巨大倉庫の夢を見た(二)
「待ってくれ。撃たないように。同業者だ」
姿を現したのは、スーツ姿の中年男性だった。
痩せこけて青白い顔をしている。
目は死んでいる。
手にはパワーストーンのブレスレット。それを見せてきたということは……確かに同業者なんだろう。だが、同業者とは?
俺がなにかを言う前に、彼はこう続けた。
「コマちゃんに依頼されてね。ルーキーの手伝いをして欲しいと」
「なんです? 俺のほかにもこんなクソ仕事を引き受けてる人がいたんですか?」
「そう。いたんだ。無償でね。理由は聞かないでくれ。おそらく君たちと同じだろうけど」
飄々とした人物だ。
背は俺より少し高いか。しかし強そうには見えない。というか生命力が高そうに見えない。まあどうせ銃を使うんだろうから、戦力はこちらと同等と見ておいて間違いないが。
彼はネクタイを直した。
スーツもネクタイも、なんだかデザインが古い感じがする。いや、ファッションのことは詳しくないが。少しオーバーサイズというか。単に体のサイズが合っていないだけだろうか。
とはいえ、俺が知らないだけでハイブランドかもしれないから、あえて口にしないでおこう。こういうのを元気よく指摘して、恥をかいたことは一度や二度ではない。
「手伝ってくれるんですか?」
「簡単にね。おそらく百鬼夜行の使い方もまともに説明されてないだろうから」
ブレスレットのことだ。
念じれば武器が出る。
ほかに使い道があるのか?
俺はマウザーを召喚して、彼に見せた。もちろん銃口を向けたりはしないが。
「いちおう知ってますよ、使い方」
「武器以外には?」
「あるんですか?」
すると彼は、くの字に曲がった棒を二本、召喚した。
なんかどこかで見たような……。
「ダウジングを知っているか? 昔の人は、これで水脈や鉱脈を探していたんだ」
「えっ……」
非科学的。
だが、この夢の世界では、説得力がある……ような気がしないでもない。
「ところで、さっき口論していたのが聞こえたんだが……」
彼は突然そんなことを言い出した。
いまは道具の説明に集中して欲しいんだが。
「いえ、べつに。もう終わりましたし」
俺がごまかそうとしたのに、A子が話を膨らませにきた。
「この人、あたしのこと殺してくれないんです」
場が凍る。
こんな物言いでは、どう考えても俺のほうが正常で、A子のほうが異常だと思われるだろう。いちどプレゼンテーションの勉強をしたほうがいい。
だがその瞬間、無表情だったおじさんが、にぃと獰猛な笑みを浮かべた。
「君は、死にたいのかい?」
「えっ……」
A子が身をすくめた。
というか、俺の皮膚もざわざわした。
このおじさん、温厚そうに見えて、じつはサイコパスなのかもしれない。俺だって、人様の足を撃つことに対する抵抗もなくなってきている。もっと長くこれを続けている人間なら、それ以上だろう。
おじさんは、狂気じみた笑みを、すっと温厚そうな笑みに変えていた。
「しかしねぇ、君。簡単に死にたいなんて言うものじゃないよ。いや、失礼。簡単だなんて決めつけるべきではないかな。だけど、それは自分で処理すべきことであって、他人に頼むようなことじゃあないんだ。他人というのはねぇ……あまり信用しちゃいけないんだよ。極限的な状況では、特にね」
「はい……」
A子もさすがにおとなしくなってしまった。
このおじさん、怖すぎる。
絶対になにかやらかした過去のあるおじさんだ。気軽に命の相談をしてはいけない。
「あ、えーと、ダウジングについて教えて欲しいんですけど」
俺は慌てて話題を変えた。
早く主を見つけて、この夢を終わらせなければ。
おじさんの返事はこうだ。
「その前にひとつ。先日、君が絶海の孤島で殺した少年、じつは私の息子でね」
「えっ……?」
なんだ?
それで、俺に復讐しに来たのか?
彼はゆっくりと頭をさげた。
「礼を言わせて欲しい。いや、ここは謝罪すべきかな。息子がああなったのは、私に原因があるんだ。私は、あまり息子と向き合ってこなかったからね。それで自宅にあった古いビデオばかり見るようになって……。あんなよく分からない夢を……」
「いえ、頭をあげてください。こちらこそ、なんと言ったらいいのか……。え、でもなんでそのことを? 見てたんですか?」
「あの仕事を、最初にコマちゃんから打診されたのは私だったんだ。でも、どうしてもできなくてね……。だから私は、君たちに恩があるんだ」
恩、か。
最終的に撃ち殺してしまったが。
しかしあのまま放置していたら、ゾンビに喰われて死んでいた。
「その後、お子さんのご様子は?」
「変わらないよ。きっと本人はなにも覚えてないだろう。そういう性質のものだからね」
つまり助けても感謝されることはない。
最初から、感謝など期待すべきではないと分かっていても……。
それはそれとして、夢の主の正体が分かっていたなら、あらかじめ教えてくれればよかったのに。
なぜ俺に探らせたのだ?
ギリィ、と、嫌な音がした。
近い。
そちらへ目をやると、クジラほどあろうかというサイズのコンテナが、軋みながら浮き上がっていた。
見ているだけで、巨大な重力と、それに拮抗する頑丈な金属への荷重が感じられた。そんなもの、視認できるエネルギーではないのに。きっと、脳が、本能的にヤバいものだと認識したのだ。
コンテナは躊躇なく水平移動し、おじさんなど最初から存在しなかったかのように、その場へ設置された。
たぶん、潰されたのだろう。
それがそれと分からないくらいあっけなく、大きな質量で。
俺はA子の腕をつかんだ。
「狙われてるぞ! 走れ!」
「えっ? えっ?」
おそらく迷路をさまよったところで、主には遭遇できなかったはずだ。
なぜならそいつは、クレーンの操縦士だったのだ。
クローズドサークルで現れた殺人鬼のようだ。
クレーンがコンテナを持ち上げ、こちらを追いかけてきた。
だが、角を曲がると、クレーンは対応できず、コンテナにコンテナをぶつけてとんでもない音を立てた。たとえるなら……。いや、たとえることができないほど大きな破壊音。
音はエネルギーだ。俺はかつて、ここまで巨大なエネルギーの立てる音を聞いたことがない。間近で聴く除夜の鐘ですら紳士的に思える。
「ひっ」
あまりの音の大きさに、A子が足を止めてしまった。
目までつぶっている。
「ダメだ! 走れ!」
「待って……」
「待たない! いいから足を動かすんだ! 死ぬぞ!」
いくら死にたいとはいえ、彼女は楽に死にたいのであって、痛そうなのは絶対にイヤなのだ。
まあこのレベルのコンテナなら、即死すると思うが。
*
案の定、即死した。
無名閣には、コマちゃんのほかに、おじさんもいた。のどかに茶など飲みながら。俺たちはやや遅れての参加、というわけだ。
「最悪だ……」
死は一瞬だったはずなのに、体の奥にまだ痛みが残っている感じがした。後遺症だろうか。いや、単に寿命を食われるだけで、具体的にどこかが故障するわけではないはずなのだが。
A子はうずくまって泣いている。
何度も「ごめんなさい」とつぶやきながら。
苦情のひとつくらい言ってもバチは当たらないと思うが、俺はそれでも溜め息だけついて、責めないことにした。
「ま、次はうまくやろう」
死ぬのはこれが初めてじゃない。
だからだいぶ寿命は食われているはずだが……。怖いから、具体的にどれくらい寿命が減ったのかは確認していない。数字に怯えながら暮らすよりも、知らぬ間に来て欲しい。
「お疲れちゃまじゃ。茶でも飲むがよい」
「ふん」
疲れたなんてもんじゃない。
俺は無遠慮に茶をすすった。
味もしない茶を。
おじさんが疲れ切った顔のままふっと笑った。
「ダメだったようだね」
「ええ。ダウジングする間もなく殺されちまいましたよ。あの野郎、上から一方的に……」
体の痛みが引かない。
きっと目を覚ましてからも、現実世界でバキバキになっているはずだ。死の瞬間、身体はありえないほど硬直する。
ゆらりと立ち上がったA子が、コマに近づいていった。
「吸ってもいい?」
「すいーとめもりー? はぅ……」
コマの幻聴を無視して、A子は背後に回って吸い始めた。
まあ吸うだけで気持ちが落ち着くなら、いくらでも吸えばいい。このコマとか言う妖怪は、それ以外になんの役にも立っていない。
俺はしばらく空を眺めてから、こう尋ねた。
「なあ、コマちゃんよ。もちろん次もあるんだよな?」
「おぬしが望むなら」
「リベンジさせてくれ。今度はうまくヤる」
「ムリせんでもええんじゃが」
気遣うような顔をしやがって。
誰のせいで寿命が減ってると思ってるんだ。
「ムリじゃない。ヤる」
あいつの命を奪わないと気が済まない。
こっちは人を救いたくてやってるんじゃない。自分の夢を見たくないから、他人の夢に介入しているだけだ。苦痛から逃れるために。
苦痛の代償は苦痛だ。
不毛であろうと、そうなのだ。それは他で代替できない。口ではなんだかんだ言ったところで、この世は、気に食わないヤツをぶっ飛ばす話ばっかりじゃないか。俺だって例外じゃない。ヒトという種の遺伝子は30万年ほど変化していないのだ。湧いてくる感情もだいたい同じだろう。俺が個人的に変更できる話じゃない。
つまり、命を、奪う。
ほかに動機はない。
(続く)




