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BAKU  作者: 不覚たん
第二章

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妙な夢を見た(七)

 帰りの車内でも、コマはおとなしかった。というか、まったく動かない。呼吸しかしていない。死んでいるのではと思うこともあった。

 この状態でなでたり話しかけたりしたら、余計に寿命を縮めそうな気もする。

 本当に俺たちが預かるべきだったのだろうか。


 *


 事務所に戻ったときには、定時を過ぎていた。が、C子は残っていた。

「おそーい。いつもならもうお酒飲んでる時間だよ? てか、なにそれ? ペット? は? 二人でなにしてたの? 不倫旅行? もしそうなら殺すけど?」

 こちらが説明する間もなく、流れるように殺害予告を突きつけてきた。

 間宮氏もさすがに溜め息だ。

「山梨に行ってコマを引き取ってきました」

「コマ? コマちゃんのこと? これが?」

「関係者全員がそうだと言っているので、おそらくそうなんだと思います」

 煮え切らない言い回しだ。

 確かに証明はできないが。

 俺は事実だと信じている。


「え、かわいい……けど、なんか死にそうじゃない? ズタボロじゃん」

 他の動物に襲われたわけではないと思うが、毛並みはよくないし、あちこち抜けてしまっている。これが普通の動物なら、数日以内に死んでしまうだろう。妖怪だからなんとか生きているだけで。

「大友ゆりさん、あなた動物の世話は得意ですか?」

「得意じゃないけど」

「そうですか。では死なせないよう、あなたが責任をもってお世話してください」

「は? 聞いてた? 得意じゃないって言ったんだけど」

 この二人、口を開けばケンカばかりだ。

 コマのことまで争いのネタにしようとしている。


 俺は耐えきれず溜め息をついた。

「いいよ。じゃあ俺が世話する」

「それはダメでしょ? なに考えてんの? 絶対にダメ」

 反論してきたのはC子だ。

「なんで?」

「なんでって? コマちゃん、メスだよ? で、あんたはオス。ちょっと認めらんないわ」

「キツネだぞ……」

「でもダメなの」

 どういう理屈なんだ?

 こいつの脳内ではなにが起きている?


 間宮氏は応接セットのソファにがっくりと腰をおろした。

「では、私に世話をしろと?」

「べつに。あたしがやるから。よく考えたら、人の心持ってんのあたししかいないし」

「どういう意味です?」

「文字通りの意味よ」


 配慮してなにも発言を慎んでいると機械みたいだと思われるのに、配慮せずワーワー言うとアツい人間だと思われる。そういうケースはまあまあある。

 こんなので人間性を測られたくないものだ。

 もっとも、知らず知らずのうち、C子のうるささに救われているのも事実だ。ここは彼女の顔を立てておこう。


「ほら、コマちゃん。あたしが飼い主だよ。お手」

「死にそうなんだから、あんま触るなよ……」

 コマはお手と言われても、うるさそうに目を動かすだけだった。

 本当にC子に任せて大丈夫なんだろうか。


 *


 その後、C子はさすがに飲みにこなかった。

 コマを飼うための環境を整えるため、買い物にでも行ったのだろう。


 *


 その晩、また夢の世界へ。

 そこは寄生された人間の夢でも、無名閣でもなく、トキのいる山中であった。


 今日は最初からA子もいる。

 のみならず、コマまで。


「今日も集まってくれてありがとう。こうして人が増えると、友人が増えたみたいで嬉しいよ」

 トキは柔和な笑みで茶を振る舞ってくれる。

 ただ、コマだけは茶の好みが違うらしく、うさんくさそうに茶碗を眺めていた。


 このままぬるっと会議を始めるつもりだろうか。

 俺は挙手をして尋ねた。

「始める前に、ひとつだけ。コマちゃん、今日のことを説明してくれ。なぜうちに身柄を預ける気になったんだ?」

 渋い顔で茶碗を眺めていたコマは、その表情のままこちらを見た。

「この件は、前々から考えておったのじゃ」

「仲間になる気になったのか?」

「そうではない。ただ、なにかあったとき、おぬしがいつでもわしを殺せるようにしただけじゃ」

「ふん。ならその願いか叶わないと思ってくれ。あんたには生きて罪を償ってもらう」

 罪、か。

 まあ罪を着せようと思えば、いくらでもできるかもしれない。

 だが、こいつにも選択肢はなかった。最大限配慮した上で、ああなってしまった。バクとは違う。


 すると間宮氏が、ウィリアムズ氏に尋ねた。

「米軍が関与しているという話がでてきましたが」

「トキさんから聞いて、私も驚きましたよ。そういう研究を進めていたのは事実ですが、すでに実践投入されていたとは……」

 まあウィリアムズ氏がアメリカ側の重要人物だからといって、すべてを知っているわけではないのだろう。どの国にも管轄というものがある。


 A子はふぅふぅしてから茶をすすった。

「あたしなら突破できるけど」


 できるだろう。

 だが、突破したあとが問題なのだ。


 小さな勝利をおさめるのは難しくない。歴史上、弱者の奇襲はしばしば成功するものだ。怖いのはそのあと。相手が本気になったら、物量で押し返される。

 やるなら致命傷を与えなくてはならない。徹底的に。

 勝てないのなら、やるべきではない。


 コマはずっと渋い顔をしている。

「なら、もう奥の手を使うしかないのぅ」

「コマちゃん……」

 なにか知っているのか、A子が不安そうな目を向けた。


 奥の手?

 嫌な予感しかしないのだが。


「わしの持てる力を、すべてA子にくれてやる。さすれば……いまのバクには勝てるじゃろ。そしたらバクの力も吸い取って、あとはおぬしらの思うようにすればいい」

 心のどこかで予想はしていた。

 コマは以前、自分の代わりがいると言っていた。それはA子のことだったのだ。


 だが、当のA子が納得していない。

「コマちゃん、それはしないって言ったよね?」

「ほかに選択肢があるのか?」

「あるよ! それをみんなで考えてるんじゃん! 死ぬとか言わないで!」

「考えるのは任せるが、手遅れになる前に決めて欲しいもんじゃの。わしゃそろそろ限界じゃからの」

 飄々としているが、本当に限界なんだろう。

 あの姿を見てしまっては……。


 ウィリアムズ氏は茶碗を手に、かおりを堪能してから一口やった。

「じつは、プランなら用意してきましたよ。政治的なプロセスが必要になりますが」

 それはありがたいのだが、難しい話でないことを願うとしよう。

 間宮氏が「政治的なプロセス?」と聞き返すと、彼はうなずいた。

「本件は、エネルギー問題の根幹にかかわる問題です。日本とアメリカの合意だけで終わるとは思えません。いま強大な力を持っている産油国、あるいは原油に頼っている多くの国々にとって、無視することのできないファクターです。別のエネルギーが登場すれば、原油は価値を失うわけですから。ヘタをすれば世界秩序さえ覆しかねない。そこで、あらかじめ世界を巻き込んでおけば、少なくとも先進国は夢のエネルギーの使用に慎重になるでしょう。あきらかに非人道的なテクノロジーですからね」

 少なくとも先進国は、だ。

 エネルギーに乏しい国は止まらないだろう。


 間宮氏は反論とも言えない調子で尋ねた。

「全世界に訴えかけるということですか? むしろ技術の蔓延を助長する可能性があるのでは?」

「そのリスクはあります。しかし遅かれ早かれ、どこかの国が実用化した瞬間、技術は世界中に広まってしまいます。技術を手にするのが先か、教訓が先か、それが重要なのです」


 人類は、手に入れた技術を、決して放棄しない。

 あとは際限なく広がるのみ。

 教訓が広まるのは、たいてい問題が起きたあとだ。なんなら問題が起きたところで、利益が上回る限り、人はそれを継続するだろう。慌ててブレーキをかけるのは、賢くないものでも分かるくらい危なくなってから。

 そう考えると、ウィリアムズ氏の策は、非常に現実的というか、大人の意見に思える。


 コマもようやく茶碗を手にし、一口やった。感想は言わなかったが。

「なんにせよ、はよう決めることじゃ。言っとらんかったが、無名閣にも何者かが侵入しようとしとるからのぅ。おぬしらがまごまごしとるあいだに、バクが殺される可能性だってある」


 そうだ。

 動いているのは俺たちだけじゃない。侵入しようとしているのが柴田氏か、米軍か、あるいはそれ以外かは分からないが。


 決められるところからでも決めていかなければ。

 現状「議会は踊る、されど進まず」だ。


 策はないが、皮肉だけは出た。

「コマちゃんよ、前から疑問だったんだが、あんなにバクと近くにいるのに、なぜ互いに共生できているんだ? なにか取り決めでもあるのか?」

 コマはなんとも言えない笑みだ。

「まあ、わしはバクを殺せるじゃろうな。殺そうと思っとらんから、そうなっとらんだけで。バクは……知っての通り、自分の足では歩けんほど弱っとる。外部から存在を悟られぬためにな。じゃがさすがに命の危険を感じたら、仕込んでおった種から力を吸い出して、力を得るじゃろ」

「どれくらい強くなるんだ?」

「本来なら、手を付けられんほどじゃ。しかし、わしらが頑張って種を処分してきた甲斐あって、正直そこまででは……。まあわしとA子が協力して互角……といったところかのぅ」


 互角。

 嫌な言葉だ。

 最悪の場合、共倒れになる可能性がある。こうなると、第三者の総取りになる。漁夫の利というやつだ。


「あいつ、たまにクソデカいバケモノの姿で出てくるんだが……。あれも弱いのか?」

「術で大きく見せとるだけじゃな。あの姿でおれば、普通は戦おうとするものなどおらんからのぅ。どこぞの命知らずでもなければ」

「そんなヤツがいるのか? 信じがたい蛮勇だな」

 あのときは百鬼夜行が通じなかったから、殺されるしかないと思ったのだ。どうせ殺されるなら一発ぶん殴ってから死のうと判断しただけだ。勝算があったわけじゃない。

 殴ればちゃんと死ぬ、というのなら話は早い。

 あいつが力を取り戻していない今なら、俺でも勝てるかもしれない。


 だが、問題は、それをやったあと。

 手に負えないほどパワーバランスが崩れては意味がない。

 できるからといって、なんでもやればいいというものではない。


 夢にまつわるあれこれをA子が仕切ってくれるなら、問題の大部分は解決するだろう。

 永遠にすべてを支配できるわけではないにしても、いまやろうとしていることは一通り達成できる。


 だが、本当にそれでいいのか?

 A子は確かに強い。

 その力の源泉はなんだ?

 コマやバクの力と互換性があるということは、やはり人の命を使っているのでは……。


「ところで、コマちゃんに実体があったってことは、バクにもあるのか?」

「うむ……」

 コマは言いたくなさそうだったが、返事だけはしてくれた。

 実体があるなら、選択肢も増える。

 そいつを人質にとればいい。

「場所は?」

「海の底じゃ」

「はい?」

「何百年も前に、人間に負けてのぅ。そのときに、壺の中に封じられて、海に投げ込まれたのじゃ。まあバクにとってはたいした問題ではないが……。そのせいで、逆に探しづらくなってしもうたのぅ」

 土に埋めてくれればよかったのに。

 なぜ海に投棄する。


「ちょっと待った。その人間ってのは、なぜわざわざバクを封じたんだ? ぶっ殺したほうが楽だったろうに」

 この質問に、コマは答えなかった。

 代わりに口を開いたのはトキだ。

「彼女もね、バクの境遇をあわれに思ったんだ。だから命までは奪わなかった」

「女性だったんですか?」

「いわゆる歩き巫女だ。夢と調和する力が異様に強くてね。その代わり、日常生活に問題を抱えていた。怪しまれて村にいられなくなり、妖怪ばかり相手をするようになって。バクに同情するところもあったんだろうね」

 どいつもこいつも深刻な事情を抱えやがって……。


 コマはじっとこちらを見ていた。

「本当に殺すつもりなんじゃな……」

「必要ならな。だが、使い道があるなら生かして使う。すべては流れ次第だ」


 流れ――。

 結論を先送りにしているから、こんな言葉が出る。


 都合よくすべてを手に入れることはできない。なにかを切り捨てなければ。

 ともあれ、バクを生かす理由はない。あいつは故人の同情で生きている。それだけの存在だ。

 懸念がひとつ消えた。

 十分だ。


 俺はテーブルに身を乗り出した。

「よし、分かった。できること、できないこと。やりたいこと、やりたくないこと。そろそろ出揃ったと思う。ここからは、できることに合わせて、やりたいことを切り捨てるフェーズに入ろう。つまりは、妥協だ。完璧なプランを待っていたら日が暮れちまう」

 いや、俺たちにとっては夜が明けることのほうが問題か。


 間宮氏がつめたい目で挙手をした。

「誰がその結論を出すのです?」

「ゲーム形式を提案します。最初に、考えうる要素をみんなで提出し合います。バクを生かす、殺す。あるいは傍観する。なにも考えずに敵と戦う。好きに書いていい。それらすべてを並べたあとは、各人、提案の数だけ票を持つことにします。例えば、場に十個の提案が出たら、一人十票。それを好きなものに好きなだけ投票するんです」

 間宮氏は不快そうな溜め息だ。

「もっと真面目にやるべきでは?」

「互いの意見を尊重するからこそですよ。俺たちは、ついみんなの立場を尊重してしまう。そうであるばかりに、なにも決められなくなってしまう。だったら機械的に数字で決めたほうがいい。歴史上、リーダーを決めるのにもクジ引きを使うことがあるでしょう。どこかで人の判断を断ち切るのも、知恵だと思いますよ」

「ですが……」

 間宮氏は渋っていたが、ウィリアムズ氏が「構いませんよ」とうなずいた。他の面々からも反論はナシ。


 俺は遠慮なく言葉を続けた。

「一票でも入ったものは、他の要素と矛盾しない限り、採用する方向で行きます。ただし、場に提出されるのはあくまで要素だけですから、互いに矛盾する可能性もある。もしイーブンになった場合、どちらを採用するかは、座長であるトキさんの判断に委ねます。俺たちを集めてくれたのは、トキさんですからね」

「私が?」

「もう傍観者じゃないんですよ。要素も提出してください。世界をよりよい場所にするチャンスですよ」

「ああ、なるほど。そうだね。そうしよう」

 情報は力だ。

 その力を持ったまま傍観しているのは、もったいない。


 さあ、ゲームを始めよう。


(続く)

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