノブを破壊する。火薬を使用するタイプもある。

 俺は勢いをつけて、バタリングラムを叩きつけた。結果、ドアノブは想像よりあっけなく飛んでいった。あまりの重量に体重を持っていかれそうになったので、すぐに消去して、マウザーに持ち換えた。

 夢の中とはいえ、エネルギー保存則がどうなっているのか不思議である。


 そいつは、おじさんというほどの歳でもなかった。

 きちんと勉強をして、クレーン運転士の資格を取った立派な人物なのだろう。真面目な性格で、いつも必要以上にプレッシャーを感じながら作業をしているのかもしれない。その反動でこんな夢を見てしまう。悪意のせいもあるとはいえ。だからこの人物は、おそらくなにも悪くないのだ。

「こ、来ないでくれっ!」

「……」

 返事をする時間さえ惜しい。

 俺は狙いをつけて足を撃ち抜いた。1メートルも離れていない上、棒立ちだったから、命中させるのはさほど難しくなかった。


「あがっ……なんで……」

 もしかするとこの男は、前回の夢をきれいサッパリ忘れているのかもしれない。

 まあ俺の都合とは関係ないが。


 俺はそいつの顔面に護符を貼りつけた。

 途端、男は逆エビにのけぞり、口から白いものを突き出した。


 こんにちは、悪意。


 俺はまだ口の中にいるそいつを、宿主ごと撃ち抜いた。

 こっちはコンテナでぶっ殺されたあと、全身筋肉痛になったのだ。夢の借りは、夢で返させてもらう。


 *


 まるでRTAだった。

 ゴールが分かっているから、あとは最速で行動すれだけ。役者がいたのには驚いたが。まあ、夢の世界ではよくあることだ。主の気分で仕様が変更される。


「お疲れちゃまじゃ。茶でも飲むがよい」

 コマはゲームのNPCみたいに同じセリフを言ってくる。

 黒楽の碗に淡い緑の茶が溜まっている。

 俺はそれを無遠慮に飲み干す。

「最高だった。なにもかもが計画通りだ」

「人を撃つのにも慣れてきたようじゃの」

 コマの野郎は、穏やかな表情でそんなことを言ってくる。

「おっしゃる通り。早く次の標的を撃ちたくて仕方がない。だが、忘れないでくれ。これはあくまであんたの代行でやってることだ」

「忘れとらんよ」

 皮肉にもまったく動じない。

 圧倒的な余裕を感じる。

 こいつ、じつはかなり強いんだろうか?


 コマは、抵抗もせずA子に吸われている。

 どう見ても飼いならされたネコなのだが……。

 だが、見た目で判断するのは禁物だ。夢の世界ならなおのこと。百鬼夜行とかいうインチキじみたチートアイテムも、そもそもがこいつの私物だ。アマく見ないほうがいい。


 深く呼吸をした。

 ここは夢の中だから、たぶん気のせいなのに、やたら空気がうまく感じる。なにもかもが清浄。塵芥にまみれた地上とは、空気感があきらかに異なっている。

 いや、勘違いだとは思うのだが……。


 しばらくすると、コマを吸い飽きたらしいA子が近づいてきた。

「お兄さんさ……。少し、いい?」

「いいよ」

 時間なら腐るほどある。

 目が覚めるまで、俺はここから離れられないのだ。いや、離れないで済んでいる、というべきか。


 彼女は隣に腰をおろした。長い話になるんだろうか。

「こないだは、ごめん。あたしのせいで、あんたまで死ぬことになって……」

「べつに気にしてない。あんたも気にしなくていい」

「気にするよ」

 俺たちは顔を合わせなかった。

 ただ、遠くの空を見つめていた。なにもない、文字通り空っぽの空を。


「あたしのせいで、あんたの寿命を減らしちゃったんだよ? 人のこと、傷つけちゃった……。どうやって返したらいいのか分かんない……」

 横目でチラと見ると、彼女は深刻そうな顔をしていた。

 そんなふうに考えていたとは。

「もちろん俺だって、簡単に考えてるわけじゃない。けど、本当に死にたくないなら、そもそもこの仕事を引き受けなければいいだけの話だ。つまり……まあ、引き受けた以上は、生じるリスクも一緒に引き受けないといけない。事故はいつでも起こりうる。今後もね。大事なのは、繰り返さないように改善することだ」

「でも……」

「あんたは前進できる人間だって信じてるぜ。少なくとも、なにも考えずに生きてるようなタマじゃないだろ。そういう人間を、俺は信頼してる。機械的に自己肯定を繰り返すだけの連中とは明らかに違うからな」

 さすがに言い過ぎか。

 だが、ウソを言っているつもりはない。


 彼女はなにかを言いかけたが、それを飲み込んだように見えた。

「じゃあもうイッコ」

「ん?」

 いまのが本題じゃなかったのか?

 いちど返事を飲み込んだのは、最初の話を広げる気がなかったからかもしれない。

「あたしを助けたこと、悪く言ってごめん。あんたの寿命が減ったとき……。あたしも、あんたに死んで欲しくないって素直に思って」

「ああ、その話か……」

 そういえば、こじれたままだったな。

 ウンベルト・エーコとフンボルトペンギンの聞き間違えが原因とは思えないほどキツく怒られたが。


 彼女はこちらを見た。

「でも、ちょっと分かったよ。相手が誰であっても、たぶん、そういう気持ちになるんだなって……。だから深い意味なんてなくたって、困ってる人がいたら、助けたくなるんだって」

「その件に関しては俺も少し考えたよ。まあ、ロクでもない結論だったけど」

「なにそれ?」

 ロクでもない、というのは、俺の考えのことなのだが。

 急に警戒させてしまった。

「なあ、A子さんよ。薬と毒の違いって分かるか?」

「はい? 違いって? どう考えても別物でしょ?」

 大人ならともかく、子供ならこの程度のリアクションになる、か。

「まあ別物だが。根本的なことを言うと、違いはないんだ。人間にとってプラスなら薬って呼ぶし、マイナスなら毒呼ばわりだ。いずれにせよ、それらは物理法則に従って反応するに過ぎない」

「なに? 難しい話?」

「つまり善悪ってのも、そういうものだってことだよ。こっちが善のつもりであろうが、相手が嫌がるなら悪になる。逆もある。両者が一致したときだけ話を理解できた気になるが。仮に食い違ってたとして、そのまま理解すればいいだけの話なんだ」


 A子は機嫌を損ねたのか、少し怒ったような顔になった。

「受け手の問題ってこと?」

「いや、運の問題だ。今回たまたま食い違っただけ。誰のせいでもない。怒るようなことでもない。こんなんで争ってたら、世界から争いが消えないぞ」

 そして実際、消えていない。

 彼女はなかば哀れむような表情になった。

「あんたってさ……なんなの? 神サマにでもなったつもりなの? 主語が大きくない?」

「いいだろ、別に。間違ったことを言ってるつもりはないんだから。気に食わないなら無視してくれ。人類同士の会話ってのは、たいていが仮説のぶつけ合いだ。この地上の人類は、誰も正解など有していないんだからな」

「ほら、また人類とか言ってる」

「何度でも言ってやるよ、必要ならな。今後も遠慮なくクソデカ主語で喋らせてもらう」


 だいたい、主語がデカいからなんだというのか。

 もし小さな主語でしか話せないなら、人は自分のことしか話せなくなるはず。ところが、自分のことしか話さない人間はいない。他者には「主語が大きい」と苦情を言っておきながら、自分は自分以上の主語を使う。それはたいてい、他者を黙らせる手段にしかなっていない。

 俺は大きな主語を使うのはいいと思っている。

 論拠は、俺が構造主義者の信奉者だからだ。

 構造主義は古い、と言う意見もあるが、古いからといって否定されたわけではない。ポスト構造主義という試みもあるが、それらは構造主義を否定するものではなく、むしろ構造主義を補完し、発展させるものだ。つまりいまでも有効。それどころか圏論として発展してさえいる。

 もっとも、そんなことを説明したところで、またA子に非難されるのがオチだが。


「まあ、なんじゃ。茶でも飲むがよい」

 コマが空気を読んで茶を出してきた。

 せわしく作業をしていると思ったら。

「ありがとう」

 俺は虚空を眺めながら、碗から茶をすすった。なんの期待もなく。しかし一口すすった瞬間、不意に、心が穏やかになった気がした。

 味など分からないはずなのに。

 ほどよいぬるさ、きめ細かい泡、なめらかな舌触り。そういうものが、身体に影響を及ぼしたのかもしれない。

 思考ではなく、感覚で感情をコントロールされるとはな……。


 A子も「おいしい」などと顔をほころばせている。


 そういえば昔「ケンカをしたらメシを食え」と言っていたヤツがいた。

 当時はバカみたいな理屈だと思ったものだが。

 意外と正しかったのかもしれない。

 どう理屈をこねたところで、俺たちが動物であることに変わりはない。理性だけで自分をコントロールしているわけではないのだ。感覚から受ける影響は大きい。


 メシはいい。

 特に、家族で囲む食卓は……。

 それはあまりにも平凡で、退屈で、当然のように毎日続いていたものなのに、失ってしまうと二度と手に入らなくなる。


 このコマとかいう妖怪は、なぜ俺を手駒に選んだのだろう?

 まさかとは思うが、こちらの事情をすべて把握しているのでは……?

 俺が絶対にこの仕事を辞めないと分かった上で、無償で働かせている。


 じつはA子が選ばれたのも偶然ではないのかもしれない。

 おそらく同業のおじさんも……。

 みんな事情を抱えている。それも、悪意によるものも含めて、夢に関する事情を。正しいかどうかは分からないが、ぱっと思いつく共通点はそれだ。


 少し怪しく思えてきた。

 コマには、そうまでしてなぜこの慈善事業を?

 人助け以外にも裏の目的があるのでは?


 だが当のコマは、ただ平和そうにぽけーと座っている。なにも考えていないような顔で。

 日向ぼっこ中のネコよりも思考力がなさそうだ。

 A子になでられても、されるがまま。


 俺の考えすぎだろうか?

 だとしたら、この妖怪は善意だけで行動していることになるが……。


(続く)

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