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BAKU  作者: 不覚たん
7/20

巨大倉庫の夢を見た(一)

 殺風景、というのが第一印象だった。


 その日の舞台は巨大倉庫。

 色とりどりのコンテナが山積みになっており、高い壁となっているせいで、さながら迷路のようになっていた。

 天井は信じられないほど高い。

 スタート地点もゴールも分からず、いきなりその中に放り出されたわけだから、もちろん現在位置も分からない。予想さえつかない。コンテナと天井しか見えない。


 人の気配はない。


 俺は頭を抱えた。

 人が多すぎて主を特定できないことはある。

 だが今回は、そもそも人と会うことさえ難しそうだ。


「え、なにこれ。なんか怖いんだけど……」

 A子は今日も来ていた。

 学生服にパーカー。こんな倉庫に来る格好ではない。

 そういう俺も……休日用のどうでもいいシャツとズボンだから、人のことは言えないが。


 天井からの照明で、暗くないのがせめてもの救いだ。

 これで暗かったら、怖くてどこにも行けなかったところだ。


「なあ、A子さんよ。俺はこうして他人の夢に入り込むたび、いろいろ推理してきたんだ」

「なに推理って? 探偵気取りなの?」

 いや、探偵は関係ない。

 分からないことがある場合、人は予想を立てる。普通のことだ。もし予想を立てない場合、行動はランダムになる。

 まあランダムというのもじつはウソで、人には「行動傾向」というものがあるから、その傾向に従って行動することになるわけだけど。なにも考えずに行動した場合、常に似たようなルートをたどることになるだろう。


「まあとにかく……ハッキリ言うと、俺の推理は役に立っていない」

「知ってるけど」

「いや分かってない。現実世界では、俺の推理はまあまあ正確なんだ。少なくとも、ぼうっと生きてるヤツよりはな」

「なに? 自慢?」

 こいつの口は苦情しか言えない構造にでもなっているのか?

 まあ反論すらしてやらんが。

「だが、夢の中では別だ。信じられないほど精度が下がる。考えてもみてくれ。ゾンビだのサメだの……あんなのが出てくるほうがおかしいんだ。予想できるほうがどうかしてる」

「負け惜しみじゃん」

「そこで俺は考えたんだ。思考が論理的じゃないヤツに予想させたほうが、当たるんじゃないかってな」

「で、なんでこっち見んの?」

「予想してくれ。主はどこにいる?」

「死ねよ」


 不毛なやりとりだったな。

 時間とエネルギーをムダにした。


 俺は非論理的な助手の頭脳を借りるのをあきらめて、コンテナの奥を覗き込んだ。コンテナしか見えない。もし現実でこんな倉庫に迷い込んだら、たぶん泣いてる。もしくは誰も出てこないと思って、全裸で踊り始めるか。だが全裸で踊ったところで、さして楽しくはあるまい。孤独は人の心を蝕む。


 後ろから弱パンチが飛んできた。

「ねー、ちょっと! 無視しないで!」

 デュクシ。

 小学生男子か、こいつは。

「なんだよ? じゃあこの俺に代わって、推理でもしてくれんのか?」

「だから、推理とかムリじゃん。しょせん夢なんだから」

「夢は夢だけど、物理法則は成立することになってるんだ。なにかヒントがあれば、そこから予想を立てることはできる」

 喋ってる間も弱パンチを撃ってきている。

 まるでサンドバッグだ。


「ちょっともう、やめなさい。集中できないから」

「怒んなくていいじゃん……」

「怒ってないよ」

 俺はこいつを一度も銃殺していない。

 つまり怒っていないと言える。

 Q.E.D.


 するとA子はパンチをやめて、おとなしく話を続けてきた。まだ話すようなことがあるのかはともかく。

「あのさぁ、勘違いしないで欲しいんだけどさぁ」

「なに?」

「あ、私も勘違いしないようにするけど……」

「はい……」

 なんの話だ?

 少し振り返ったが、完全に俺の背後に回り込んでいたから、顔は見えなかった。まあ近くにいるならそれでいいが。

「あんたさ、コマちゃんのことどう思ってんの?」

「は?」

「あ、でも先に言っておくけど、コマちゃんはあんたのこと好きじゃないと思う。たぶん。タイプじゃないっていうか」

「そう言ってたのか?」

「違うけど……。でも分かるから」

「そうかよ」

 どうでもいい情報が投下された。

 これは俺の「推理」を妨害する効果しかない。

 射殺したほうがいいのだろうか?


「あんたはどうなの?」

「かわいいと思うぜ、ネコみたいで」

「ネコじゃない」

 それは分かる。

 ネコは二足歩行しないし、あんなにのじゃのじゃ言わない。

 だが、耳と尻尾がついているから、動物っぽい印象はある。そこはかわいいと思う。祖父母の家にいたネコを思い出す。


 会話は終わり、かと思いきや、A子はまだ話を続けてきた。

「あたしのことはどうなの?」

「どうって?」

「だから……かわ……前に……かわいいって言われたから……。もしかして好きなのかと思って」

 俺はあえて振り返らなかった。

 かわいい?

 言ったことがあっただろうか?

 ことによると、呪いのオカッパ人形界隈では一番の美少女かもしれないが。もしそんなことを言えば、百倍の罵倒となって返ってくるはず。しかしそんな記憶がないということは、言っていないということだ。


「言ったっけ?」

「は?」

 若い女を見るたびかわいいと言う男はいるかもしれない。

 だが、俺はそうじゃない。

 この女の面構えは嫌いじゃないが、その背景の複雑さを想像すると、あまり安易に踏み込む気になれない。歳もだいぶ離れているだろうし。

 大人はガキになにかをしかけるべきじゃない。俺が男であろうが女であろうが。


「ペンギンみたいって言った。え、あれバカにしてたの?」

「ペンギン? いつ?」

「無名閣で……」

 ペンギンとは?

 呪いのオカッパ人形と聞き間違えているわけではなさそうだ。


「忘れちゃったけど、なんとかペンギンって言ってた」

「じゃあきっとそのペンギンに似てたんだろうな」

「あ、思い出した。フンボルトペンギンだ。え、普通のペンギンとなにか違うの?」

「はいはい。俺も思い出しましたよ。ウンベルト・エーコのことだろ? A子なんて名乗るから」

「は?」

 ウンベルト・エーコはイタリアの学者だ。

 記号論で有名。

 たぶん。

 俺もよく知らない。調べものをしていると、名前だけたまに見かける。


「え、なに? 人の名前? あたしがそいつに似てるってこと?」

「似てるっていうか。名前だけだよ。その人、男だし」

「なんかムカつくんだけど……」

「お詫びして撤回いたします」

 それより主を探す手伝いをしてくれないだろうか。


「あんたさぁ、自分のこと頭いいとか思ってんの?」

「質問に答えてやってもいいが。そっちこそ、俺がイエスと答えた場合と、ノーと答えた場合とで、あらかじめリアクションを用意してるんだろうな? 特に答えを求めてるわけでもないのに、質問を装って俺の頭脳労働を妨害してるんだとしたら、さすがに怒るぞ?」

「うっざ……」

 イエスとかノーとかいう問題以前だったようだな。


 そもそも、なぜ俺はこんなに怒られているのか。

 なぜ彼女は怒っているのか。

 かわいいって言われたかったのか?

 そんな言葉を欲しがるタイプにも見えないが。だいたい、こいつは世界の全てを嫌っているとしか思えない。そういう目をしている。あくまで「外見で判断」すると、そう。内面は知らない。


 それはそれとして、ときおり遠くから凄まじい騒音が聞こえてくる。

 ギィィと金属の軋む音。

 ただし衝突音はないから、コンテナが倒れているわけではなさそうだ。

 ずっと向こうのほうで、クレーンがコンテナを運んでいるのかもしれない。


「おい、Q坊!」

 いきなりA子から呼び捨てにされた。

 本名ではないが……。

「なんだよ?」

「じゃあ、あたしのことはどう思ってるワケ? あたし、早く死にたかったのに。勝手に助けに来たかと思ったら、そのあと特にどうでもいいみたいな扱いしてさ……。どうでもいいって思うなら、最初から助けないでよ。それともなんなの? 考えもナシにヒーロー気分で助けてたの? 自己満足ってこと?」

 いきなり後ろから苦情を飛ばしてきた。

 まあ一理あるような気もするが……。


 俺は向きを変えて、A子と向き合った。

「すまん。深く考えてなかった」

「はぁ?」

「だけど死んで欲しくなかったってのは本当だ。少なくともあのときはな」

「いまは?」

「でも俺に選択肢はなかった」

「それって責任転嫁でしょ?」

 正直、同じレベルで怒る気分になれなかった。

 両者の間にはいくらか温度差がある……。

「苦情はコマちゃんに言ってくれ」

「殺してよ、じゃあ。あんたの銃で。そこらのモブを殺すみたいにさ」


 そうまでして死にたいのか?

 生きたくても生きられない人間もいるのに?

 いや、生きたいと思えている人は、その時点で、すでにいくらか幸福なのかもしれない。

 ところが彼女は、そう思えないような状況に置かれている……。

 前提条件が非対称だ。両者を安易に比較するべきじゃない。


「俺は殺したいと思ったヤツしか殺さない。そしていまのあんたは、その条件に該当しない」

「どうしたら該当するの?」

「さあな」

 これだけワーワー言われて殺す気になれないのだから、もっと根本的に妨害してくれないと該当しないだろう。

 それに、俺はたぶん、彼女に自分を重ねている。死んで欲しくないと思ってしまっている。このハードルは高い。


 消沈してしまったのか、返事はなかった。

 俺は彼女に背を向けて、コンテナの奥を覗き込んだ。やはりコンテナしか見えない。ここにいてもなにも解決しないだろう。どこかへ行かなくては。


 闇雲に移動すべきではない。

 移動するにしても、目印をつけながら移動するべきだ。たとえばコンテナに傷をつけるとか。しかし音で推測するに、コンテナは常に移動させられている。

 まるで構造の組み変わる迷路だ。

 もしかするとここには、入口も出口もないのかもしれない。


 ふと、靴音が近づいてきた。

 主か?

 それとも役者アクターか?

 役者なら絶命させてもいい。だが、それでも最初に撃つのは足だ。誤射だった場合のリスクを考えると、ほかに選択肢はない。


(続く)

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