表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BAKU  作者: 不覚たん
6/19

銀河鉄道の夢を見た(二)

 なぜ俺が……あまり生きることに前向きじゃないのか。

 それには理由がある。


 物心ついたころ、俺はたぶん幸福だった。なに不自由なく暮らしていた。

 父親は、あんまり話したことはない……のだが。少なくとも、悪人ではなかったように思う。俺にはうるさく言ってこなかった。その代わり、なにを考えていたのかは……よく分からないままだった。

 母親は明るくて快活な人だった。外面がよくて、なんでも安請け合いしてしまう。それでずっと忙しそうにしていた。


 小学校五年生のころ、一軒家を引き払って郊外のアパートに引っ越した。

 親からの説明はなかった。

 夜中に父と母がなにか言い合っているのは気づいていたが。

 治安のよくないアパートだった。ほぼ毎日、周囲の誰かが大声をあげていた。家庭内で言い合っていたり、借金取りとケンカしていたり、酔っ払いが喚いたり、理由は様々。


 中学二年生のころ、父親が急にこんなことを言い出した。

「いまからみんなで死ぬぞ」

 父も、母も、顔面蒼白だった。

 いまでも克明におぼえている。

 あまり片付いていない手狭な部屋で、三人でテーブルを囲み、重苦しい空気の中、それは一方的に告げられた。

 これから山に入って、みんなで首を吊って死ぬのだと。


 だから俺は言った。

「いいけど、理由の説明はないの?」

 なんとなく暗い未来が待っている予感はあった。

 かといって、理由の説明もなく死ねとは。親とはいえあまりにもあんまりだろう。さすがにバカなのかと思った。


 理由はこうだった。

 母親が、他人の借金の保証人になっていたのだ。で、そいつが飛んでしまい、うちが肩代わりして払うこととなった。何千万もの大金を。

 それが払えそうにないから、死ぬのだと。


 いや、いいのだ。

 頑張ってもムリなことはあるだろう。本当にどうしようもないことなら。

 だが、これは金の話だ。

 働けばいくらかは手に入るのだ。幸い、俺たちはみんな健康だったし。


「借金はいくら残ってるの? それは俺が働いても返せない額なの?」

 俺がそう尋ねると、両親は黙り込んだ。

 そのまましばらく時間が経ってから、父が蝋人形みたいな顔でこう言った。

「高校には行ってくれ」

「分かった。高校には行く。それでバイトもする。そのお金、家に入れるから。それでもう一回、計画立て直して欲しいな。いまんとこ、俺の意見がひとつも反映されてないからさ。そんなんで死ぬの、俺絶対にイヤだから」


 俺の意見は通った。

 両親も、誰かに止めて欲しかったのかもしれない。


 その後の生活は幸福ではなかった。

 かといって、不幸とも言い切れなかった。

 俺たち家族は、ひとつの目的に向かって、全員で協力しながら生きた。

 父親に大きな変化はなかったが、母親は変わった。堅実になった。あまり金をかけずに、それでも生活が豊かに見えるよう配慮してくれた。テーブルに突っ伏して眠っていることもあった。

 みんな疲れ果てていた。だけど助け合った。


 俺が高校を卒業して、工場に勤務すると、返済も格段に進んでいった。

 そして俺が二十四になったとき、返済が終わった。

 なんというか、ついに、ついに……やり切ったんだという気持ちになった。あとは自分たちで稼いだお金を、自分たちのために使える、と。


 だけどその後、両親が車での移動中、事故で亡くなった。

 大型車両に突っ込まれて死んでしまったのだ。

 これからだってときに。


 親を殺したヤツは、そのときに死んでしまった。

 死亡保険はいくらか入ってきた。

 数百万。

 二人の人間が死んだにしては、安すぎる額。たいした保険に入れなかったのだから仕方がない。一部は葬式代で消えた。


 *


 俺は両親の死については伏せた上で、少女に事情を話した。

 こんな人生でも、生きている意味はあるんだと伝えたかったのだ。いや、伝えたかったというのはウソで。俺はただ、自分に言い聞かせたかっただけだ。これだけやってきたのに、いま死んだらそれこそバカみたいだと。


 少女はじっと聞いていた。

「そうなんだ。じゃあ、いまは幸せってこと?」

「まあ、最悪の状況ではないな」

 うちはなんとか盛り返せた。

 だが、ダメだった可能性もある。誰か一人でも怪我や病気をしていたら、きっと立て直せなかっただろう。運がよかったのだ。いや、運は悪かったが、それでも最悪ではなかった。不幸中の幸いというヤツだ。


「あんたの事情は分かった。次はあたしが言う番……だよね? でも……全部言うのは……」

「いいよ。言わなくても。結局、なんだかんだで俺の問題は解決しちまったんだ。あんたの参考にはならないだろう。うまくいったヤツの話なんて、たいていそんなもんだからな」

「そうかも……」

 申し訳なさそうな顔をしている。


 俺は立ちあがった。

「せっかくの銀河鉄道なんだ。こんなとこにいないで、客車に行かないか? 窓の外、なかなか壮観だぜ」

 所詮は偽物の景色なのだが。

 それでも、美しいと感じてしまう。


 *


 気がつくと、俺たちは無名閣にいた。

 術が解けたのだ。


「え、なにこれ? どこ?」

 少女はキョロキョロしていた。


 数秒前まで電車に乗っていたのに、急に青空の上に飛ばされたら不思議にも思うだろう。

 実際、不思議ではあるのだ。

 夢の主を無名閣に連れ出してくるなんて。


「ここはわしの家じゃ。楽にするがよい」

 ゆっくりと尻尾を振りながらコマが近づいてきた。

 こいつは「自分がルール」みたいなものだから、その場の気分だけでなんでも勝手に決めてしまう。俺が苦情を言っても聞きやしない。


「誰? コスプレ? なんなの?」

「コスプレではない。わしは夢を操る神じゃ。コマちゃんと呼んでよいぞ」

「え、なに? 大丈夫?」

 こんな怪しい獣を心配してやるなんて、優しいところもあるのだろう。

「大丈夫じゃ。茶を点てたので飲むがよい」

「え、なにこれ? 飲んで大丈夫なやつ?」

「大丈夫じゃ。あんまり言うとわしも泣くぞい」

「なんかごめん」

 安易な泣き落とし。

 それにかかってしまう少女。

 人生経験の違いが如実に出た。


「おぬしに悪意がついとるのは知っとるな? わしは、そんなおぬしを助けたいと思うておってな」

「わあ、おいしいお茶だね」

「そうかそうか。お代わりもあるぞい」

「うん。あとでもらうかも」


 精神を夢に委ねている間は、食べ物も飲み物もおいしく感じることができる。

 しかし現実のほうにチューニングすると、味は感じなくなる。

 楽しく騙されていられるのも最初のうちだけだ。


「もしよかったら、おぬしの悪意を、取り除かせてはくれぬか?」

「私を助けてくれるの?」

「うむ。まあ、現実世界の手伝いはできぬが……。今後、夢の中で命を食われることはなくなるはずじゃ」

 少女が現実世界でどんな苦難に直面しているのかは、いまだに知らない。

 ただ、コマがやたら気遣うような顔をしていたところを見ると、かなり深刻なのだろう。まあアルコール絡みというのはなんとなく予想できるが。


「ほれ、Q坊、この娘に護符を貼るのじゃ」

 この妖怪は、人を無償で働かせておいて、Q坊呼ばわりしてくる。

 いちいち反論もしないが。


 少女も半笑いになった。

「え、Q坊? それがあんたの名前?」

「ただのあだ名だ。本名じゃない」

「なんか窮乏してる人みたい」

 実際にしてたんだよ。

 余計なお世話だ。


「じゃあ貼るぞ」

「え、どこに? 変なとこ触らないでよ? 触ったら怒るから」

「頭に貼る」

「なんかえっちくさいんだけど」

 こいつはいちいち……。


 *


 その後、悪意をミンチにすることはできた。

 少女は涙目でへたり込んでしまったが。


「最悪なんだけど! 気持ち悪い! 吐きそう!」

「いま吐いたばっかだろ」

「なんでそんなこと言うの!? 大人なのに! 最低! 最低男!」

「……」

 べつに最低男で結構だ。

 人に好かれたいなんて思っちゃいない。


 コマは汚れ仕事をすべて俺に押し付けておいて、さも他人事みたいな態度だ。

「A子や、茶でもどうじゃ? 腹の中を洗いたかろう」

「うん。ありがと、コマちゃん。優しいね」

「苦しうない」

 ふざけやがって。苦しいのはこっちのほうだってのに。


 *


 ターゲットを射殺することなく悪意を排除できたのはよかった。

 だが、問題はそのあとだ。

 なぜかA子が俺の仕事についてくるようになった。きっとコマのお気に召したのだろう。あるいは現実世界でなにかあったのかもしれない。

 情報が開示されていないので、正確な理由は分からない。

 分かっているのは、俺の負担が増えたということだけ。


 人を助けたのに、見返りがゼロ、というのはまあいいのだ。俺は基本的に、人助けとはそういうものだと思っている。

 しかし人を助けたのに、得られたものは日々の苦情だけ。結果がマイナスとなってしまうと考えものだ。助けないほうがいい。


 いや、でも本当は、マイナスだとは言い切れないところがある。

 A子は、生きることに対して、少し前向きになったようにも見える。ワーワー言ってくるのも元気な証拠だろう。俺はそれを、心のどこかで嬉しく思っている。

 だから、もしかするとプラスなのかもしれないのだ。


 それに、こんな万能感丸出しの仕事を続けていたら……。俺は自分を特別なナニカだと勘違いしていただろう。特別に選ばれしナニカ。苦情を言ってくれる人間がいるおかげで、ギリギリで正気を保てている。たぶん。

 銃を手にしたくらいで、自分は他人より特別な存在なんだと錯覚してしまったら……。そいつはもう、人としておしまいだ。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ