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BAKU  作者: 不覚たん
第二章

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引き取った

 高速道路をおりて、県道に入り、そこからだいぶ走った。

 景色はいつしか田畑だけになっていた。


 田舎に住んでいたころ、思ったことがある。

 四方を山に囲まれている。

 もしかするとその先に、世界は存在しないのではないか。


 もちろんそんなことないと、知識では分かっている。

 地球が丸いということも。

 だけど、子供の身長で、四方を見回したときに、なんだか窮屈な場所に押し込められているような感覚になった。

 狭い世界。見るのは毎日同じ顔。昨日と同じ今日。今日と同じ明日。


 だが親が死に、田舎を出てからも、あまり感覚は変わらなかった。

 俺の背では、地球のへりは見えない。田舎にいたときは山のせいで、都会に来たら建物のせいで。地平線など、まともに見たことがなかった。


 *


 車は、山のふもとの集落に入った。

 土地はいっぱいあるはずなのに、道が異様に狭い。家も、広い庭があるように見えて、あくまで野良作業のスペースを確保しているだけ。人は日当たりの悪い隅っこに住んでいる。そうまでして居住スペースを切り詰めて、ほかはすべて田畑にしている。徹底して「食う」ことを優先しているのだ。それが日本の田舎の景色。


 ともあれ、車が停車した。

 到着したのは、なんの変哲もない農家。

 犬が吠えている。

「たろ、うるさいよ。静かにしな」

 偏屈そうな老婆が家から出てきた。会話する前から分かる。この人は、他人が嫌いだ。


「ご依頼をいただきました、間宮と申します」

「大友です」

 俺たちが頭をさげると、老婆はしわだらけの顔をさらにしかめた。

「あたしが小間森だよ。檻は持ってきたかい?」

「はい」

 キツネを閉じ込める小さな檻だ。

 車に積んである。


 老婆は溜め息をついた。

「冬! 冬! いつまで支度してんだ! 早く来な!」

「いま行くからー!」

 家から若い女の声がした。


 老婆は大儀そうにこちらを見た。

「いま孫が来るからね。それに案内させるよ。あたしは足が悪くてムリだ」

「分かりました」

 コマは山の中にいるらしい。

 自動車で入るのは不可能だろう。


 しばらくすると、学校のジャージを着た少女がドタドタ走ってきた。

「準備できたよ。お婆ちゃん、この人たちを案内すればいいの?」

 中学生くらいだろうか。

 あどけない顔をしているが、錆びついたナタを手にしている。

 ナタというのは、出刃包丁みたいなものだ。俺は田舎で育ったから見たことがあるが、山で暮らした経験のない人にとってはホラーゲームでしかなじみがないかもしれない。もちろん人を襲うためのものではなく、山に入るとき、邪魔な枝を切るためのものだ。


 少女は不審そうにこちらを見ている。

「あの、警察の人ですか? コマちゃんをどうするつもりですか?」

「警察ではありません。政府から派遣されてきました。コマさんを保護するよう、依頼を受けました」

 間宮氏がそう答えると、少女の表情が変わった。信じられないといった顔で、老婆に向き直る。

「お婆ちゃん、どういうこと? 保護ってなに? 連れてっちゃうの?」

「うるさいね。もう決めたことなんだ。あんたは口を挟むんじゃないよ」

「待ってよ! あたし、コマちゃんのお世話するって言ったのに!」

「黙りな。ペットを飼うのとはワケが違うんだよ。コマの世話をするってことはね、ずっとこの村に住むことになるんだ」

「私はそれでもいいって言った!」

「ふん。あたしがよくないんだよ。いいから案内しな。それが済むまで戻ってくるんじゃないよ。いいね?」

 老婆はこちらへ背を向けて、家の中に入ってしまった。


 どうやら話がついていないように見えるが。

 少女は泣き出しそうな呼吸をしている。いや、怒っているのか。


 だが、ここで外面だけいいのが間宮氏だ。

「あの、私たちは急がないので、ゆっくりで大丈夫ですよ。私、間宮京って言います」

「小間森さくらです」

「あなたがいままでコマちゃんのお世話をしていたのですか?」

「はい……。お婆ちゃん、足がよくないので」

「お母さまは?」

 間宮氏がそう尋ねた瞬間、少女は目をそらした。

「お母さ……母は、家を出て行っちゃって……」

「ごめんなさい」

「いえ……。その……小間森に生まれた女は、コマちゃんのお世話があるから、村にいなくちゃいけなくて。それでいろいろあって……」


 なるほど。

 この子は、コマのために村に残るのは苦痛ではない。だが、母親はそうではなかったというわけだ。そして祖母は……もう二度とそんなことが起こらないよう、自分が生きているうちに終わらせたかったのだろう。


 俺は地雷を踏むかもしれないとは思いつつ、こう尋ねた。

「けど、世話とは? あいつは勝手に人の命を喰って生きているのでは?」

 実際、地雷だった。

 少女は怒ったような目でこちらを見た。

「なんでそんなこと言うんですか……」

 余計な火種を投下してしまった。

 まあいい。

 少し卑怯だが、この手を使うしかない。

「俺の両親は、コマの呪いで殺されたんだ」

「えっ……」

「まあ、だからといって個人的な恨みをどうこうするつもりはないが。あいつは、自分の餌は自分で調達するタイプだろう。だから、あんたらの言う『世話』ってのがなんなのか気になってな」


 間宮氏が溜め息をついた。

「あなたには人の心というものがないんですか? いまその話する必要あります?」

「聞けるときに聞いておかないと、後悔するかもしれない」

 後悔といっても、俺は感情論の話をしているわけじゃない。

 情報を知っている状態と知らない状態では、このあとの選択が変わる可能性がある。


 少女はこちらを睨むような顔になった。

「コマちゃんを捕まえて、どうするつもりなんですか?」

「知らない。俺は自分の趣味で回収しに来たわけじゃないからな」

 もちろん危害を加えるつもりはない。

 大人なんだから、もう少し余裕をもって応対してもよかったかもしれないが。


 その点、間宮氏は一枚上手だ。

「大丈夫ですよ。大切に扱いますから。私たちは、あくまで依頼を受けてお預かりする立場ですので。安心してくださいね」

「絶対に傷つけたりしないって、約束してください」

「はい。約束します」

 営業スマイル。


 演技としては合格点。

 だが、絶対にか?

 そんな約束して大丈夫なのか?

 大人というのは、子供を絶望させるウソをつく。子供のころは、絶対にそんな大人になるまいと誓うのに。大人になると、なにか理由をつけて誓いを破る。あるいは体よく忘れたフリをする。


 *


 山に入った。

 少女が意地悪しているのでなければ、これが正式なルートなのだろう。ただし俺も間宮氏も、何度も斜面ですっこけた。

 先頭を行く少女は、転倒する俺たちを冷たい目で見ていた。彼女の中では、俺たちは大事なコマちゃんを奪っていく悪人なのだ。仕方がない。


 枯れているのか枯れていないのか分からない木々が乱立していた。枝は木々の間に絡まって、どの木から生えたものやら分からない。あるいは無関係な雑草のツタが絡まっているだけかもしれない。カオスもいいところだ。

 少女はそれをナタで切り開いて進む。


 個人所有の山なんだろう。

 誰も手入れしていない。

 かつてはしていたが、いまはもう人手がなくてそれどころではない、といったところか。

 力仕事が必要なのに、若者は減る一方だ。

 この国の山村は、遠からず消滅するんだろう……。


 *


 日がやや傾きかけたころ、朽ちかけたお堂に行きついた。

 お堂というか、屋根があるだけの廃屋だ。人が生活するための機能はない。


「ここです……。コマちゃんは奥に……」

 少女は気の進まない表情。

 案内などしたくなかっただろう。


 俺と間宮氏は構わずお堂に入った。

 引き戸はもはや滑らず、ガタガタであったが、力任せに開くことができた。


 床板の上に、キツネが一匹うずくまっていた。

 ガリガリに痩せて、苦しそうに目を細めて呼吸を繰り返している。

 素人でも分かる。きっと死期が近い。

 夢の中ではのほほんと茶など出してきたのに。

 実際のコマは、こんなに弱々しかったのだ。


 思えば、夢の中では異様な強さを誇るA子も、実際の世界ではほとんど寝たきりだった。まあA子とコマでは事情が違うにせよ。夢の中の存在と、実態は、必ずしも一致しないのだ。


「コマちゃん。俺だ。分かるか?」

「きゅう……」

 キツネは小さく鳴いた。

 返事をするのも大変そうに。


「これから連れて帰るけど、いいよな?」

「……」

 返事はなかったが、抵抗する気はなさそうだった。

 俺はコマをそっと抱えて、檻の中に寝かせた。

 持ち上げたコマは驚くほど軽くて、体毛もボソボソだった。こいつは、こんなになるほど自分を責めていたのか……。


 お堂を出ると、少女がこちらを見た。

「本当に連れていくんですか?」

 ナタを手に、立ちはだかるように。


 俺が反論してもよかったが、こじれる可能性が高いので、ここは間宮氏に譲ることにしよう。


「よかったら、お別れの挨拶を」

「嫌です……」

 まあそうだろう。

 間宮氏も、もう少し言葉を選んだほうがいい。


 普通なら会話が途切れても気にならないのだが、昼を過ぎた山の中では、どうしても薄気味悪い雰囲気になってしまう。

 山とか川とか池とかは、住民にとっては身近にあるものなのに、容易に命を奪う装置でもある。だから大人たちは口うるさく「入るな」という。子供はそれを守らないが……。たいていは運のよさに守られて生き延びる。他人と同じ行動をしていても死ぬ子供がいる。自然は安全ではない。


 俺はわざと肩をすくめた。

「どうやって世話すればいいのか教えてくれ」

「世話って……。ただ、話しかけたり、なでたりとか……するだけですけど……」

 普通すぎる。

 そんなことを、小間森家はわざわざ何代にもわたって続けてきたのか?


 少女は溜め息とともに背を向けた。

「もう行きましょう。日が暮れちゃう」


 *


 帰りは転倒しないよう、慎重に移動した。

 少女も待ってくれた。

 コマを傷つけるわけにはいかない。


 家につくと、少女は「じゃあ私はこれで」と言い残し、さっさと家に入ってしまった。

 代わりに老婆が出てきた。


「ふん。こんなキツネ一匹のために、あたしらは……」

 その言葉がウソであることは、俺にも分かった。

 顔は険しいままだったが、コマをじっと見つめる目が、とても寂しそうだった。


 老婆は、ちらとこちらを見た。

「孫は、余計なことは言わなかったろうね?」

「余計なこと、とは?」

「母親のことだよ。あの子には行方不明って言ってあるが。死んだんだよ。夢に取りつかれてね。まったく。災難ったらありゃしないよ」

「でも、コマちゃんもこんなに痩せて……」

 本当なら、俺はコマを憎むべき立場の人間だ。

 だけど、こんな姿を見てしまったら、もう、責める気もなくなってしまった。


 老婆も複雑そうな表情だ。

「悔しいけどね、あたしらにも救えなかったんだ……。娘が命まで賭けたのにね。あとのことは、あんたらに任せるよ。もう、うちの一族の手に負える状況じゃなくなっちまった」

 おそらくはコマ本人とも話が済んでいるのだろう。

 その上では、この人は状況を把握し、重い腰を上げて政府を頼ったのだ。

 裏切るわけにはいかない。


「あまり都合のいいことは言えそうにありませんが……。それでも、最善を尽くします」

 ウソは言いたくない。

 だから、言えることだけ。


 老婆は気落ちしたように目をつむった。

「コマは、あんたのことも教えてくれたよ。自分の命を犠牲にしてまで、自分を救おうとしてる人間がいるってね。コマは哀しんでたよ。そんなことして欲しくないって。ま、あたしからはなんとも言えないけどね。ほどほどにしときなよ。自分がどうにかなっちまったら、その時点でおしまいなんだからね」

「はい……」

 反論はできなかった。

 だが、方針を変えるつもりもなかった。


 コマは人の命を奪った。それは事実だ。俺の親だけでなく、相手の運転手の命まで。

 コマがなぜそうしたのかも分かっている。腹が減っていたのだ。


 もし俺がコマだったらどうしていただろう、と、考えたことがある。

 空腹に耐えられるだろうか?

 人の命を少しもらえるなら、そうするかもしれない。いきなり殺してしまうわけではないのだ。少しずつ。少しずつ。空腹が満ちる程度にもらうだろう。その結果どうなるかは、未来になってみなければ分からない。


 だからこれは、構造の問題なのだ。

 悪意があろうがなかろうが、今後も起きうる問題だ。

 いろんな事情を考えなくていいならば、コマやバクを殺せばこの問題は解決する。まあその場合、人間が機械でエネルギーを吸い出すターンに入るが。その問題はいま解決に向けて動いている最中なので、いったん置こう。


 バクには交渉の余地がない。

 コマにはある。


 俺はその違いを軽視しない。

 やっていることは同じだとしても。いや、同じだからこそ、だ。

 命を喰い散らかして当然と思うのか。

 その重みを理解した上で喰らうのか。

 人間だってそう違いはあるまい。

 なにも考えない、というのもひとつの知恵だとは思うが。


(続く)

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